『午睡』
「財務局の混乱は無事収束いたしました。陛下の寛大な御配慮、一同感謝しております」
「軍上層部が提出していた予算案ですが、全面的な修正がなされました。詳細はこちらに。また……各大臣、参謀長及び、本事案に関わった者達から、辞表が提出されております。また慈悲を乞う請願書も、このように」
「ブレンダン、シャロン」
「「はっ」」
「あのね――状況を見て?」
「「はっ?」」
まじまじと自分の主君を見つめる。
膝の上には男の頭。そして、聞こえてきたのは静かな寝息。
「分かったかしら? そんな声を出して、万が一起きてしまったら――私、少し怒ってしまうのだけれど」
「……申し訳ありませんでした」
「……申し訳ありません。で、ですが、オリヴィア様、この請願書は如何いたしましょうか?」
「辞表は廃棄でいいわ。皆の役職継続を許します。少なくとも謀反を画したものではないのだし。ただ……二度目はありません。次回、同じような事が起きて、私から少しでも彼を奪うようなことをしたら」
余りにも美しい微笑。
……それだけに恐ろしい。軍上層部に伝えておかなくては。二度と試すような真似をすれば、一族郎党生きてゆけませんよ、と。
「さ、もう終わりでいいかしら? いいわよね? 私は今から、起きるまで頭を撫で続けるっていう重大任務があるの。細かい話は貴方達に任せるわ。ああ、それと、ブレンダン、シャロン」
「「はっ!」」
「そろそろ、成長を望みます。今回の事案程度、私とこの人がいなくても何とか出来るようになってもらわなければ困ります。放置した意味がありません。貴方達は帝国の柱石を担う立場なのだから。むしろ、表面化する前に対処を」
「!? ……御言葉、ありがたく」
「!? ……猛省しております」
オリヴィア様が手を振られる。
ブレンダンと視線を合わせ、離れる。
中庭の周囲には近衛の精鋭を配置しているものの、声はもう聞こえない。
本来なら、陛下とあの男だけにするなんてあり得ないのだが
『二人きりにして。3日、3日よ? 見返りがないなら、私、引退します』
あの目は本気だった。
同時に溜め息が出る。最後もまた本気だった。有り体にいえば、失望させてしまったのだ。
隣のブレンダンも蒼白。
今回の事案で理解した。
……私達は、結局、未だ『黒色道化』の影すら踏めていない。
むしろ、進めば進む程、あいつが成し遂げた事の凄まじさに絶句する。
財務部の混乱を収束させつつ、軍上層部を一気に引き締める。
言葉にすれば簡単だ。けれど、それを僅か3日でどうにかするなんて……しかも、その間に『黒狼』を鍛えなおしていたようだし。
遠い、余りにも。正直、背中すら見えていない。だが――『黒色道化』はもういない。いないのだ。今、いるのはオリヴィア様の想い人だけ。
ならば――
「ブレンダン」
「何だ」
「頑張りましょうね。逃げるんじゃないわよ? 逃げたら殺すわ」
「誰が。お前こそ、陛下に刺されないようにな」
「はぁ? 何を言ってるのよ?」
「……失言だった。よし、俺は行く。ではな」
何よ、もう。どうして、私がオリヴィア様に刺されなきゃならないの?
意味が分からないわ。
さ、取りあえず私も近衛を鍛えなおそう。癪だけど、あいつに助言を頼んでみようかしら?
※※※
ゆっくりと頭を撫でる。なでなで。
はわぁ……何かが自分の中に溜まっていく感覚。
こ、これ、はまるわ。凄くいい!
明日から、一日一回強制的にしよっと。
「ふふふ……凄く優しい顔してますよー。演技が出来てませんよー。いいんですかー? 世界の誰よりも優しくて、血を見るのが嫌で、人の涙が苦手なのバレちゃってますよー。あ、あと、弱虫なのもですねー」
「…………事実無根を延々と述べるな、阿呆が」
「あ、起きてたんですね。そうですよねー。私の傍に誰かがいて、貴方が起きない筈ないですもんねー。そんなに私のことが、大事なんですかぁ?」
「……どう言ってほしいんだ?」
「えっ?」
思わぬ一言に思考が停止。
え、いや、だって、そこは何時も通り『阿呆』とかって言ってもらわないと。
あ、だけど、その、あの、言ってほしい言葉は他にもあるといいますが、いい加減、この曖昧な関係にも終止符をうってもいいといいますか……そうですっ! これは好機!! 今日こそ、私は貴方を――
「主よ、狂人が遂に狂いおったようじゃぞ? そこは危険じゃ、さぁこっちへ」
「ちっ! お呼びじゃないんですよっ! あなたは何時も何時も私の邪魔ばかりしてっ。これで遊んでなさいっ!!」
声が聞こえた瞬間、用意していた布製ボールを全力投擲。
空中でそれをキャッチする羽黒猫。そして、一心不乱に猫パンチをしています。 ふ、所詮は獣です。
「さ、続きです。ノルン、私は貴方を、貴方に」
「……眠い」
「へっ?」
「馬鹿共のせいで、3日間ほぼ寝てない。眠い。俺は寝る」
「え? ええ?」
そういうと、膝上ではまた寝息。もうっ。
ふふ、でもいいですよー。貴方がここにいてくれるなら、私は何だってしてあげますから。聖女様の膝ですよー。神々しいんですよー。
多分、これからも色々と力を貸してもらうことになっちゃいます。ごめんなさい。だけど、貴方となら私は何も怖くありません。
神が要求しようが、魔王が要求しようが、二度と離れるつもりもありません。
そんな事をしようとする人は――そっと、頬に優しい手。
「……阿呆。お前は何時も笑っていろ。その為に、俺がいるんだ」
「……馬鹿。笑ってますよ。だって私には貴方がいるんですから」
ゆっくりと二人の顔が近付いてゆき――。
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