第15話 僕の葛藤
気が付けばもう六月も下旬に差し掛かり、末日に開催される文化祭までの日数は残すところ一週間となっていた。
僕自身はモチベーションの上昇もあって自主練習は捗り、文化祭の歌唱曲である「To Be With You」に関してのみ言えば、自分の中でもそこそこな手応えは感じる程度までになっていた。
そんな中今日の放課後も、やはり例に漏れず屋上で練習をしていた。
「最初よりも大分様になってきたではないか、善一!」
望月さんは僕の上達ぶりには少し驚いているようだ。
飲み込んでさえしまえば、凝り性である僕の性格も相まってか、僕の練習量は割と素人にしてはスパルタのようだ。
走り込みの他には、インターネットや専門書で調べた知識を基にした声量増幅のトレーニングやファルセットの練習。他に携帯アプリを活用したリズムトレーニングなども学校で暇つぶしにやっている。
英語の発音に関しては自信はそこまでないが、まぁそこに関していえば文化祭までにどうこうできそうにはなかったので妥協点とすることにした。
しかし、そのおかげで望月さんの家で話し合いしていた課題についてはヒントが見えてきた。
「望月さん、文化祭当日の演出のことなんだけど」
「ん、あぁ。そういえばそれもそろそろ決めておかねばな」
「僕に案があるんだ。地味な演出かもしれないけど」
「ほう?」
「体育館にスクリーンがあるだろ?それに演奏と並行して日本語訳の歌詞をスクロールしてもらうのはどうかな」
楽曲は作品である。望月さんが言うに僕が潜在的に持っていたのだろうかその気持ちは、ステージに立つことを想像するとより一層増したのかもしれない。
スタジオ練習や屋上での練習を続けていくにつれて、僕は自分の英詞の発音の拙さに悩んでしまった。
どうにかしてこの歌詞をしかとリスナー側に伝えられないものかと悩んだ挙句たどり着いたのは「そもそもほとんどの人が聞き取れない」という結論だった。
それはそうだ。いくらワールドワイドな言語といえども、この日本においてはまだまだ英語をしっかりと理解している人間の方が割合として少ない。
それに望月さんの家で見た「Rythem Hack」のDVDですら、日本語歌詞とはいえ少し聞き取りにくかった。
望月さんが言うに、ライブとは結構そういうところがあるようだ。
爆音で音楽が鳴り続ける中、どれだけボーカリストが声を張り上げようがスピーカーから出る音圧の限度は決まっている。
音に埋もれる声はもはや楽器の一部のようなもので、ライブハウスなどで初見の歌詞を聞き取るというのは困難だという。
僕たちはアコースティックで演奏をするし、場所は体育館なのでライブハウスのロックバンドよりはクリアに聞こえるにしろ、そもそも見ている側の意識はステージに向く分、歌詞までは意識がいかないかもしれないと考えた。
それならば、とスクリーンで歌詞を映しながら演奏するのはどうか、ということを考え付いたのである。
僕がその旨をかみ砕いて説明すると、望月さんは「素晴らしいアイデアではないか!早速準備をしよう!」と言うので、僕達は文化祭までの残りの一週間、その演出の方にも目を向けることにした。
次の日僕たちは、演出を実現するにはやはりPCソフトでテキストムービーを作るのが良いだろうということで、日笠先生に頼んでパソコンルームを借りることになった。
「おぉ、パソコンが沢山あるな!私はこの部屋に入るのは初めてだぞ!」
現代にタイムスリップしてきた武士さながらにはしゃぐ望月さんをよそに、僕は数十台あるPC台の適当な場所を陣取ると、本体の電源を入れる。
望月さんとは普段校内では屋上でしか会話をしないので、彼女とここに二人でいるのは違和感を感じる。
「望月さん、パソコンは触れるかい?」
僕は室内を歩き回る彼女に聞く。イメージ的には駄目元だが、彼女の能力値は僕の予想の斜め上を常に行く節があるので、少しだけ期待もある。
「む、失礼な。私とて話し方こそ古風ではあるが、それでも現代っ子の端くれだぞ」
「それを聞いて安心したよ。そしたら隣で少し手伝いをしてくれないか」
「あぁ!」
彼女は室内を徘徊するのを中断して、テコテコとこちらにやってくると、僕の隣のデスクに座る。
僕が動画ソフトを起動しながら暫く画面を見ていると、彼女は僕の裾を引っ張った。
「善一、電源ボタンはどれだ」
吉凶で言えば、凶に転んだようだった。
「望月さん、最後にパソコン触ったのいつ?」
「しょ、小学生の頃の授業?」
「小学校に置いてあったのなんて、8世代じゃないか」
「なんだそれは?」
「バージョンの話だよ」
「ばーじょん」
「わかった、君はギターを持ってくれてればそれでいい」
結局望月さんは、僕が手ほどきして起動までは持って行ったものの、キーボードと画面を交互に睨めっこしながら頭から煙を吹き出す勢いだったのでリタイアすることになった。
全く持って彼女は、優秀なのか馬鹿なのか判別がつかない。
「時代は進化していくのだなぁ」
「望月さん、それはもう少し生きてから言う言葉だと思うよ」
その話し方を続けているうちに、心まで時代を逆行していっているのではと思うことがある。
「とにかく、僕が動画を作るから、望月さんは動画の尺調整のために協力してくれればそれでいいよ」
「む、すまんなぁ善一」
まぁ、この程度は予想の範疇だ。彼女との付き合いの中でこんなことで段づいてしまう様では気持ちは持たない。
気持ちを切り替えると、僕は作業に集中した。
まずは望月さんが携帯で歌詞を開いてくれたので、それを見ながらテキスト入力をしていく。
望月さんが後ろから「打ち込みが早いなぁ、プロのようだぞ!」と懸命に褒めてくれるが、僕はこの作業を早く終わらせたいのでとりあえず無視をする。
ワードパッドに入力し終わると、今度はそれを印刷して、望月さんに渡す。
「望月さんはこれを見ながら、携帯と見比べて誤字がないかチェックしてくれ」
「うん、わかった」
望月さんがその誤字をチェックしてくれているうちに、僕は動画ソフトでスクロール動画を編集している。
同時進行でこれを行い、もし誤字があればその場所だけ動画内で編集していくという流れだ。
僕も流れ作業の様に入力を進めたので、誤字がいくつかあったが、作業は滞りなく進んでいく。
すべての誤字チェックが終わるころには、動画の骨組みはあらかた完成していたので、そこからは調整作業に入る。
ここまで完成してしまうと、望月さんは暫くやることがない。そのため、手持無沙汰になった望月さんは入念に作業を進める僕の後ろから暇つぶしに話しかけてくる。
「私の仕事はもうないのか?」
椅子の背もたれを前にして、ぐるぐる回る望月さんは、最高に暇そうだ。
「暫くないよ。後で調整の時にギターを弾いて歌ってもらうよ」
「な!ぜ、善一が歌えばいいだろう!」
「僕は調整作業しながらだから歌えないよ。別に下手でも正確なテンポが解ればそれでいい」
「む、少しうまくなったからって」
「そういうんじゃないよ」
「でも善一も本当に努力をしているのだな。最初から光るものはあったと思うが、この短期間で着実に上達していっているな!」
「どうも。まぁ君の足を引っ張らないようにやらせてもらうよ」
「なあ善一」
「なんだよ。僕の方はまだまだこれから忙しいんだけど」
「まぁそういうなよ。そういえば善一と話したい事があるのだ」
僕は少し手が止まった。
望月さんが、少し溜めて話そうとしていることに関しては何となく察しがついている。
「文化祭が終わったら、私たちのユニットは終わりなのか」
彼女は、思いの外軽い口調で言った。もしかすると、僕が深く考えてしまわないように考慮してくれたのかもしれない。
それでも僕は少し間をあけてしまったのは仕方がないだろう。だってそんなことは、この一月ほどの間、言われなくたってずっと悩んでいたことだ。
自分の口から出した言葉に、どんな責任があるのかなんて僕はあの時深く考えていなかったかもしれないが、望月さんとのやり取りを繰り返していくたびに少しずつ悩みは大きくなった。
彼女は当然、文化祭が終わっても音楽活動を続けるのだろう。
それを僕が学校とは関係のないところで彼女を支えることなんて考えられない。できるはずがない。
だって彼女は、女子高生という肩書を脱いでしまえば僕達とは一線を画す才能人なのだから。
「それは、僕が決めることじゃないだろ……」
考えて絞り出した一言は、結局逃げの一手だった。
僕はあれだけの決心を固めて、心の中では彼女を救い出すなんて豪語しておきながら、結局は彼女と共にいる自分にまだ劣等感を抱いている。
「むぅ、しかしそんなことは、文化祭をやってみなければわからんのかもしれんなぁ」
彼女は尤もらしいことを言いながら、この会話を締める。
そんな彼女の気遣いで僕は少しだけ胸が刺される気持ちになった。
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