第8話


「っいて、痛ぇよ! 刺さってる、刺さってるって!」


「黙って歩け」



 ――どうしてこうなった。



 前を歩いている男の背中に短剣を突きつけながらもジークの頭にはそればかりが巡っていた。


 違和感はあった。前回来た時に比べて活気が無く、街行く人の雰囲気もどこか殺伐としていた。

 そして何より子供がいなかった。外を歩いているのは大人ばかりだ。

 それに思い至った時には既に遅かった。ギルドの中は荒くれ者が多い。特にこの街のギルドは他と比べても際立っている。

 だからジークは近くのベンチで待っているようアリサに指示をしてギルドに向かった。歩いているうちにその事に思い至りすぐに戻ったがそこにアリサの姿は無かった。


 出会ったばかりだが今までの言動から勝手に何処かに行くような子供ではないことはわかっている。急いでギルドに戻って問い詰めたが話にならなかった。


 街の人に影響が出ているのだ。ギルドが何も知らない筈がない。


 ああ、これだからこの街は。


 男の背中に少しだけ食い込んだ短剣で自分がどれだけ焦っているのかを理解する。緩めると同時に落ち着けと自身に言い聞かせる。


「つ、ついたぜ。今のアジトはここだ」


 大通りを歩き何度か道を曲がった先で男は止まった。見上げる程の大きな建物だった。屋敷の向こうから波の音が聞こえる。まず間違いなく裏から海に出れるようになっている。この大きさだと自慢のあの船も中に格納している可能性もあった。


「へ、へへ。誰だか知らねーけどよ、引き返すんなら今だぜ。今なら謝るだけで許してやるからよ。それでも行くっていうならここから先は冗談でしたじゃすまねーぞっ痛い痛い痛い!」


 ジークは突きつけていた短剣をしまい、代わりに腕を捻る。


「開けろ」


 そのまま男を盾にするように扉に近づくとジークは男に命令した。それに対し男は自ら進んで扉を開けると大きな声で叫ぶ。


「せ、船長っ、怪しい奴を連れて来ました!!」


 その声は広間にいた男達の注意を引くと、すかさずその男達からジークへと怒声が飛んで来た。


「テメェ何者だ!」


「ぶっ殺すぞ!」


 いかにもな男達の怒声だ。身内である盾となった男でさえもびくりと一瞬体を震わせた。その後反応を見せないジークに男は立場が逆転したことを確信した。


「へっへっへ。だから言っただろうがよ。もう謝るだけじゃすまねーぞ兄ちゃん。最悪死んでも……」


「黙れ」


 静かな声だった。だがその声を聞き漏らした者はいなかった。否、声に込められた殺意に気づかない者はこの場にいない。


 波が引いたように音が無くなる。荒くれ者達の肌が粟立ち、筋肉が硬直する。この感覚は知っている。死の気配だ。それもとびっきり濃厚な死が自身に迫っている。いつかの航海中、見上げる程の荒波が今にも船を呑み込もうとしていたあの時と同じ感覚だった。


 盾にされていた男が口から泡をこぼして倒れた。それを笑える者はこの場にいなかった。むしろこの状況の中、気を失えたことが羨ましかった。


 男が一歩を踏み出した。それだけなのに心臓が激しく警鐘を鳴らす。ただ硬直した体はそれに従うことが出来ず、立ち尽くしたままだ。

 そして誰もが強く思った。あそこで気絶した奴は一体“何”を連れて来たのだと。


 動けば殺される。動かなくてもいずれあれは目の前にやって来て自分を殺すだろう。わかっていても男達に出来ることはただそれを待つだけだった。


「――カッカッカ! 相変わらず気持ちのいい殺気だねぇ」


 女の笑い声が響いた。その声が聞こえた瞬間男達は呑まれた殺気から解放された。恐さはまだあった。体の緊張は完全にはとれていない。けれど想起していた結末が訪れない事を男達はその笑い声で確信した。


