『黒狼』

 目の前には絶望が拡がっていた。

 血しぶきと手足が飛び散り、内臓が飛び出る。

 嘘だ、こんなのは嘘だ。俺達は『黒狼』。帝国最強にして、その切っ先の先端。

 確かに俺達はまだ新米だが、それでも、精鋭であることを自負している。いや、自負してきた。

 だが


「おいおい……少し、やわすぎやしないか? 普段、どんな訓練をしてるんだ。ったく、こんなじゃ何も守れねぇぞ?」

「そうじゃなのぉ……よもやここまで弱体化しておろうとは……はぁ、情けなし。これでは2年前の奴等のほうが精強ぞ。そこ、とっとと動くのじゃ。手足の一本や二本、吹き飛んだところで動揺するな。動き、剣を振るえ。魔法を紡ぎ立ち上がれ。それが出来ぬ駄犬はいらぬ。汝らは『黒狼』。帝国を守護する者達ぞ」


 男の呆れた口調と、羽黒猫の叱咤。

 いやいや、幾ら何でも滅茶苦茶過ぎるだろうがっ!?

 男が剣を振るい、羽黒猫が高速で魔法を連射してくる。それは、悪夢と覚える程に鋭く、速く、かつ的確。回避すらままならない。

 次々と挑みかかっては吹き飛ばされ、地に伏してゆき――治癒魔法で回復。


「阿呆が。戦場で呑気に寝ていれば死ぬ。貴様等はそんな事も分からないでここにいるのか? ……余り、失望させてくれるなよ?」


 冷たい声。こいつ、治癒魔法まで規格外なのかよっ!?


「うむ……すまぬ、主。時間泥棒の片棒を担いでしもうた……。ここからは我がしよう。お主等……覚悟は出来ていような?」


 羽黒猫からは凄まじい殺気。

 周囲には、数十の魔法陣。紡がれているのはどれもこれも、広域殲滅用とされている、重魔法ばかり。

 信じられない速度で構築が完成。ヤ、ヤバイ……これは、死


「この程度で死ぬ駄犬はいらぬ。何度でも言う、汝らは『黒狼』。帝国を守護せし者達ぞ。誇りあるならば生き残ってみせよ」


 『黒色道化と敵対するな。それは死と同義だ』

 戦乱中に各戦場で囁かれた噂話。

 今日まで嘘だと思ってきたが……あ、これ、本当だわ。

 そうだよなぁ……考えてみれば、こいつ等は『世界を制覇』したんだ。

 ああ、俺の馬鹿野郎。少しは頭を――最期に見たのは光。痛みはなかった。



※※※



「おい! 起きろっ!!」

「!?」


 目の前には見知った顔――小隊長?

 周囲を見渡す、どうやら病室のようだ。周囲でも今、目が覚めたのだろう、隊員達が呆然としている。

 だが、そんな事よりもこの音……今まで、散々聞いた音だ。


「非常呼集だ、行くぞ」

「は、はっ! いや、しかし」

「全員、五体満足だ。傷一つどころか、病の欠片すらない。あの人達は何時もそうだ。訓練で俺達を殺す事は絶対にない。とっとと動け。急がないと……今度こそ殺されるぞ?」

「!」


 反射的に立ち上がる。

 かけてあった、黒い軍服に着替え、駆け出す。

 折角、命を拾ったんだ。また死ぬのはごめんこうむる!

 どうやら、皆そう思っていたらしい。次々と病室から隊員達が飛び出してくる。

 医療兵達が叫んでいるが、気にしない。

 何せ、この世で一番怖い者達と相対した後なんだからな。

 ――過去最高速で、演習場に集合した俺達を待っていたのは、副長と幹部連。そして、軍服を着た男とその肩にいる羽黒猫だった。


「副長」

「はっ!」

「貴様……俺を侮っていやがるのか? なんだ、この遅さは」

「はっ! 申し訳ありません」

「ちっ。少々、緩み過ぎているようだな。まぁいい――喜べ、大掃除の時間だ。ああ、それと今から『黒狼』の指揮は一時的に俺がもらう」


 大掃除? こいつは何を言って。それと指揮官だと?

 俺達『黒狼』は陛下直属。その部隊を指揮出来るのは陛下から信任を受けた者だけの筈。


「気にくわない、という顔してる奴がいるな? その反骨心はまぁいい。ただし、悪いがあいつからの信任状はもらっている。嫌なら、参加しなくてもいいぞ。その場合は、あいつの、帝国の敵として認定するだけだ。何か質問があるか?」


 飄々として口調でとんでもない事を言いやがる。

 陛下とこいつは旗揚げ当初からの関係、というのも本当なのか。


「ないな。ならば――今回の作戦を説明する。副長」

「はっ! これより、我等は帝国に害を与えている逆賊を全員拘束する。相手は、陸海各参謀長と各大臣。それの取り巻き共だ。抵抗した場合、生きていれば構わん」


 俺達の間に動揺。

 ……いや、流石にこれは滅茶苦茶過ぎるんじゃ。

 が、古参の連中は平然としている。むしろ、笑っている? この状況で?


「質問よろしいでしょうか?」

「なんだ」

「拘束は構いやせんが……場所は把握出来ているんで?」

「これだ」


 男はそう言うと、手を軽く振った。

 空中に地図。幾つかの光点が移動している。……いやまて、どういう魔法だよ、これは。


「こんな事もあろうとな。軍の階級章にはあるマークがついている。まぁ分かるのはあいつと俺とこいつだけだが」

「うむ。後は、我がこの光点へ汝等を跳ばせば良い。ああ、殺してはならんぞ? 灸をすえるだけだからの」


 ……あえて何も言うまい。

 突っ込んだら負けだろうし。

 その後、詳細を聞き、疑問は氷解。軍が過剰な予算請求をしていたのがバレ、かつ『黒色道化』が関わっているのを聞いた首脳部が本気で逃げたらしい。

 分からなくもねぇ……その気持ちは分かる。

 だけど、悪いな。俺達は『黒狼』。陛下と帝国に仇名す者を討ち払う者。

 なら――やらない、という選択肢はないんだわ。これが。  

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