第24話 始動

『SONIC YOUTH』――。

 十代に限定して全国からアーティストを募集し、その年のナンバーワンアーティストを決めるという、才能人発掘を目的としたオーディションである。

 不景気の煽りと文明利器の進化によって、CDの売り上げ争いが主戦場だった音楽業界は、その主戦場自体を奪われつつあるようだ。

 それに伴って音楽業界の財政状況は正直言って今は昔ほど芳しくないようで、沢山の中小メジャーレーベルは、大手との合併を余儀なくされた。

 それでも自体は改善の兆しは見えず、今の音楽業界はどうやら昔の様に、所謂『金の卵』を自分たちの方から発掘して育てる、というようなことは出来なくなってきているらしい。

 なので今はこういった『ある程度出来上がった金』達に、自分の方から我こそは、と名乗りを上げさせて、その金達をレーベル側がふるいにかけて吟味していくこのオーディション形式のイベントが主流になっているようだ。


 望月さんの話を聞いて、ある程度僕もこのオーディションに関するあれこれを調べてみたのだが、こういったオーディションイベントは、大小を気にせず言えばなんと全国各地でこの夏だけでも五十件以上開催されているようだ。

 その中でも十代だけに焦点を当てたもの、という条件の中で最大規模のイベントがこの『SONIC YOUTH』であるようだった。


 このイベントは、大手レーベルが二社、中堅トップクラスレーベルが三社スポンサーであり、そしてFMラジオ局が主催するという大層大袈裟な物であり、最優秀賞受賞アーティストの履歴を覗くと、ほぼ全組が何らかの形でメジャーデビュー、もしくはインディーズでも全国区の有名度を誇るアーティストになっている者ばかりだ。

 最終選考に残っていた経歴のあるバンドの中にも、望月さんから借りたCDのアーティストがちらほらいたりする。

 審査は三段階で、一次は書類、音源選考、二次はスタジオ選考、三次はライブ選考、最終はこのイベント団体が主催する審査を兼ねたフェスが行われる。

 ここまでに大規模に行われるのであれば、最終どころか三次に残れた時点で中々の自慢にはなるのではないかとも思う。

 調べれば他にもたくさん続々と記事は出て来たので、流石に全容を理解した時点で調べるのをやめてしまったが、ともかく僕らが「あすなろ」として初めて挑んでいこうとしている壁は、どうやらもはや高さを計算できないレベルで高い物であるようだ。


