Episode16:突撃
『田村か。俺だ。今、捜査本部の刑事さんたちから説明があった。なぎさの居場所がわかりそうだ。あのパソコンに入ってた情報の中から、持ち主をある程度特定したらしい。何でも、前々から女性誘拐、行方不明事件を捜査してた別の部署の情報と、今回の犯人の情報が合致したとか何とか。恐らく、バラバラ殺人と乳児遺体遺棄はそいつらがやったとみて間違いない。──だが、妙なことを言っていた。犯人は未成年じゃない。もう十年以上追いかけてる。三十から四十代の男性数人組だとも』
「じゃあ、
『別の事件が絡んでるんだろうよ。でなきゃ、下っ端か。流がいると思われる港の倉庫には、なぎさはいない可能性が高いとよ』
社屋に残った一ノ瀬からの電話に、田村は驚きを隠せなかった。
「なぎさは、こっちにはいないそうです」
運転席の岬に電話の内容を簡単に伝えた田村は、どうしたらいいのかと頭を抱えた。二人いっぺんに助けられるとばかり思っていたのだ。
「それでも、流君はいるんでしょ。向かいましょう」
港に入る。パラパラと雨のちらつく中、無機質な倉庫の連なる通りをサイレンを消して進んでいく。田村の携帯を通じ、一ノ瀬がなぎさの携帯のGPS情報を頼りに誘導する。そこに、恐らく流がいると信じて。
「せめて、相手が何人か分かれば。私たちだけじゃ心細いわね。応援が来るまで待つにしても、時間がかかればそれだけ危険度が増すし」
パトカーから降り、銃を構えながら、岬はあちこち見渡した。人気のない港。この騒ぎで人影もない。
一ノ瀬の会社に部下を置いて来たことを後悔した。だがあの時、誰かを残さねばならなかった。犯人からの接触の可能性のある中、便利屋の人間だけにしておくわけにはいかなかったのだ。
「お、刑事さん。丁度いいものがありますよ」
田村の視界の先に、使い慣れたものが見えた。田村はそれに近寄り、鍵が挿しっ放しであることを確認すると、にやりと笑を浮かべた。
「窃盗罪で逮捕とか、やめてくださいよ。ちょっと拝借させてもらうだけですからね」
*
薄暗い倉庫の中に、少しずつ日が差し始めた。雨が弱まり、天気が回復してきたのだろう。天窓から差し込んだ光が流とカケルを淡く照らした。二人とも立ってはいたが、血だらけでボロボロだった。気力だけで立ち尽くしているような、そんな気配すらする。
足元には子供たち。流に倒され、胸のドクロマークを上に向けて、重なるように転げている。それまで何が起きたのか、想像するに難くない。
「有罪確定だね。もう、日の光の下を歩けない。女を救っても、未来なんかないよ」
カケルはなぎさの携帯をちらつかせて、また笑う。
「そのへらへらした笑い方が嫌いだったんだろうな、昔の俺は」
肩で息をして、ふらふらした足と腹をさする流。もう痛みという感覚さえ、麻痺して分からなくなってきていた。
「記憶障害だと言われたことはある。昔親に放置され、それが原因で情緒不安定だったこともあった気がする。だけど、都合の悪いことをこんなに綺麗に忘れていたなんて、かなりショックだったな」
「傷付けられたことばかり鮮明で、傷付けたことを忘れていた……? 随分都合がいいね」
「それはお互い様だろ、カケル。早く教えろよ。なぎさはどこだ」
「教えてどうする。救い出すつもり? 全てが遅かったとしても。たくさんの男になぶられ、イッた挙句に知り合いの男に助け出されたところで、女の精神状態がどんなものか。想像したことなんてないだろ。自殺するよ、あの女。確実にね」
話をすればするほど、カケルたちのしたことの恐ろしさが分かってくる。
こうして連れ去られ、どこに行くことも出来ず、雌豚として飼い馴らされ、孕まされた上、子供は捨てられ、女は殺され、バラバラになって捨てられるのか。流にも事件の全体像が見えてきた。そこにある狂気さえも。
「それでも、救いたいと言ったら?」
「救えると信じてるのか」
カケルの、最後の問いに答えるべく口を開けた。その声の出る間もなく、二人は屋外から聞こえる重機の動く音に動きを遮られる。
