Episode17:幸せになれる権利

「あの『黒い影』──もとい『巨人』は、完成形じゃないわよね。色もなく、半端なデザイン。何より、操縦者のレベルが著しく低い。真っ直ぐ歩くことも、物を掴むこともままならない。まるで子供が面白半分に玩具を操作しているような、そんな危なっかしさがある。それでも、あの大きな身体でなら動いて暴れるには丁度いい。そんな感じがする。まさかとは思うけど、あなたたちのような少年が、訓練もなしに操縦しているなんてことは……、あったり、する?」


 憶測で物を言うのは好きではない岬だが、思わず私見で話してしまう。少し、後悔した。が、それでカケルの心が引き出せるなら、それでもよいと思った。

 カケルは岬からそっと、視線を外した。岬の掴んだ腕を無理やり引き剥がし、その跡をさすりながら、壁の隙間から差し込む日の光の道を細くすぼめた目でじっと追う。起伏のない表情では、彼が何を考えているのか計り知ることすら難しい。


「確かに、思ったよりぎこちないのは計算外だったよ。あいつら、『操作は簡単ですから』とか何とか言ってたくせに」


「──やっぱり、何か別のものが絡んでるのね。しかも、操縦者は未成年。直接攻撃は不可能ということね」


 岬は懐から携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。相手に繋がるまでの間、彼女は更に追求を続ける。


「なぎささんの誘拐にしろ、巨人にしろ、あなたたち、結局いいように操られてるだけじゃない。本当に悪いやつらは表舞台には絶対現れない。でしょ? カケル君、あなたの証言が必要なのよ。事件を解決させたいの。協力して、くれる?」


「悪いけど、そうそう簡単には……いかないと思うよ」


 カケルは数歩後ずさりし、岬の間合いから完全に離れていた。

 丁度、岬と田村がこじ開けた扉の隙間、逆行を背負うようにして立つカケルの表情は見えない。


「ちょっと、何を言って──、もしもし、こちら岬です。捜査本部ですか。今、犯人の一人と接触を」


 会話が始まってしまった。カケルの様子がおかしいと分かりつつも、岬はどうにも出来ない状態にいらだった。


「お前、逃げるのか」


 田村がながれと岬の前に進み出て腰を低く落とし、カケルを牽制する。

 カケルはうつむき、にやりと笑った。そして、ズボンの後ろポケットに隠し持っていた二つ折りナイフをおもむろに取り出し、掲げる。


「カケルお前、そんなもの持って……!」


 田村の後ろで流の驚く声が聞こえると、カケルは目を細めた。


「さっきまで、何で使わなかったって? それは多分、俺の良心だよ。妬ましい、憎らしいヤツだと本気で思ったけど、どこかで流、お前のことが本気で羨ましかった。何であの日、便利屋に引き取られたのが俺じゃなくてお前なんだとずっと考えていたんだ。そして狂気に満ちていた過去のお前が別人のように丸くなったなんて、信じられなかった」


 ナイフの切っ先が、カケルの腹部に向く。


「もし、お前の言うように『幸せになれる権利』なんてものがあるとしたら、俺はどこでそれを失ったんだろう」


 流の手が、田村を突き飛ばした。

 これでもかというくらい勢いをつけて、瓦礫と倒れた少年たちを飛び越えた。

 カケルの手を、止めなければ。

 よじれた腹の中から、再び血が食道を逆流する。大きく振ったつもりの手が、半分までしか動かない。それでも、一ミリでもいい、カケルの手に届いて、ナイフをそこから離さなければと。


 ──生温かい赤いものが飛び散った。


 カケルの懐まで手が伸びたのに、間に合わなかった。

 深く刺さったナイフの先、抜けぬよう、抱え込むようにして、カケルの身体が流の上に落ちてくる。

 目が合った。

 悲しそうな瞳が、薄暗い中でもはっきりと流の目に映った。


「救急車、救急車を、急いでこちらに回してください! 犯人が自決を──!」


 岬の悲痛な叫び声が、倉庫中に響き渡った。



 *



 連絡を受け、港の倉庫に警察と救急車が次々に到着した。

 黒いシャツの少年たちも、流も、怪我の程度に差はあったが、皆病院送りとなった。


「肋骨、折れてますね。痛みますか」


 救急隊員に言われて初めて、骨折を知る。そんな痛みなど分からぬほど、全身傷だらけだったのだ。

 流は、事件の全容を知らないまま病院に行くことを、初めは承知しなかった。なぎさを自分が救いにいくのだと、そんな状況でも必死に喚いた。田村たちの説得で渋々救急車に乗り込み、横になる。付き添いで田村が一緒に乗り込んでくれることで、流の高揚した心は、少しずつ穏やかさを取り戻していった。


「カケルは、助からないそうだ。腹を刺した後、更にナイフを動かしていたらしい。最初から死ぬつもりだったとしか思えないな」


 応急処置をしようにも、腹部の傷は塞ぐことも出来ない。素人の流や田村は、傷が広がらぬようカケルの身体を横にして人工呼吸を試みたが、腹部からは滝のように血が流れ出ていた。真っ赤に染まっていくコンクリの床。騒ぎで目を覚ました数人の少年たちは、顔を青くして震え上がっていた。

 自分たちのしてきたことが、死とはどんなものなのか、その少年たちは初めて知ることになる。


「田村さん。なぎさは、なぎさは助かると思う?」


 呼吸器を付けられ、弱々しく尋ねてくる流に、田村は優しく微笑んだ。


「俺たちが無事を信じないで、誰が信じるんだ。きっと、無事だよ。そうに決まってる」


「カケルが言ってた。もし救い出しても、彼女は自殺するって。そしたら俺は、どう接すればいい。彼女に何て声をかければいい」


「さあねぇ。それは俺も知りたいよ」


 助かればの話だがな、と、田村は口の中で呟き、台詞を飲み込んだ。

 応急処置をしてくれる救急隊員と、田村の顔を交互に見上げ、流は目を閉じた。

 救急のサイレンが延々と頭を巡り、車の走る振動と一緒になって子守唄のように流を夢の中へといざなった。

 たった半日間の出来事が、あまりにも濃厚で飲み込みきれない。それどころか、なぎさの救出も黒い影の騒ぎも未だ解決せず、暗礁に乗り上げている。発端となった乳児遺体を見つけたのが流だったとしても、彼に捜査する権限は一切ない。所詮は一市民で、新聞やニュース画面で事件の経過を知り、ただ頷くだけ。今回の事件だって、最終的にはそうなるに違いないのだ。


『次のニュースです。警視庁は──日午後、集団強姦の疑いで、本籍東京都……容疑者ら五人を逮捕しました。調べでは今月……日、──区の廃屋解体の現場で作業中の会社員の女性を拉致の上監禁……』


『──日未明、いわゆる黒い影に警視庁特殊急襲部隊、SATが突入、ロボットを操縦していた少年らを逮捕しました。調べによると少年らは、総合リサイクルセンターでの金属資源盗難にも関与しており、今後はロボットの入手経路を……』

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