「やっぱり考え直してはどうかな……。どうにも僕にはこの壁を超えるには研鑽が足りないと思うんだけど」

 テスト明けから数日後の屋上。僕は隣で鞄を枕にしてうつぶせで読書をしている望月さんに、力なく呟いた。

「まあまあ。そうはいっても送るだけタダなのだ。落ちたら落ちたで次だ次」

「正確には、切手代がかかるから、タダじゃないよ」

「む、そうか。って細かい男だな善一は。そんな能書きを言う前に、手を動かせ。メジャースケールとマイナースケール、交互にだぞ」

 彼女はそういうと、目線を本に戻して読書を再開する。

 かくいう僕は、何故だか彼女のアコースティックギターを抱えて彼女の言う練習メニューを行っているのだった。


 なぜこんなことになったのか説明すると、まぁ発端は僕の失言によるものだ。

 SONIC YOUTHへの応募を決めた後、文化祭後に初めてスタジオに入ったのだが。

 僕はその時彼女が持って来ていた赤いテレキャスターを見て、それを初めてみた時のことを思い出してしまった。

 「そのギターを見たとき、ちょっとだけ僕もギターが欲しくなったよ」と彼女のギターを褒めてみたのが運の尽き。

 その時受付にいた吉川さんまでもが便乗して「善一君もギターやりましょう!」と言ってくる事態になった。

 とてもキラキラした顔で「私が手ほどきしてやるからな!これから楽しくなるな!」という望月さんに圧し負けて、結局僕はギターの指板を握ることとなった。


 まぁでも、僕がギターを弾きながら歌うことが出来れば、あすなろの音楽性はギターが二本になって広がりが出ると二人ともが言うし、悪いことばかりではないのだろう。

 ギターの練習は思いの外地味なことばかりだが、嫌いではないので何だかんだで僕もそれなりに楽しんでやっていた。


「そういえば望月さん」

 僕は思い出したことがあって、手を止めて望月さんに声をかける。

 昨日から何時間もやっている指の動きだが、未だに話しながら指を動かすことは出来ない。

「募集要項には、アーティストプロフィールの他にオリジナル楽曲の音源とあったけど、曲はどうするんだ?」

 望月さんは、再度本から目を離し、髪を耳に掛けるしぐさをしながらこちらを見やる。

「ん。まぁ作るしかないだろうな」

「ふぅん。やっぱり望月さん、作曲も出来るんだなぁ」

「何を言ってるのだ、作曲は善一がするんだぞ」

「は?」

 僕が絶句していると、彼女は「何を当たり前なことを」といったような表情で僕の顔を見つめている。

 しかし当然のごとく、僕の方こそ何を言われているかはわからないのだが。

「待ってくれよ、僕は作曲なんてできないよ。ギターも初めて二日ほどだぞまだ」

「ん……?あぁっ!」

 彼女は、悩んだ表情をしたと思えば、合点がいったという顔をする。

「もちろん、コード進行というか、楽曲のバックサウンドは私が作るぞ」

「んん……?じゃあ僕は何をすればいいんだ?」

「善一が思ってる作曲は多分、そのバックサウンドの話だろうが、作曲というのは主旋律を作るということを言うのだ。私がギターインストをいくつか作ってくるから、善一は歌のメロディを考えてくれればいい」

「はぁ……なるほど?」

 うーん、なんとなく要領は理解できたが、作曲というのは主旋律を作る人のことなのか……。

 確かに主旋律が一番曲にとって重要な顔であるが……。

「いや、でも主旋律も望月さんが作った方が、良い物が出来たりしないか?」

「善一は時々嫌味なことを言うのだなっ……!」

 彼女はムッとした顔で言うが、僕は何のことかは一瞬解らなかった。ちなみに嫌味なことを言うのは割と時々でもない。

「私はその……歌心があまりないから……」

 僕が解らない顔をするので、彼女は自分で恥ずかしそうに説明してくれた。

「あ、そうだったか。これはすまない」

「ま、まぁとにかくだ。善一がメロディも歌詞も考えてくれると助かるという話だ」

「え、待って。歌詞も僕が書くのか?」

「ん?それは当然だろう。私なんかが書くよりも、善一の方が良い詞を書くに決まっているからな」

 彼女は、再び「何を当り前なことを」という表情をする。

「あの時見た詩だって、私は良い物だと思った」

「おい、それはもう忘れてもらう約束だろ」

「そうだったか?私は忘れる約束をした覚えはないぞ」

 望月さんはしたり顔で笑う。

「まあともかく、役割分担だ。私がバックを作るので、作詞作曲は善一の仕事というわけだ。これからあすなろとしての楽曲は、二人で作っていこうな」

 彼女が今度は悪意なく、にひひと笑ってそういうので、僕はひとまず承諾するしかなかった。

 とはいえ、やはり課せられた期待は僕にとっては重たすぎるものである。



 二日後。

 夏休み一週間前を切った今日、期末テストの返却日であると同時に、順位発表である。

 当然のことではあるのだが、うすうす危機感もあったので僕は順位表を見て静かに心で拳を握っていた。

三十一位 市川善一 四百四十二点

三十一位 望月茜 四百四十二点


 順位表を手に汗握りながら見たのは恐らく生まれて初めてのことだ。

 何とか抜かれることだけは避けられた。しかし彼女の勉強の能力はやはり凄まじい。

 同じ授業をまともに受けていればきっと僕では到底及ばないはずだ。

 だからこそ彼女の保健室登校は、教員側からも悔やまれているのだが。

「くっ、今回は同点だったか……」

「はは、なんか君に抜かれるのは悔しい気がするな。次はもう少し離せるように頑張るよ」

「む、そうはいかんぞ。私こそ次は絶対善一より上に行って見せるぞ!そのためにも……教室で授業できるように頑張るからな」

 望月さんはまたにひひと笑った。

「あぁ、頑張ってくれよ」

 彼女の戦いは、一先ず二学期に持ち越すことになる。

 夏休み明けの受験戦争をよそに、彼女は自分のトラウマとの戦いを再開することになる。

 そんなことを考えると、僕の不安は一抹どころではない。

 しかしそんなことを話す彼女の目は、以前と比べて明るかったことが、せめてもの希望だった。


 僕らの物語は、そうして夏休みを迎える――。

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