Episode15:破壊願望者

 相手に優勢をとられながらも、カケルは余裕だった。まるで、ながれが本気になるのを待ち望んでいたのかのように、更に挑発を続ける。


「女の携帯の場所をGPSで突き止めて来たんだろ。まぁ、そうでもしなきゃ、ピンポイントにここに来れるはずがないけどね。あの機種が便利屋や派遣業界で人気なの、知ってんだよ。だけど、そこに女がいるかどうかまでは確認できなかったわけだ」


 そこまで言うと、カケルは倉庫の隅にいる少年の一人に目をやった。十五歳ほどの彼の手には、見覚えのある携帯電話が握られている。薄暗闇に光るクローバーのストラップはまさしく、なぎさのものだ。

 流は驚き、目を見開いた。動きが止まる。


「勘違いするなよ。最初の電話をかけた時点では、相手がお前だなんてわからなかった。個人的な恨みがお前の会社にあったわけでもない。着信が何度も鳴って、画面にお前の名前が表示されたのを見て初めて、あの日お前が引き取られた先だと確信したんだから。恨みを晴らすには、これほどの好機はないよ。飛んで火に入る何とやら、お前が自らここまで、しかも一人でやってくるなんてね」


「――だから、だからなぎさを売ったのか」


「まさかァ。お前がどうのなんて関係ないよ。売れそうな女がいたから売ったんだ。当たり前だろ」


 意識が飛んだ。

 カケルの両腕を全体重をかけて抑えた。手が無意識のうちにカケルの喉元へと引き寄せられていく。カケルの胸の上に乗り上げた流は、真っ赤な顔で両手に力を入れた。

 完全に、殺すつもりだ。

 少年たちは流を止めようと躍起になってカケルから身体を引き剥がそうとするが、流は岩のように固まり、ぴくりとも動かない。未完成な身体と未熟な力では、日々重労働で鍛えられた流と対等にやりあうには不十分だった。

 次第に青ざめていくカケルの唇。途切れ途切れの唸り声。

 ふいに、流の背中に激痛が走った。金属バットが勢いよく背骨に当たり、バウンドする。悶え、よろめく流の足元から、少年たちがカケルを引きずり出した。


「大丈夫か、カケル」


 背中をさすられ、息を整える彼を、流はまた床に転げた姿勢で見上げることになる。


「幾ら皮を被ったところで、凶暴なところは昔のままだな、流。どんなに綺麗事を言っても、お前の破壊本能は昔と変わらないんだよ」


 のっそりと立ち上がったカケルは、再び流の枕元に立った。


「目的は何だ。カケル、お前らは一体、何をするつもりなんだ」


「やっと、やっと俺の名前を呼んだな」


 にやりとカケルは唇の端を上げた。流の台詞に歓喜するように、乾いた声で笑う。


「記憶、戻ったか。思い出したのか」


「……さあ、それは、どうかな」


 上体を起こしながら、流は鋭い眼光をカケルに向けた。



 *



『ご覧下さい。自衛隊戦闘機、更に戦車まで出動しています。まるで戦争が起きてしまったような、物々しい雰囲気に包まれています。現場、半径五キロまで、避難警告が出ています。残っている方は、速やかに避難してください。繰り返します、現場、半径……』


 パトカーの中で見る、携帯電話のワンセグ画面。雨に妨害され、偶に途切れながらも事実を伝え続ける。

 ワイパーで消えていく雨の澱みの奥にも、黒く巨大なものがちらりと見えた。


「あんなもの、どうやって止める気だ」


 後部座席で田村が呟く。


「自衛隊が下手に攻撃すれば、被害が広がるわね。何しろ、足元は住宅街や商店街。飛散した部品や銃弾が、二次災害を起こすのは目に見えてる」


 警察の無線の音とテレビ放送の内容、それから田村の台詞を交互に聞きながら、岬はパトカーを走らせた。雨が小康状態になり、少しは運転しやすくなったものの、今度は怪物騒ぎに混乱した一般市民の車が道を塞ぐ。サイレンを鳴らしても避けながら走るのが精一杯だ。

 なぎさを連れ去った犯人は『未成年』──。不確かな証言に混乱する捜査本部。押収した廃屋のパソコンから出てくる新たな手がかりなど、捜査の様子が逐一、無線を通じて知らされる。黒い影の情報も、それに混じってチラホラと聞こえ出す。金属資源のブローカーが正体不明の工場に資源を横流ししていること、その工場に不透明な資金の流れがあること。黒い影の目撃情報の多くは、その工場付近に集中していること……。


「もし、あの黒い影の中に未成年がいて、それを操縦しているとしたら更に事態は複雑化するわよ。どうやったらあんな大きいものが動かせるか知らないけど、情報によると全部で五体、どれもかなりの大きさだってい言うじゃない。手出しできないまま暴れ続けられたら、街がなくなるわ」


