第33話 迷い
西垣君より紹介を受けた若宮紡と言う女子生徒は、望月さんよりもさらに小柄で、どこかおどおどとしていた。
彼女のような消極的な女の子が、望月さんのような毅然とした振る舞いに憧れてしまうのは無理もないかもしれない。
とはいえ、望月さんは校内ではある意味では目立っているが、そこまで素を出す機会がないので、よく言えば若宮さんは、凄く望月さんの本質を客観的に見ることが出来ているのかもしれない……なんて。そんなことを思いながら成り行きで僕たちは四人昼食を共にしていた。
「あのっ、望月さん!」
そんなよくわからない空気の中第一声を切り出したのは、そんなおどおどとした若宮さん自身だった。
「茜でいいぞ、私も紡と呼ぶことにする」
笑顔でそういう望月さんに、若宮さんは煮えたぎったように顔を赤くする。
「じゃ……じゃぁ、茜……ちゃん」
「あぁ、よろしくな、紡」
「あうぅ……」
そんな女子二人のやり取りを見ていると、なんだか心が洗われるというか、なんというかとにかく微笑ましい限りだ。
そんな心境と共になんとなく発言のやり場をなくしていたのであろう西垣君がぽろっと「俺たち、邪魔かもなあ」と零す。それについては全面的に僕は同意した。
一通り、そんな謎のお見合いのような時間が過ぎて行くうちに、予鈴が鳴る。
「おっと、もうこんな時間か。紡、良かったらアドレスを交換しないか」
「えっ!あ、あぅ……も、もちろ……」
「私たちはもう友達だからな!よかったらこれからも仲良くしてくれ。実は私は、女の子の友達が一人もいない」
「わ……私でよかったら是非!」
そんなこんなで、彼女たち二人の友情のお見合いの時間が終わった。
女の子の友達が一人もいない、か。
多分、彼女は本当に何気なく放った一言のつもりなのだろうけれど、僕としても色々と引っかかる言葉だった。
やはりその友達の中には僕が含まれているのだろうけれど、逆に言えば、僕しか友達がいないのだろうか。
彼女の友人関係を詳しく聞いたことなどないが、よくよく考えれば、僕以外の人物と深く連絡を取り合っている様子はない。
祖母や僕以外からの電話やメールを受け取っているのは見たことがないし、やはり校内は当然としても、以前からあった交友関係から引き継いでいる友人すらも彼女にはいないのかもしれない。
そう考えると、若宮さんとの友人関係が結べたことは、彼女の学生生活の復帰にとって、大きな進歩と言える。
僕は、この二人の関係を、素直に応援したいと思った。
そんな昼食の後。
「善一よ、今日は河川敷で練習するぞ」
僕が少し片付けにもたついていると、彼女の方から急かしてきた。
「望月さん、若宮さんと一緒に帰ったりはしないのかい?」
「む、なんだ善一。放課後の時間を私と過ごすのは不服なのか?」
「そう言う訳じゃないけどさ。ほら、彼女との親睦を深めるなら、帰路を共にするのもいいと思って」
僕がそういうと、彼女は少し顎に手を置いて考える。
「む、それもそうだが……でも私にとっては新しい友情も、古い友情も等しく大事なものだ。それは男女で区別するものでもない。放課後のこの善一との時間は、紡とこれから培う時間とはまた別の物なのだ」
望月さんはそれだけ言うと、またいつもの様ににひひと笑った。
全く、彼女と接しているとどうにも毒気が抜かれるというか……。
そう思いつつも、僕は彼女と居る時間が減ってしまわないことに、心のどこかで安堵していたのかもしれない。
「して、善一。いくつか渡した音源の中でいいものはあったか?」
僕たちは、SONIC YOUTHの二次選考に向けての曲作りに取り掛かっている。
今回は、スタジオでの実演奏の審査の様で、初めに送った曲と、今回新しくオーディション用に書き下ろしていく曲の二曲が必要になる。
また前回と同じように望月さんは沢山ギター演奏の音源を録音しては僕に送ってくれていた。
前回はこの方法でうまくインスピレーションが沸かなかったものの、僕も夏休み最後の結果発表を待つ間、何もしてこなかったわけではない。
「いくつか書いてきたよ、ほら」
僕は彼女の曲に合わせて執筆した詞のノートを渡した。
風に髪をなびかせながら、彼女はノートのページをめくる。
まぁ、なんというか自分の書いてきたものを隣で熟読されるこの時間だけは、何度経験してもなんだかなれないものだ……。
「ほう、なかなか粒ぞろいではないか!!やはり善一はセンスが良いな!」
「はは、褒めて貰えてうれしいけどね。たまには君から辛口のコメントも欲しい所だったりするよ」
「む、何を言う。私は思ったことしか言わんし甘やかしているつもりもないぞ!現に善一にギターを教えるのは辛口だろう!」
「あぁ……。そういやそうでした。で、どれか気になるのはある?」
「そうだな……。全部聴きたいが、特に気になるものと言えば……」
そんな打ち合わせを進めながら、彼女が気になったものを僕が歌って見せると言う流れで次のオーディションで戦えそうな曲を作っていく。
そうこうしていくうちに、あっという間に辺りは暗くなっていた。
いつものごとく僕たちは、二人で歩きながら帰路にたつ。
「少し薄暗いなー。夏も終わりという事だな!」
街灯がうっすらと点灯する街道を見ながら望月さんは呟く。
「あっという間に時間は過ぎていくね。このまま冬が来て、それを超えればもう卒業か……」
僕がそう零すと、彼女は少しだけ俯いた。
「進学……か。善一はもう決めているのだな?」
「そうだね……。僕は文系の大学に進んで、あわよくば雑誌や文庫の校閲か編集なんかの仕事が出来れば、なんて考えてたり……まぁ臨床心理士なんかの資格を取ってそっち方面に行ったりなんてこと、漠然とだけど考えてたかな」
「そうか……。善一はそんな先のことまで考えているのか……」
「何言ってるんだよ、望月さんだって立派に目標を立てていて、僕なんかよりよっぽど先を見据えているように思うけど……」
僕はそこまで言ってら彼女の表情を悟る。
彼女の言葉の意味は多分、『あなたに比べて私なんか……』と言う憂いとは違う。
なんというか……僕もどういう訳か、少しずつ人の感情とか、言葉の意味とかを読み取れるようになってしまったというか。
いや、きっと良いことであるはずなんだけど、僕にとってはほんの少しこそばゆく感じるのだった。
「いや、さ。まぁ、考えてたってことだよ。今はまたいろいろ悩んでる」
僕が少し顔を背けてそういうと、望月さんは少しだけ目を見開き「あ……そ、そうか。そうなんだな……」と顔を少しだけ赤くした。
そんな二人の少しの気まずさを破る様に、望月さんの携帯が鳴る。
彼女は、慌てて携帯を確認すると、届いていたメールを見るなり僕に画面を見せて来た。
『件名:これからよろしく 本文:今日、お話しさせてもらった紡です。茜ちゃん、これからお友達としてよろしくお願いします』
望月さんは、それをまた自分で見直しては、にひひと笑った。
「善一のおかげだな、これも。私はきっと卒業するぞ」
「あぁ、少しずつ進めていると思うよ」
こうして一歩ずつ、少しずつ進んでいけばきっと、この秋が終わって、冬が来て、そして桜が咲く季節にきっと、彼女も卒業することが出来るはずだ。
その時に、また同じように彼女とこうして休み明けから始まる大学生活のことを色々話しながら、帰路に立つのだろう。
なんて思ったときに、僕はふと疑問が浮かぶ。
僕は、その時も彼女と一緒にいるべきなのだろうか?
彼女には新しい友達も出来た。しかしそれとは別に、僕との時間も大切だと言ってくれている。
ならば僕はどうなのだろう。彼女とこの先、音楽を続けるのだろうか?
それは何時まで?彼女と同じ夢を、自分も目指したいのか、それとも彼女の夢の一部になりたいのか……。
さっきの望月さんの憂いの理由はきっと、彼女に僕と音楽を続ける理由があるとしても、僕には多分彼女と音楽を続ける理由は、そこまでないことに気付いているのだろう。
僕は彼女と音楽がしたい。それはさんざん悩んで見つけた答えではある。
しかし、それは何時まで?いつまで僕は、彼女の隣にいることを許されるのだろう?
僕がそんなくだらないことを考えていると、望月さんは僕の顔を覗き込んでいった。
「卒業の時もきっと、一緒に帰ろうな善一」
屈託のない笑顔でそう言う彼女を見て、僕はひとまずそんなくだらないことを考えるのはやめておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます