第11話 二人はあすなろ

 六月上旬。僕ら二人のモチベーションも相まって、練習の進行状況はおおむね順調といった感じだ。

 日笠先生に確認をとったところ、教師推薦枠でステージに立つ僕たちは有志や部活動枠とは違って一曲のみの演奏ということのようだ。

 二人で密に話し合った際に、文化祭なので皆に解り易い曲目を、との意見も上がったのだが、結局僕たち二人に関してはよく考えれば他人の目を気にする理由などもなく、どうせ一度の晴れ舞台だし自分たちの好きな歌をやろう、ということで兼ねてから話題に上がっている「To Be With You」を演奏するということに落ち着いた。

 しかし、本家のハイトーンのキーに合わせると僕がかなり消耗して歌いきることが難しく、普通よりも一音ほど下げて演奏することになった。

 曲が決まってしまえばやることも解り易くなって、練習は滞りなく進み、スタジオ練習からおよそ一週間強が経過した頃には、何とかフルコーラスを歌いきれるところまでは成長していた。



 梅雨入りして間もなく。小ぶりだが雨が続くので、屋上での練習は見送る日が続く。

 スタジオに入るのも高校生のお小遣いは無限ではないし僕たちは二人とも特にアルバイトをしているわけではないので、週に二回入るのが限度だ。

 そんな中僕たちは雨の日の練習場所としてどこがいいか、なんて考えていると近くの河川敷の橋の下ということに落ち着いた。



「結構雨はしのげるな。大降りにならないといいけど」

「まぁそうなれば仲良く濡れて帰ろうではないか」

 望月さんは何だか上機嫌だ。僕と放課後に学校ではないところに行くことが楽しいらしい。

 小学生のような精神だ。

「さぁ、それでは鳴らしてみるか」

 いつものように彼女はギターでカウントを打っては、楽しそうに演奏を始める。

 学校の外、スタジオのブースでもない無限に広がるこの青天井に、開放的な気分になったのか、演奏はいつもより上機嫌なアレンジだ。

 しかし少しリズムがはねて歌いにくい。

「望月さん、普通のアレンジで頼むよ」

「おぉっとすまん」

 そんな他愛のないやり取りを交えつつ、雨の日も着実に練習を進めていた。




 一段落が付いたところで、望月さんが切り出した。

「そういえば善一よ」

「ん?」

「私たちのユニット名を考えてなかったな」

「え、いるのそれ」

 僕がそう答えると、望月さんは噴火するのではという勢いで急に怒りだす。

「なっ!当然だろう!ユニット名とは私たち二人を象徴する記号のようなものだ!それがなくては活動など話にならん!」

「そんなに怒ることないだろ。まぁ確かに、日笠先生も考えておいてとは言っていたしね」

「うんうん!流石日笠先生は解っておられるみたいだな!」

 毎度思うけど、彼女の中では彼女の位置づけはいったいどこになっているのだろうか。



 まぁそれはともかくとして。

「で、切り出したってことは、考えて来たんだろ?どんなのだい」

「むっ、善一は余計なところで本当に察しがいいな。そこは少し悩む振りをさせてくれてもいいんじゃないか」

「時間の無駄だろ。僕って効率主義なとこあるし」

「淡泊というのだ。善一みたいなのは」

 彼女は少し膨れている。これは女心なのかなんなのかはわからないが、どのみち僕には理解できそうもないのでスルーだ。

「で、なんて言うの。ユニット名」

「んんぅ、やっぱり考えておいて何なのだが、発表するのは恥ずかしいな。後でメールで送るとかじゃダメか……?」

 何時になく消極的な望月さんだ。後でメールで送るというかわいい言葉が彼女から出てくるなんて、僕は面白くてたまらなくなったので少し意地悪をすることにした。

「駄目だよ、ちゃんとこの場で言ってもらわないと」

「なんだ!善一はそうやって人の気持ちをないがしろにしおって!」

「まぁそういうなよ。君が考えたのなら、さぞかしいい名前なんだろ。僕は君のセンスは信用しているし」

「うっ……そういうことなら仕方ないな」

 乗せやすいのはいいのだけれど、少し引っ張りすぎでもどかしい。

「平仮名で、あすなろ……なんていうのはどうか?」

「あすなろ……確か植物の名前だったよな」

 アスナロ。ヒノキ科の植物で、俗説として「明日はヒノキになろう」という語源からそう名付けられたとされている。

 ヒノキになりたくてもなれない哀れな木として描かれることもある。

 花言葉は……まぁそこまで植物に造詣が深いわけでもないので流石にすぐには出てこない。

「えらくかわいい響きだけど、理由は?」

「む、響きがかわいいので……どうかと思って……それに二人組ユニットっぽいし……」

 望月さんは照れながらもじもじしている。彼女のあまり高くない身長も相まって何だか年下の子供をいじめてる様で罪悪感が沸いてきた。

 しかし、先程はユニット名に対しあれだけ大層なことを言っておいて、理由が響き優先とは……。まぁでも名前なんてそんなものか。

 あすなろ。しっくりくるかどうかは置いといて、別に嫌いじゃない響きだ。確かにユニット名っぽいし。

「まぁ、いいんじゃないか。特に異論はないよ」

「ほ、本当か!実はいろいろ考えたがこの名前が一番気に入っていたのだ!」

「他にはどんなのがあったの?」

「む、その質問は受け付けん!あすなろで決まりなのだ!」

 僕が心変わりをすると思っているようである。

 まぁ、望月さんが満足するならそれでいい。なぜならこれは彼女のユニットなのだから。



「今日から私たちはあすなろなのだ!」

 彼女は言った。

 二人で、か。僕も含めて、僕と彼女であすなろ。

 文化祭の出演においては少なくとも、運命共同体なのだ。

 解ってはいても、どうも拭えないこの劣等感は、それまでは心の奥へ押しやらねばいけないのに、ことあるごとに顔を出してくる。

 全くこんな調子ではいけないな。彼女の足を引っ張ってしまうわけにはいけないだろう。

 僕は思い直し、気持ちを入れ替えるためにその場を立ちあがった。

「さぁ、そうと決まれば、あすなろとして気持ちを入れ替えて練習しようか」

 僕が柄にもないことを言って見せると、望月さんは満面の笑みでいつものように「にひひっ」と笑った。

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