 声の主が中央の階段をゆっくりと降りてくる。一段降りる度に青い髪が静かに靡く。手でキセルを遊ばせながら、女は楽しそうにジークに話しかける。


「お前から会いにくるなんて珍しいこともあるもんだ。なんだい、ようやく私と子作りする気になったのかい」


「なっ、せ、船長!?」


 女の言葉に男達は驚愕する。思わず声が出てしまった近くの男を一瞥した後、女の視線はジークへと戻る。

 そしてある事に気付くと足を止めた。


「……ジーク、右腕はどうしたんだい」


「……魔人にやった」


「ちゃんと始末したんだろうねぇ」


「いや、逃げられた」


「……はぁ」


 女の口から溜め息が漏れた。呆れは溜め息だけではなくその表情にも出ている。手で遊んでいたキセルを咥えるとくるりとジークに背を向け、降りてきた階段へと足を戻した。


「負け犬に構っていられる程今暇じゃないんだ。お前らお客さんがお帰りだ。街まで案内してやんな。……今度はびびるんじゃないよ」


 そう言って女は犬を追い払うように手を振った。女の命令に男達が顔を引きつらせながらもジークの方へと歩いていく。


「連れを探している」


「ハッ。人探しならギルドに頼みな。ここをどこだと思ってるんだい」


「探しているのは幼い女の子だ」


 女の足が止まった。その反応でジークは確信する。


「何の冗談だい。お前に子供の連れだって? まさか隠し子だって言うんじゃないだろうね。この私の誘いを断っておいて他の女に手を出してたっていうのかい?」


 女は振り返ると鋭い目でジークを睨む。


「……弟子だ。少し目を離した隙に行方不明になった」


「弟子ねぇ……」


 ジークと女が睨み合う。女は今までのジークの様子から考えを巡らせる。


 ジークが弟子と口にしたときに少しのぎこちなさは感じたもののその言葉自体が嘘のようには思えなかった。冗談だと思いたかったが本当に女の子の連れがいるんだろう。

 返答の様子からは連れてそんなに日も経っていないか、それとも弟子ではないのに弟子と嘘をついたか。本当か、嘘か。いや、仮に全てが嘘だったとしてもあの言葉が出た時点で答えは一つだった。


「……はぁぁぁ。ったく」


 女は深い息を吐いた。乱暴に髪を掻くと一呼吸置くように煙を漂わせた。


「相変わらず鼻がいいなお前は。外には漏れないようにしていたんだけどねぇ……。わざわざ連れを作ってまで首を突っ込まなくてもいいだろうに」


「いや、俺は」


「うちもバカが一人先走りやがってね。元々網を張ってたっつうのに……。そのバカのせいで余計に人が裂かれて気づいている通り今ここには腑抜けとクソしかいないのさ。番犬にもならない、お使いもろくにできない、挙げ句“死神”を家に招きいれるとは……」


 もう一度煙を吐いた後、女は近くにいた一人の男の手の上に灰を落とした。死神の単語に顔を真っ青にしていた男は急な火傷に悲鳴を上げながら慌てて灰を床に振り落とした。

 男は火傷で痛む手を気にしながら蛮行に及んだ女の顔を睨んだ。


「さて、もう少し泳がせるつもりだったが……こうもはっきり風が変わってしまうと私としても予定を変えざるをえないね」


 そう言って女は自分を睨む男の顔にキセルを叩きつけた。体勢を崩した男はそのままなす術もなく気づけば地面に叩きつけられていた。鳩尾に食い込む女の足が男を地面に縫い付けている。

 焦る男はその後入り口の方で自分と同じような呻き声を聞いた。


「カッカッカ。さすが死神。片腕になっても簡単には獲物を逃がさないか。ああ、待った。まだ殺さないでくれ。おい腑抜け共、こいつらを逃げられないように縛ってあの部屋に連れて行きな」


 とどめを刺そうとしたジークを止めると女は状況についていけていない男達に命令を飛ばした。

 何がなんだかわからないままの男達がその命令にすぐさま反応できたのは、女の命令をしたときの目が怖かったからだろう。


 慌ただしく動き始めた部下達を一瞥したあと女はジークと向き合った。


「……ふん。さてと、自分から首を突っ込んだんだ。今晩は付き合ってもらうよ。死神は尋問も得意だろう?」


 そう言って女は不敵な笑顔を浮かべた。対してジークは変わらず無表情だった。ここに来た時と同じ表情で、目の前で変化していった状況の中でもそれは変わらない。


 部屋へと案内され、目の前で尋問という名の拷問を見せられながらそこで得た情報で状況を理解して行く。理解した上でもやはり思う事は変わらなかった。


 ――どうして、こうなった。


 最初から最後までただジークはそれだけを思っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

娘が可愛すぎて親バカにならざるを得ない カカオ @kakao-80

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