『責務』
「おはようございます~」
「おぅ。おはよーさん」
財務局への出勤途中に、新人と出会った。
『命令』通り、昨日はぐっすりと寝たのだろう。身体が軽そうだ。
まぁ、相変わらず化粧っ気の欠片もないが。
「昨日は、主任も強制的に?」
「ああ。お前らよりは後までいたが……それでも定時前だったな」
「そうですか……あの~正直、行くのが怖いんですが……」
「言うな。俺だってそうだ……」
身体は軽い。頭も冴えている。
何せ、昨日は久方ぶりに、起きている嫁と娘と一緒に夕食を取れた。同時にぐっすりと眠れたのだ。
しかも、出勤時間も定時よりもかなり遅い。
しかし――待っているだろう、書類の山を考えれば気が重くなるのは仕方ない。
『状況は把握した。局長』
『……はっ!』
『俺は、阿呆を部下に持った記憶はないんだが?』
『……はっ!』
『この中で、役職持ちじゃないのは誰だ? それと、下級職の奴は?』
昨日の午後にやって来た男は……死者だった。
ああ、いや、俺の頭がおかしくなってるわけじゃなく、建前上の話だが。
局長から話には聞いていた。
けれど、話だけで、全てを信じろ、と言う方が無茶だ。今更、謀反人どころか『帝国を救った英雄』とか言われても……。
第一、財務部の仕事を回せる筈もない。
そう思っていたんだが……。
男は瞬く間に、書類を精査。そして、直後、新人達を強制的に家へ帰らせた。俺達、下級職も同じくその後すぐに。
曰く『自分達がいないと? 甘ったれた事を言うな。とっとと風呂に入って、飯を食って、寝ろ。ああ、明日は遅出で構わん』。
……いや、そりゃ有難かったさ。正直、限界を超えていたし。
けどなぁ。実際問題、俺達がいなければ仕事は片付かないだろう。
新人もそう思っているようだ。
「あの方って何者なんですか?」
「はぁ? 流石にいくらお前でも『黒色道化』の名前くらい知ってるだろう?」
「いや、それは知ってますけど……でも、私が知っているのは戦場での伝説だけで……」
「俺だってそうだ。つまり、今日は覚悟は必要ってことだろ」
「……分かりました」
多少は回復出来たしな。よし、いっちょやってやるぜ!
※※※
「あん? もう来たのか。お前ら、『遅出』の意味を理解してるか? 要は一瞬でも出てくれば良し、って意味だぞ? それを、こんな早くから出てくるとは……おい、貴様等の教育はどうなっているんだ――で? あの馬鹿は捕まったのか?」
「い、いえ……関係各所に連絡はしていますが……」
「ほぉ……いい度胸だ。まぁいい後で殺してみてから、諸々考えるとしよう。軍部は?」
「はっ! 各大臣及び総長共、緊急の海外出張が入った、との」
「呼び戻せ」
「……はっ?」
「こんな出鱈目な予算を通した大馬鹿共と俺は話がしたい。今すぐにだ。無理だ、と言うなら、無理を通せ」
「で、ですが、既に飛空艇も出発しておりますっ!」
「なぁ、参謀さんよ」
財務部へ出勤した俺達を待っていたのは――控え目に言って地獄だった。
役職持ち、しかも、上級職以上が必死に手を動かし、無数に置かれた電話をかけまくっている。他部署のお偉いさんまで……大多数が半泣きか、感情を喪ってる。
が――明らかに紙の山は切り崩され、丘程度になっている。あの量を、一晩でここまで減らしたってのか!?
椅子に座り、凄まじい速さで書類を仕分けている男は、俺達に挨拶をくれた後、陸軍の参謀章をつけた若い男(間違いなく超絶エリート)を机の前に立たせ詰問していた。
……いや、内容がヤバイ。ヤバすぎる。各大臣と軍の総長が逃げた?
「帝国が大陸を統一出来たのは何故だと思う?」
「はっ! それは陛下の偉大さ」「違うな」
時が止まる。
おいおい……幾ら何でも陛下を否定するのは……。
「ああ、ここだけの話だが、別にあいつは偉大でもなんでもない。どっちかと言えば狂ってる方だ。が……たった一つだけ俺でも敵わない事がある。何だと思う?」
「…………」
「それは、馬鹿みたいに、自分の味方になった者を信じ、最後まで信じ抜いた事だ。で、だ――今回、提出されている軍の予算案に戻ってくるんだが、これを貴官はどう思う?」
「はっ……大陸統一なったとはいえ、未だ各地に不穏の影がある以上」
「ああ、そういう事を聞いているわけじゃない。他、分かるのはいるか?」
男はあっさりと言葉を遮った。
どういう意味だ? 何を問うて?
その時、新人が挙手。
「よろしいですか~」
「言ってみな、嬢ちゃん」
「えっと……要は『貴様等は陛下の純粋な信頼に応えようとしているか?』という意味では?」
「正解だ。嬢ちゃん、こんな所で遊んでないで、あいつの相談相手になればいい。さて、もう一度言う。あの馬鹿共を呼び戻せ。どうやら、教育が足らなかったようだからな」
「で、出来ませんっ! 軍は、今や貴方の命令を聞く謂われは」
「――つまり」
その一言で唐突に理解した。
おそらく、ここにいる人間全員がそう思っただろう。
『黒色道化に逆らうな。あいつは死神すら嗤いながら殺す男だ』
あの戦乱期、幾度も囁かれた噂は事実なのだと。
男は顔を歪ませ嗤っていた。それはもう楽しそうに。
「軍は俺に歯向かうんだな? いいぜ、まとめて相手になってやろう。ただし、階級分の責務は果たしてもらう。帝国に――あいつの世界にそれを理解出来ない馬鹿共はいらないからな」
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