第3話 己が隠した己の刃
静音がキルに入って早数週間、彼女も大分慣れてきた頃事件は起きる。
「獅子戸冷だ。先日長期任務から帰還した、よろしく頼む。」
キル四天王の一人、冷が長期任務から帰ってきた日を境に、白夜が任務でミスをしたり、報告書を忘れたり明らかに何かあった様だったが、白夜も冷も一向に口を割ろうとしない。
そんな夜、冷は白夜との合同任務に向かった。
内容はあの日、静音が殺害した両親が経営していた密売組織の全滅、何故今更かというと、その組織は対して大きいわけではないがセキュリティがとにかく固く、苦労していたとか。
そのため、組織に関する情報が全くといって良いほど無かったが、何せ静音は組織を経営したボスの子供、情報は見る見るうちに集まって行った。
組織の拠点、内部の関係性、おまけに極秘情報まで手に入り、そして今日手に入れた資料を元に全滅しようって手筈なのだ。
深夜11時45分、廃業となった工場前にて
冷と白夜は、12時から行われる密売取引時の突入に向けて2人は作戦の確認をしていた。
「ここに、全員集合するから冷は麻痺性煙幕を張れ、その間に俺が突入する」
「了解。だが相手の取引先はどうする、現場を見られては生かしてはおけないぞ。俺がそいつらに帰ってもらう様仕向けるか?」
「あ、あぁそうだな‥‥」
ここでも白夜の作戦には何時もの緻密さは失われていた。
「‥‥おい白夜、俺がお前に言ったこと、まだ考えてるのか?」
「んな事ねぇよ」
「『自分へ向けた刃は自分を奮い立たせるわけではない』、さすがのお前でも意味くらいは理解したようだな」
そう、冷は白夜と顔をあわせた瞬間、そんなことを口にしたのだ。
11時55分、約束の5分前になった。
「そろそろ行ってくる、」
「あぁ、俺も直ぐに突入する」
「ついでに1つ、仕事場にまで私情を持ち出すな、このままだとお前降格じゃ済まないぞ」
それだけ言うと、冷は中に煙幕を張った。
瞬間、白夜が突入する、手筈通りだ。
「だ、誰ぁ‥‥わ、我々の邪魔をするなぁばタダでは済まなぁぞ‥‥」
煙幕で口の筋肉が麻痺しながらも、震えた声で叫んだのは現在のボスこの取引の責任者だった。
「よぉ、随分と固いセキュリティー張ってくれたな。おかげでこんなに延びちまった。」
パーカーの袖をまくり、ナイフを手にした彼の左手には、無数の赤い線が月に照らされて痛々しく残っていた。
約150人、一人で相手にできる数ではないが相手は煙幕のせいで動きがかなり鈍っている。動けないとなれば、そこはもう、彼の独壇場だった。
「取り合えず手前にいる奴から片付けてやる。死んで後悔しやがれ!」
ボスと他の数人は残して、後の奴らを引き裂いて行った。が、背後からゆっくり忍び寄ったボスの気配に気付くのが、遅れてしまった。
「ッ‥‥!」
「死んれ後悔すふのはてへぇら!」
「白夜、下がってろ!」
白夜が飛びのいたその瞬間、手榴弾が投げつけられた。
けたたましい音と共に、大量の煙が肺を充たす。
「ゲホッコホッ、すまねぇ、借り作った。」
「別に‥‥」
仏頂面のまま答えた冷は、不意にじっと白夜の腕を見つめた。
「なんだよ‥‥」
「いや、たった1年で随分弱気になったなと思って。」
冷には、全てお見通しだった。
初めて顔を合わせた瞬間に、彼の腕のことに気付いたのだ。
「何があった、この1年で。」
「‥‥親が死んだんだ。」
「それだけか、親が死んだ子供なんていくらでもいる。」
「違うッ!死因、俺なんだ。俺がもっとちゃんと鍛えてたらッ‥俺のせいなんだッ‥‥全部‥何もかもだ‥」
まるで、ダムが破壊されたように白夜は話始めた。
顔を隠すように抑えた白夜の肩は、誰が見るまでもなく震えていた。
「俺が、任務でミスって家にターゲットが押し寄せてきたんだ。
俺を護るように隠した変わりに、親父もおふくろも、殺された‥‥」
苦しそうに吐いた彼の胸元で、2つの銀の指輪が付いたネックレスが揺れる。
「そうか‥‥そんで、その戒めにリスカしてんのか?」
「‥‥」
「だんまりかよ‥‥いいか白夜、リスカしようが自殺しようがお前の勝手だ。何せ俺の人生じゃねぇお前の人生だ、俺には関係ねぇ。」
冷は冷たく言い放ったが、瞳はしっかりと白夜の姿を捉えていた。
白夜は、相変わらず顔を隠したままだが、そのままおとなしく聞いていた。
「だがな、リスカして親が戻って来るか?生き返って来るか?それなら、この世界の孤児達は皆リスカするだろうが。辛い思いをしてない奴なんて居ねぇんだ。」
「そんなの分かってんだよ‥‥」
「なら尚更だ。過酷な人生歩いてきたんだろうが、それでもめげずにやんねぇといけねぇんだ。そういう世界なんだ。綺麗事で良い、表面上で良い、そんでいつか笑えるなら最初がどうであれ良いじゃねぇか」
「終わり良ければ?」
「‥‥‥はぁ、全て良し!」
いきなり叫んだ白夜に驚いた冷だが、やがて柔らかな笑みを見せた。
「帰るか、冷!サンキューな。」
夜道を喧嘩しながらも歩いていく2人の顔にもう迷いは無かった。
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