聞き覚えのある音だ。一定間隔でリズミカルに動く重機。逆関節の足に、大きなアーム。流の胸は歓喜に踊った。
「ユンボだ! 人型ユンボ」
轟音が鳴り響く。メキメキと扉と壁が潰されていく。柔らかい日差しとまだ小降りの雨が一気に屋内に流れ込んでくる。バラバラと落ちてくる壁材は倒れた少年らの寸前で上手く止まり、開いた穴から大きな黄色いショベルが覗いた。
「田村さん、田村さんだよね!」
流の表情が急激に明るくなる。相手に見えているかどうかなど構わずに、流は必死に両手を振った。
「流、無事かー!」
壁越しに聞こえるのは、確かに田村の声だ。
「ここの修理代、一ノ瀬に請求が行くと思うけど、いいかしら」
岬の声もする。
助かったと、思った途端、全身の力が抜けた。流はそのまま床に座り込んだ。
壊れた扉の間から、田村と拳銃を構えた岬が現れる。見るも無残、少年たちと流の傷付き具合、散乱する凶器や血痕から何が起きたかを推測し、田村たちは息を呑んだ。なぎさの姿はそこにはない。
「流、大丈夫か。なぎさは、なぎさはやっぱり、ここにはいないのか」
意識の朦朧としかけた流に、田村は尋ねた。首を横に降り、涙を流すその身体のあちこちに、火傷や打撲傷が大量にある。裸になった上半身には、彼の吐き出したと思われる血の跡が乾いて残っていた。
「重傷じゃないか」
声をかける田村に、流は再び首を振る。
「それより、なぎさを。なぎさを救ってやってくれ。強姦されてるかもしれない。殺されるかもしれない。なぎさを、なぎさを早く」
涙と血が、頬で混じった。
「他に、意識のあるヤツはいないのか。まさか、お前一人で全員殴り倒したんじゃ」
「いや、カケルがいたはずだ。さっきまでそこに──」
見渡したが、カケルの姿がない。騒ぎに便乗して逃げたのか。
「それは、彼のこと? 逃げようとしてたところを捕まえておいたわよ」
岬刑事の腕に引かれ、倉庫の出口付近から傷だらけの少年が現れた。決まり悪そうにうつむき、視線をそらしている。カケルだ。
「流君は名前を知ってるようだけど、あなたたちどういう関係なの。なぎささんの拉致と、関わりがあるの」
きつい言葉を避けながら、岬は尋ねた。
カケルは岬から腕を引き剥がし、汚いものにでも触れたように腕を黒いTシャツに拭う。途端に、隠し持っていたなぎさの携帯電話が床に転げた。クローバーのストラップが田村の足元に向いて止まる。
「お前が、なぎさを拉致したのか」
「だとしたら?」
静かな田村の怒りに、カケルは背筋を凍らせた。目をきょろきょろさせ、逃げ出す機会を窺っている。
「──知らないよ。女がどこにいるかなんて。幾ら脅したって無駄さ。ホントに知らないんだから」
「カケル、それ、どういうことだよ! お前、知ってるわけじゃなかったのか!」
飛び出しそうになる流の身体を、田村のがっちりした腕が引き止めた。
「恐らく、彼らはバラバラ殺人とは無関係よ。本当の黒幕は別にいるってことでしょ。集団強姦目的の犯罪グループ、そこになぎささんを売ったのね」
「まあ、そんなとこだよ。警察、そこまで知ってんだ」
「殺人行為に直接関与していないことが分かれば、それで十分よ。で、ついでに聞くけど、あの黒い影や金属盗難に、あなたたちは関わってた? 世間では『黒い影』と呼ぶあの物体を、あなたたちは『巨人』と呼んだそうじゃない。関係が、ないとは言わせないわよ」
再び、岬の手がカケルの腕を掴んだ。女性とは思えない力でぐいぐいと握り締める。
「どうなの。本当は、どこかで悪い大人たちに踊らされていたんじゃないの。あなたたちだけで起こせるような事件じゃないでしょ」
「……どこまで掴んでんの、警察は。俺らから、どういう情報を掴みたいわけ?」
一丁前に岬と取引する気だ。カケルの目もまた、真剣だった。
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