第7話


「……ジークが帰ってこないだと?」


 訝しげな声をあげたのは王都の冒険者ギルドのギルド長だ。荒くれ者が多い冒険者を制する為ギルド長は頭だけではなく腕も確かでは無いといけない。例に漏れずこの男は元Aランクのハンターだった。

 一線を引いたにも関わらずその肉体に衰えは見えない。筋肉は盛り上がりを見せ、その鋭い眼光はその気がなくても相手を威圧しているかのように見える。


 ペンを置くとギルド長は報告をあげた女職員に続きを促す。


「はい。依頼達成の報告は支部から届いてはいるんですけど……。届いてからもう二十日経つのにギルドに顔を見せないんです」


「……ほう」


 ギルド長は考え込むように腕を組んだ。


 本来ギルドにハンターの行動を縛るような権限はない。依頼を放棄したり、日数が過ぎているのに達成報告も失敗報告もなければ相応の対処をするが、今回は達成報告は届いている。依頼を達成したのならあとはどこに行こうが何をしようがその者の自由だ。

 これが他のハンターなら気にも止めなかったのだが、それがジークということになると話は変わる。


「魔宵い日があったな。それで怪我を負って療養中ってことは……いや、ないな」


「ないと思います。彼なら自分で治すと思いますし、完治出来ないような重傷を負ったとしても足を引きずってでも魔物を討伐しに行くと思います」


「そうだな」


 怪我の可能性は低い。わざわざ職員が報告をしに来たということは支部で依頼を受けたということもないのだろう。

 だとしたら戻る途中で何かに巻き込まれたか……、いや、それでも二十日は長すぎる。ジークが手こずるようなら相当な案件だ。もしそうならここに何かしらの報告があがっていないことがおかしい。


 ギルド長の頭に死が過ぎるが、首を振ってそれを否定する。いつ死んでもおかしくない戦い方だ。諌めたこともある。だがそれでも今のジークが死ぬとは思えない。駆け出しの頃から知っているからこそ死んだと思いたくもない。


 ふと思い出したようにギルド長が顔をあげた。


「……海だ。アトランタの街に行ったんじゃないのか」


「観光……ですか? いや、それは……あり得ないと思います」


「そんなことはわかっている。あそこはアネッサがいるだろう。確かあいつは何度かアネッサとやりあっているし、向こうは何故かあいつに友好的でもある。今回も何かに巻き込まれたかしているんだろう。それにアトランタなら何かあっても俺の耳に届かないことは多い」


「そうですね。あそこは少し特殊な街ですから」


 ギルド長の言葉に納得がいったのか女職員は安心したように固まっていた表情を綻ばせた。


「アトランタの支部に連絡しておこう。死神がそこにいるようなら早く戻って来い。ヴァニラが心配している、とな」


「よっ、余計なことは言わなくていいです! 無事なことだけわかればいいのでいるかどうかだけ聞いて下さい!」


 女職員の慌てようを見てギルド長は豪快に笑った。それに女職員は怒ったのか恥ずかしかったのか顔を赤くして、「失礼します!」と言って出て行った。


 笑うのをやめたギルド長はすぐに仕事には戻らず力強く閉められたドアを眺める。


 ジーク本人と交流のあった誰もが戦い方を変えるように言った。いつ死んでもおかしくないと諌めた。それでもジークが戦い方を変えることはなかった。誰の声にも心配にも耳を傾けることはなかった。


 一人、また一人とジークを心配する人は減り、今ではジークに声をかけるのは自分を除くと出て行った女職員のヴァニラだけだろう。


「……あの馬鹿。心配してくれている奴がいるんだぞ。自分の為にもそいつの為にもいい加減許してやってもいいだろうに」


 ドアから視線を外したギルド長は連絡用の道具を取り出す。そして思わず暗くなっていた表情を一転させてアトランタ支部へと道具を起動した。










「……何が……どうなっている?」


 わけがわからない。目覚めたときに思わず声に出てしまった。


 頭に何かを被せられていて視界は真っ暗だ。流石の化け物でも暗闇の中見える眼は持っているが、物越しに見通す目は持っていない。

 視界はともかく鼻をついてくる生臭さからして……魚だろうか。それを保管している倉庫のような場所に連れてこられたんだと思う。

 両手は縛られている。足は縛られていないが、取り敢えずこの暗闇をどうにかするまでは無闇に動かない方がいいだろう。


 油断していたわけではない。毒や麻痺、眠りなどの異常に対する耐性は得ている。度合いによるが、それこそそれを得意とする魔物固有の力ではないと私の体は効きにくくなっている。

 だからこそまさか私がこんな街中で眠らされるなんて頭の片隅にもなかった。


 前回の生で嗅いだことのある匂いだった。甘い果実のような匂いがしたあと、先に舌が痺れ、すぐに末端から力が抜けていく。そして動けない恐怖を睡魔が覆い隠し、徐々に目蓋が落ちて行く。最後に見る光景は青紫色の羽を広げて、踊るように飛んでいる魔物の姿だ。


 厄介だが既にそれを聞いていた私には対策があった。ただ今の状況ではその対策をとることも叶わない。


 ここから出ることは簡単だ。魔法でどうとでもなる。だがこうなる状況の前に発した彼の言葉が気になる。

 そもそもこの街に来たのにも何か思惑がある筈だ。恐らくそれが今の状況に繋がっているんだと思う。ということは、彼の右腕である私のとるべき行動は彼が最後に言った指示に従うことだろう。


「……動くな、待っていろ……か」


 起きた時に少し戸惑ってしまったが、落ち着いて見ればなんて事はない。

 ……ただ、なんだかむず痒いものを感じる。先頭に立てと言われた事はある。それこそ押し寄せる魔物の群れを眼前にして、数え切れない多勢から早く行けと喚かれ、背後の城門を閉められたことだってある。


 やっていることは恐らく囮りだ。私を誘拐させて居場所を特定し、一網打尽にする気なんだろう。敵地に一人送り込まれたに等しいが、……待っていろなんて言われたことがない。


 ……だってその言葉はあれだろ? あの、そういうことで……、つまり、助けに来る…………ということなんだろう。


 あぁ……なんだろうな。こんな状況なのに、本当、いや……、なんなんだろう。本当に。


「わけがわからない」


 ダメだ、思わず声に出してしまった。


「……なんだ、ずいぶん落ち着いている奴がいるじゃないか」


「誰だ」


 女の声だ。くぐもった感じと敵意のなさで恐らく私と同じように連れて来られた奴だと判断する。


「アタイか? アタイはレンゲ。将来は大海賊アネッサと名を連ねる存在で……、そうだな言ってもわからねぇと思うけど、死神の嫁になる存在だ」


「……は?」


 今なんて言ったこいつ。

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