「まあ、その点に関して言うと、ロボットにせよなんにせよ、必ず動力源があるはずだからエネルギーが尽きれば停止すると思がね。絵空事のようなデカさのロボを作るには、相当の金が回ってると見た。未成年者だけで、あんなことが出来るなんて思えないな。もっと何か別の力が働いてるんじゃないのか」


「そういうものかしら。ねぇ、ところで、場所は? こっちで合ってる?」


「あ、ああ。そこから右。港に出ればもうすぐだ」


 一ノ瀬に渡された地図を確認し、携帯のワンセグ画面を閉じる。


「流、なぎさ。無事でいてくれよ」


 祈るような気持ちで、二人は港を目指した。



 *



 汚れたつなぎ服の上半分を脱ぎ、腰に巻く。熱を奪い取る濡れたシャツを脱ぎ捨てる。鳥肌が立った。もしかしたら、熱があるのかもしれない。身体が紅潮して、息も荒い。それでも何とかして、奮い立つ。

 全身傷だらけの流と、首に指の跡のくっきり残るカケル。倉庫の暗がりの中、二人の鋭い眼光がぶつかり合った。


「全てをぶっ壊してやりたいと思ったことがあるだろう。今みたいにさ。第一、この世界に希望なんてない。生まれてすぐに捨てられ、人知れず死ぬだけの命だ。それならばいっそのこと、全部壊して、めちゃくちゃにしてやると考えたことが」


 暗く低い声で、カケルが言う。その言葉に賛同するように、カケルのそばに少年たちが戻っていく。年端のいかない子供が揃いも揃ってカケルに寄り添う様は、どこか宗教めいていた。気味が悪い。流は率直にそう思う。


「世の中には、いろんな種類の人間がいる。お前らみたいな偽善事業者、俺らみたいな破壊願望者。どちらの世界も両極端で、互いのことはよく見えない。だけど、どこかで繋がってる。そういうもんだろ」


「何が言いたい」


「需要と供給ってやつだよ。俺たちが女を売る。女をレイプして映像を撮影し、それを更に売る。そういう映像を好むやつがどんどん金を出す。その金を使って、俺らは全てを破壊するために必要な力を買う。その力は、マッドな研究者や技術者が提供してくれる。そのために必要な道具や部品を、更に俺たちがかき集める。──わかる? 循環型社会。グルグル回ってんだよ。その輪の中にお前らみたいのが時々混じって邪魔してくる。それが、気に喰わない」


 こちらを睨み、唾を吐きかけた。カケルの行動に、流の怒りが更に増す。ぐっと抑え、話を聞くことに専念する。そのままカケルが全部喋って、なぎさの居場所を突き止められたら、彼女の携帯電話を取り返して一ノ瀬か田村、岬のいずれかに連絡を取るのだと機会を窺っていた。


「あの巨人に、幾らかかってると思う? どれくらいの人間がどれだけの期間関わってきたかなんて、お前に想像出来るか。規模が違うんだ、規模が。便利屋の下働きがどうこうできるレベルじゃないんだ。自衛隊? 警察? やつらだって、どうせ俺らを捕まえられない。『保護法』がある限り、やつらは二十歳になってない俺たちに簡単に手出しできない。最高だね、日本。子供のうちなら罪を犯したい放題なんだぜ」


「だから、罪のない人間を殺してもいいっていうのか」


 ギリギリと、流の奥歯が鳴った。怒りで身体が震えた。


「あそこで死んでた乳児も、その母親も。そしてなぎさも。何でお前らにもてあそばれなきゃならない。生きる権利は、幸せになる権利は、平等に与えられるもんじゃないのか」


 真剣な流の言葉。それを大声で笑い飛ばすカケル。


「馬鹿だな、ホント。何が幸せだ。権利? なんだそりゃ。──そんなもんがあるなら、とっくに俺らはまともになってるはずだろうが!」


 カケルが大きく足を蹴り上げた。ふらふらになった流の腹部に、思い切り膝が入る。


「殺れ!」


 カケルの掛け声に、再び少年たちは思い思いの武器で流を攻撃し始めた。

 度重なる攻撃で、流に体力は殆ど残っていなかった。避けようと身体を動かせば動かすほど、やつらはそこを狙って攻撃してくる。骨が痛い、内蔵がやられたのか、口から血が止まらない。

 それでも流は抵抗した。幼い少年たちを殴り、蹴散らし、投げつける。保護法なんて流には関係ない。本気で殺しに来る少年らに法律を盾にする権利があるのかどうかさえ、疑わしい。捕まっても、死刑になっても構わない。今はただ、目の前の敵を倒してなぎさの所在を確かめなければという想いだけが先行した。

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