『飛空艇内にて』
「ふっふっふっ~のふっ~♪」
「……何だ、その変な鼻唄は」
「あらぁ? あららぁ? 分からないんですかぁ? 天下の『黒色道化』ともあろう御方が情けない。教えてほしいですか? 教えてほしいなら、さ、私の頭を撫でてくださいっ!」
「いや、別に」
「はいっ」
隣で一緒のソファーに座っているノルンの手を取り、自分の頭に乗っけて動かします。
う~あんまり気持ちよくありません。勿論、これはこれで良いものですが……やっぱり本人にやってもらわないとっ! 何しろ――むふふ♪
ああ、駄目ですね。どうしても、顔がにやけてしまいます。まー別にいいんですけど。だって、だって、だって。
いきなり、彼の手が動いて頭を撫でまわしました。
「む~! 何するんですかっ! 女の子の扱い方が下手糞な男は、モテないんですよ?」
「ああ? なら、せんが」
「駄目ですっ。もっとしてくださいっ。撫でて、撫でて、火が出る位にっ!」「……火が出たら困るだろうが。ったく困った腐れ聖女だ」
そう言いながら、撫で方が優しくなりました。
えへへ。こういう所も好きです。大好きです。
隣に置いてある籠を見ます。
……くっくっくっ。よく寝ていますね。
相変わらず変な猫です。自分も飛べるのに、飛空艇に乗るのは苦手だなんて。
でも、今日だけは笑わないでおいてあげます。寛大な私に感謝してほしいです。
何故なら――今、飛空艇には誰もいません。勿論、運航している者達はいますが少なくとも、私達がいる部屋には誰もいないんです。
つまり……二人っきり! そう、二人っきりなんですっ!
嗚呼、この時を待ち望んでいました。
ノルンとは、当然毎日会ってましたけど、何だかんだこの人は人気者なので、誰かしらが邪魔をしてきます。何度、強権を発動しようと思ったことか……小心な私は結局しないで、枕を涙で濡らす日々を送っていたんですけどね。
その点、今回の南方視察計画は完璧です。
第一に、飛空艇運行乗組員達には予め、出来得る限り目的地到着を遅らすよう、秘密裡に命令を下してあります。
第二に、視察自体も殆どは影武者にやってもらう手筈を整えました。私とノルンは、その間、自由時間です。
第三に……むふ。
いけません。いけません。私は出来る子です。余り変な表情をしていると気付かれてしまいます。何しろ、私の事をちゃんと見てくれてる人なので。まぁ、ちょっとだけ過保護ですけど。首に付けているネックレスを触ります。
嬉しいんですよ? とっても、とっても嬉しいんですけど……左手をひらひらさせます。薬指が寂しい気がするんですよねー。
「……さっきから何だ」
「べっつにぃ~。何でもありません。あ、もしかして、もしかして、私のことが気になりましたか? 気になっちゃいましたか? いいですよ。思う存分、気にして下さい」
「……遂に、本物の阿呆になったか」
む。失礼な。
こんなに可愛くて、こんなに貴方のことが大好きで、こんなに色んな事を考えている皇帝陛下に向かって、暴言を吐くなんて。
まったく、貴方以外だったら即刻、飛空艇から叩き出しているところです。したら、そのまま逃げそうなので絶対にしませんけど。今度、逃げる時は一緒に逃げるって決めてますし。
ノルンの手が離れました。そして鞄から書類を取り出したので、容赦なく没収します。内容は――ああ、軍の腐敗ですね。ブレンダンとシャロンへの課題です。
「おい」
「駄目です。今回の視察中、貴方が見ていいのは私だけです! それは、最低限のルールだというのに……はぁ、ほんと駄目ですね。罰として、てぃ」
「……おい」
「相変わらず固いですし、寝心地がよくありませんね。これは減点です」
「……はぁぁぁ。もういい。好きにしろ」
「むふふ♪ 最初からそう言えばいいじゃないですかぁ。ほらほら、可愛い聖女様が許してあげますよ♪」
「可愛い? 悪辣の間違いだろうが」
「ひっどーい。女の子に向かって、悪辣、なんて表現使うなんて~罰として、面白い話をしてください」
「面白い話、だぁ?」
「そうです。昔、よくしてくれたじゃないですか。私が小さかった頃、眠れないって言ったら」
「……もう忘れた」
嘘ですね。
私位になると、この人の嘘を見破るなんて造作もありません。伊達にずっと見てきていないのです。
そして、こういう時の対処法も勿論学習済みです。
彼が視線を逸らしても、じーっと、見つめ続けます。
うへへ……横顔も世界で一番カッコいいんですよね。
ま、この勝負、私の勝ちは確定しています。万が一無視されても横顔を眺めてられますし、手を奪って頭を撫でさす事も出来ます。眠くなったら、膝上で寝ちゃえばいいですし。
そもそも、この人は私を無視しませんし。
「…………はぁ。分かった」
ほらね?
ますます嬉しくなってしまいます。はぁ、これ以上、私を惚れさせてどうするんでしょうか? もしかして、あんな事や、こんな事をさせる気ですか? 旅先で浮かれた気分のまま? し、仕方ないですね。そういう事であれば吝かでは。あぅ。
……おでこを指で叩かれました。
「痛いですっ! 嫁入り前なのに、傷がついたらどうしてくれるんですかっ! ついても貰う人は変わらないんですよっ!」
「……浮かれ過ぎだ、阿呆。取りあえず、そうだな――」
ノルンが昔と同じ静か口調で話し始めました。
これ落ち着きます。落ち着き過ぎます。
結果――私は、この後、あっさりと寝てしまいました。
起きたら、全航路の八割過ぎだったんですけど……神様っ! これは、あんまりなのではっ!
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