八月の双子
のりしお
八月の双子
「おい、何か面白い話はないのか」
そう声があがったのは当然といっても過言ではなかっただろう。
久しぶりに集まろうと声がかかり、中学校時代によくつるんでいた彼らと集まったはいいが、宴会を始めて数時間だ。夜も更け、何人かはもう沈んで気持ちよさそうに寝息を立てている。最初は近況報告や思い出話に花を咲かせていたが、時間とともに話題はなくなり、酒やつまみを片手に取り留めもない会話が続いていた。
彼が言わずとも誰かが口火を切っていただろう。
「そうだな...。秘密の話でもしようか」
いつの間にか生えたあごひげに手をやり、1人がそう話を始めればすぐだった。20を過ぎて数年、忘れていた中学時代は話を聞くたびに次々と思い起こされ、そういえばそういえばと話は繋がっていった。
「秘密――秘密ねぇ」
「お前は何かないのか?」
「いや…当時好きだった――ほら、クラスで1番かわいかった、池ちゃん。あの子が放課後こっそり竹沢先生と教室に入っていったんだ。そん時は何とも思わなかったけど、雨が降るたびそうしてて…どうやら付き合ってたみたいだぜ」
あの時はひどく心を傷つけたなぁ。随分飲みなれたビールを傾けてしみじみそう言うと、隣にいた男は大笑いを始め、挙句俺の背中を二、三度叩き出した。微炭酸が器官に入ってしまいそうになり、反射的に何度か咳を繰り返す。
「お前、自分で泣きそうになりながら言いふらしてたろ!なにが秘密だ、なにが」
どっと一斉に笑いが起き、つられてこちらも吹き出してしまう。そうだったか。
「そういえば」
暫く余韻に浸り、さて、と場も落ち着いたところで声をあげたのは、静かに酒をあおっていた男だった。てっきり話に参加するつもりはないのだと思っていたので、全員の視線がそちらへ向く。始まったころからちびちびと日本酒を舐めていたが、顔色一つ変わっていない。話を始める前もお猪口を大きく傾け、ごくりと喉を鳴らした。
「俺も一つ思い出した。……あれは8月のことだったかな。もう中学校は夏休みにはいっていて...でも俺は部活があったから、休みなんてなかった。そう、野球部だよ。うちの野球部は厳しかったからな、休みなんて関係なく毎日夕方まで練習をしていた。普通なら夏休み前、教科書とか鉢植えとか体操服だとか――とにかく色々持ち帰るだろう。でも俺は部活があるものだから、ロッカーに色々なものを置いていったままにしてたんだ。ちょっとずつ持ち帰るからと先生に約束してな。いや、きちんと部活終わりに持ち帰ってたよ。今思えば秋までそのままでも、別に怒られなかったかもな。とにかく部活が終わった後だった。
陽は傾き、昼間の暑さはほとんど鳴りを潜めていた。とくに校内はひんやりとしてて、練習終わりには気持ちよかったよ。でもちょっと不気味だったな。泥まみれの靴を脱いで、上履きに履き替えて教室に行った。
廊下側の窓の鍵をこっそり開けておいたから、いつも忍び込んでいるんだ。ほら、いちいち職員室に鍵を借りに行くのは面倒だろう。それでいつものように窓からはいって鞄に教科書やら、授業で作ったものやらを詰めこんで出て行った。
異変は帰るときに起きたんだ。上履きを下駄箱にいれようとしたとき。代わりに入れておいた俺の靴の泥が、綺麗になくなっているんだ。まるで新品のようだった。
誰かのと間違っているのか思ったが、俺の靴以外で下駄箱に入っているのは全部上履きなんだ。
足元を見ても泥は落ちていないし、もちろん汚い靴もない。メーカーは確かに俺が使っていたものだし、ちょっと不思議だったが買い換える手間がなくなったと履いて帰った。
そして次の日。同じように部活が終わって下駄箱に靴を入れて...そこでふと思った。無くなりかけの水を入れておいたらどうなるだろう。ちょうど喉が渇いていたが、その時持っていたペットボトルには水がほとんど入っていなかったんだ。
ほんの出来心。靴と一緒にペットボトルをいれて、教室に向かった。
帰ってきたときペットボトルには水がいっぱい詰まっていた。いや、というより新しいものになっていた。蓋を捻ると固くて、開けるときにパキッと鳴ったんだ。少し怖かったが好奇心で口をつけてみると、確かに水だった。
これはいい。そう思って、次の日から俺はいろいろなものを下駄箱にいれた。もう教室に取りに行くものが無くなってからもだ。たとえば、飴の包み紙、ボロボロになった体操服、インクの出なくなったペン。どれも帰ってきたら新品になってたよ。
それはもう日課みたいになっていたが、とうとう終わるときが来た。そう、夏休みの終わりだ。8月31日。ふとした疑問だったんだ。俺は自分の髪の毛を入れた。
わくわくして、戻ってきたとき下駄箱には靴以外何もなかった。
つまらねーの、と1人ごちて、家に帰った。」
オチは?と誰かがからかった。
しかし彼はもう喋ることなく、ただ酒を飲む。
じゃあ次は俺だな、と口を開いたのは、彼に瓜二つである双子の弟だった。
八月の双子 のりしお @norishio96
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます