第31話 花火と共に、打ちあがれ
花火大会のある球場へは、最寄りの駅から電車を二本乗り継いで、さらにバスに乗らなくてはならない。
携帯のアプリで調べたところ、どうやら所要時間は五十分ほどかかるようだ。
駅に着いて僕たちは、何とか目的の時間の電車に乗り込んだ。
「ふー、何とか余裕持っていけそうだね」
電車の中は、いつかとは違い少し人が多かった。
恐らくみんな目的は同じなのだろう。
今から行く場所の人混みを想像すると、少しだけ気持ちが沈む。
望月さんの方を見ると、嬉しそうな顔で「わくわくするなー!」と言ったので、その気持ちは奥にしまい込んでおくことにした。
高校生活の思い出か。
僕なんかと花火大会に行くことがそれ程尊い思い出になるとは考えにくいが、それでも彼女が喜んでいるならまあいいか、と思った。
話し方こそ変わってはいるけれど、彼女だって普通に女の子なのだ。
だから、学校のイベントだって本当は参加したいし、花火大会やお祭りがあれば浴衣で着飾って騒ぎたい。
本当なら、もっと沢山の女友達に囲まれて、恋の話の一つや二つくらいしたいはずなのだ。
彼女のそんな尊い時間を少しでも取り戻すために、僕は努力を始めたのだった。
「望月さん」
「む、どうした?」
「浴衣、凄い似合ってるよ」
僕は、なんとなく思い立って望月さんに笑ってそう言った。
「…………っっ!!」
彼女は、何故かそれから、到着するまでの間一言も口を利いてくれなかった。
それから現地に到着した頃には、もう花火大会の始まる三十分前だった。
「結構早めについたね。何か食べ物買っておこうか」
「ん……そ、そうだなっ!」
この球場前は、実際に花火が打ち上げられる川沿いからは少し離れているが、ここは全体的に足場が高く花火がよく見え、尚且つ広いので、この花火大会の屋台の出店はここに集中している。
しかし、良い位置の場所取りは既にされているようで、どうやら少し離れたところで見ることになりそうだった。
とりあえず僕たちは、小腹を満たすために目ぼしい食べ物を買って、もう少し空いているスポットに移動することにした。
五分ほど歩くと、道中に自治会の集会所が併設されている公園があった。
「善一、ここにしよう!」
望月さんは、したり顔でそう言った。しかしこんな公園では花火は見えない。
「なんでだよ。あっちの高台の方に行くんじゃないの?」
「いや、ここがきっとベストだぞ!」
望月さんはそういうと、建物の横のフェンスをよじ登っていく。
浴衣を着ていることなど多分すっかり忘れているのだろう。僕は目のやり場に困った。
「望月さん、そんなことしたら浴衣が汚れるよ。それにバレたら補導される」
「なに、バレなきゃいいのだ。ほら、善一も早く来い」
そそくさと屋根に上ってしまった望月さんは、僕を待たずして奥の方へ消えていった。
仕方なく僕も後に続くことにする。
集会所の屋上は、たかが二階建てとは言えそれなりにいい眺めだった。
川沿いの方を向くと、段々と陸地が下がっているため、障害物もなく確かによく見える。
「な、隠れスポットだっただろう?」
「何言ってるんだよ。不法侵入だよこれ」
「にひひ、固いことを言うなよ。私たちと言えば、屋上だろう」
彼女の緩い笑顔に、僕はため息をついてから、取り敢えず腰を落ち着けた。
軽く談笑をしながら先程購入しておいた軽食を平らげている間に、時刻はもう十八時五十八分だった。
「い、いよいよだな善一」
「なんだよ、あんなに大口をたたいていたくせに」
僕たち二人はもう五分ほど前から、花火大会のこともすっかり忘れて、携帯電話の画面にかじりついていた。
SONIC YOUTHの一次選考、通過者発表だ。
目の前で今まさに打ちあがらんとしている花火よりも、僕たちにとってはこちらの方が大事だった。
気にしないように、考えすぎないように努めていたはずなのに、いざその瞬間が来るとなると、心音がけたたましい音でなっている。
どうか、どうかお願いします……なんて、柄にもないことも頭の隅によぎる。
五十九分、もう完全に僕の思考に余裕はなくなっていた……。
「あと、一分だ……」
ボソッとこぼした望月さんの声を聴いて、僕のできるリアクションは息をのむだけだった。
お願いします。僕と彼女の渾身なんだ。だから……だからどうか……僕たちに、希望を。
――――十九時。
尋常ではない手汗で湿り切った指で、僕は一秒も待たぬ勢いで更新ボタンを押す。
そして、更新されたページの文章を頭からなぞっていく。
* * * * *
第十二回SONIC YOUTH-夏の陣-
沢山のご応募ありがとうございました!!
今回は全国総勢二千二百七十組の中から、一次選考を通過した二百二十組を紹介します。
(五十音順、エリア順不同)
通過アーティスト
ICE TRIGGER
Eyes Man
Ark trik
朱の跡
麻野 レイカ
* * * * *
「善いっ……」
望月さんが言葉を発しようとした瞬間だった。
馬鹿みたいに鮮やかな光と、耳をつんざく様な轟音で、本日一発目の花火が打ちあがる。
時刻は十九時ピッタリ、約束通りの打ち上げ花火だ。
空に打ちあがるカラフルな照明に、僕の携帯画面が照らされる
* * * * *
明日、と或る
あすなろ
イルトリエ
IL flame
* * * * *
「やっ……!!!」
「たっ……!!!」
僕たちは顔を見合わせる。
安堵と、歓喜と、お互いの称賛を交えた形容しがたい気持ちが溢れて、僕たちはかける言葉を失った。
そんな中、再び打ちあがる花火の轟音と共に、僕たちは我に返る。
「……やったな、善一!」
「あぁ、やったね。望月さん」
僕は、安心感と高揚感の入り混じった気持ちを、ひとまず落ち着かせようと深呼吸をする。
よかった。認められたのだ、取り敢えず第一段階は。
僕たちの生み出したものは、しかと何者かの琴線に触れたという事だ。
自信を持っていいのだ、この才能人の隣に立つことを。
彼女の才能と共に歩くことを、取り敢えずは許された。
心の奥底で僕は、そんなことに安堵していたのだった。
「あの、善一……」
僕が、そんな勝利の余韻に浸っていると、望月さんは何だか気まずそうな顔をしていた。
「その、手をそんなに強く握られると……」
手?と疑問に思い、見てみると、無意識のうちに僕は望月さんの手を握り締めていた。
「あ、ごめんっ」
と、僕はとっさにその手を放すと、望月さんは何故か「あっ……」と少し悲しい顔をした。
空を鮮やかに彩る花火を背に、僕たちの物語はまた少し前へと進む。
「綺麗だな、善一」
「あぁ、そうだな」
「来てよかった。ありがとう、善一」
「どういたしまして。僕も、来てよかった」
僕たちはまだ冷めやらぬ興奮の中、そんなセリフを吐いては、お互いに顔を見合わせて、大きく笑った。
そんな僕たちの笑い声をかき消す様な轟音と共に、夏は終わっていく。
僕も望月さんも、高校生活最後の夏を、噛みしめる様に空で散っていく光を、笑顔で見送った。
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