Episode04:未成年保護法

 医療の発達と科学技術の進歩が生み出したのは、人口における世代間のアンバランスだった。高齢化社会、高齢社会を経て、ついに超高齢社会へと突入した日本。労働者一人当たりが支える高齢者の人口は増え続けた。二〇〇八年に開始された後期高齢者医療制度はすぐに崩壊し、加えて少子化には歯止めが掛からず、六〇歳以上の高齢者の人口が初めて総人口の四割を超えるという異常事態が発生した。

 労働人口の急激な減少でGDPは右肩下がり、世界経済の中での日本の立場を危うくしていく。技術力とクオリティの高さが売りの日本製品も、海外からの労働力の供給という手段を使ってしか保てない。移住した外国人労働者は国際結婚と多産という形で日本の人口に貢献したが、企業秘密や情報の海外流失、外国人犯罪者の増加など、ひずみも多く生じた。

 地域コミュニティが崩壊を始め、人と人との繋がりが薄れる中、児童虐待・傷害事件、高齢者の孤独死などが問題視されるが、解決の糸口はつかめない。このままでは日本の将来が危ないと考えた政府与党は、野党や世論の厳しい反対意見を無視し、「未成年者を保護し健全な人口増加を目的とする法律」を制定する。俗に言う、「未成年保護法」である。


「二〇歳未満の未成年者に対する性犯罪、虐待、傷害、殺人を行ったものは死刑、または終身刑に処する」の条文の下、警察や自治体は監視を強めた。将来、人口増加に貢献するであろう未成年者を一人でも多く保護し、人口構成の歪をなくそうというのである。

 しかし、これらの一見正当と思われる施策には恐ろしい穴がいくつもあった。

 まずは、未成年者に対して犯罪行為を行ったものが実の父母である場合もこの法律が適用されること。これにより、保護者を失った多くの子供たちが孤児として児童養護施設に収容されることとなってしまった。里親制度により施設から旅立つ子供は稀で、殆どの子供が成人するまでの間、養護施設での生活を続けるのだ。税金によってまかなわれる施設の運営は、財政難の日本を逼迫させていくことになる。


 加えて終身刑の設立により、刑務所不足の深刻化も浮き彫りになる。二十一世紀初頭に認可された民間刑務所も、収容人数の増加により危機的な経営状態に陥る。民営化により、コストを抑えることが出来る利点はあるが、収容人数の肥大化は最終的に国家予算を圧迫し、更なる財政難の原因となってしまったのだ。

 新たな産業や技術開発が進んでも、こうした社会問題は一向に解決の兆しを見せない。暗黒化していく社会情勢は、法律によって保護されたはずの未成年自身にも影を落とした。親の愛情を知らない子供たち、家庭というコミュニティから疎外されていく子供たちの行き着く先が──、無垢な心をもてあそぶ犯罪集団であることは想像に難くない。未成年保護法と少年法により、未成年犯罪者にある程度の加護が成立すると、犯罪集団はますます拍車をかけて未成年者を闇へ引きずり込んでいった。


「未成年保護法」を当初から非難した野党や世論からの反撃を受け、国政は不安定になった。このようにマイナス局面ばかりが際立つ二十一世紀末の日本で唯一元気だといわれるのが、ながれたちの所属している業界、「便利屋」稼業である。

 金属再生工業という新たな産業の影響もさることながら、このゆがんだ社会情勢がなにより便利屋という職種を発展させた。隣の住人の顔すら分からない、頼るべき家族や親族がいない──。遺品の整理から掃除、日々の買い物まで、全てが便利屋のよい収入源となる。

 一番ありがたいのが、自治体からの廃屋の撤去作業。廃材やゴミのリサイクルを同時に行うことで、更に収入を得られるのだ。

 便利屋一ノ瀬も以前はこうした請負を主にこなしていたのだが、一ノ瀬が流を引き取った五年ほど前から方針を転換し、ゴミ処理場の分別作業に重きを置くようになっていた。



 *



「そういうわけで、しばらくの間は全く手が付けられん。埋立地の仕事は後回しにして、他で稼ぐしかない。インターネットで募集した個人依頼と、自治体から要請のあった廃屋撤去作業で急場をしのごう」


 東京郊外にある事務所に社員を集め、一ノ瀬は厳しい表情で一同を見渡した。


「個人依頼はなるべく中堅社員に頼もうか。新人や若い連中はまだ経験が浅く、きめ細やかなサービスが出来るまでにはもう少し経験が必要だ。廃屋撤去の作業にベテラン社員とその他を配置して、資源分別などのノウハウを学んでもらおうと思う」


 廃屋撤去──、身体を動かせば気分が晴れるだろうかと、流は溜め息をついた。

 事件から三日、結局まともに飯も喰えていない。田村の言うように、吐き気が止まらず、寝ることもままならなかった。今まで考えてもいなかった死の存在に、流はさいなまされた。人はいずれ死ぬ、そんなことは分かっていたが、死というものがあれほどまでに残酷でおぞましいものだとは。

 オンボロ社宅の自室で布団を被り塞ぎこんだ流に、田村は何度も見舞いに来た。


「流、怯えてちゃ、あの子に失礼だぞ。あの子はああなりたくてなったんじゃない。あの子を守るべき大人が、義務を放棄したからああなってしまったんだ。手を合わせろ。あの子の気持ちを考えろ。お前が死臭に悩まされるよりもっと辛い思いをして、あの子はこの世を旅立ったんじゃないのか」


 ドアの向こうで語りかけた田村の台詞が、幾度となく頭を巡ったが、それでも流は震え怯える自分の心を抑えることが出来なかった。未熟だと思われてもいい。どうしたらこの気持ち悪さがなくなるのか、それしか考えられなくなっていた。

 現場の地図を渡され、田村と流は二人でワゴンに乗り込んた。同じ現場にあと三人、大型トラックの荷台に重機を乗せて向かっている。

 まだ緑が残る昔ながらの町並みを抜けていく。生垣に庭木、庭先の小さな花壇が流の視界をどんどん通り過ぎた。全開にした窓から風が入り込み、流の頭を冷やす。全身に風がいきわたる。気持ちも少しずつ、晴れていく。それでもまだ、あの日の死臭が鼻に残っている気がして、流は腕で何度も鼻先をこすった。

 カーブを曲がるたびに、ワゴンの背中で道具がガシャガシャと耳障りな音を立てる。旧世代の壊れかけた車体は、アスファルトの微妙な段差にいちいち引っかかって大きく揺れた。スコップにハンマー、防塵マスク、業務用掃除機──、使い込んだそれらは初めて作業に加わる流を歓迎していてかあざ笑ってか、聞いていたラジオの音を容赦なくかき消していく。


『未成年保護法廃止を巡る問題で、与党──は、有……の会合を──、これにより、全国の刑務所に収容された──……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る