廻る世界と終演の朝

1. 月の女神と灰色魔女

 フワリ、ホワリと、体が浮く。

 リースは、自分が今どこにいるのかわからないのに、なぜかひどく安心していた。

 なんとなく、居心地がいいのだ。警戒するのも馬鹿らしいような。そんな不思議な感覚。

 そう思っていたら、「音」がした。

『わたくしは、あなた。あなたはわたくし。……でも。変わらないけれど、同じではなくてよ』

 すごく、不思議な「音」だ。初めて聞くのに、懐かしい。

『でしょう? わたくしも、とても楽しくてよ』

 ……心の声を読まれた?

 本題だ、とでも言うように、

「彼女」は語りかける。

『あなた、ずいぶんと奴らに目をつけられているのですのね? リース』

 ……なにを言いたいのだろう。というか、誰なのかも、よくわからない。

 そんな考えまで読まれて、くすりと笑われた。

 ――スゥッと、目の前に「音」の主が現れた。

 その、白銀色の姿を見て、ああ、と分かった。

 リースの前世の魂でありながら、「月の女神」の名をもつ女性。


 ――名を、アルテミス。


 なんとなく、「想像」の人物よりも神々しく見えるのは気のせいなのだろうか、と思っていたら。

『……やりましたわ! ようやっと、あなたとこうして話せるなんて、まるでわたくし夢でも見ているようですわ! ……あ、でもいまのわたくしは魂だけでできているから、どう見えているのかしら。ああ、気になりますわ』

 ……クローディアたちの言う通り、ちょっと変わったひとかもしれない。



 なんだか、すごく懐かしくて、やわらかい空気を感じる。アルテミスもそうなのだろうか。

 そう思って見ると、思いのほか、相手は優しく目を細めてきた。それこそ「慈愛」に満ちた眼差しを向けられた。ちょっとだけ、こそばゆい。

『……ねえ、リース』

 ん? と目で応えようとしたら。

 ぎゅうっと抱きしめられた。

 ……え……?

 続いて、切なそうな声が降りてくる。

『……あなたは一度、ひとのぬくもりにちゃんと触れている。ですから、独りの辛さも今はもう、痛い。……違わなくて?』

 ……痛い? なぜ?

 私は灰色の魔女。

 そして、もう独りになっている。呆れるほど、慣れている。

 なのにどうして、こんなにその言葉が、身にしみるようで。今にも、意味のわからない涙がこぼれてしまう。

 ――そっか。私はずっと、「痛さ」を忘れたふりをしていたんだ。

 一度気づくと、涙がとまらない。

『いいですことよ。ほら、お泣きなさい?』

 自分の前世のひとのはずなのに、初めて見た人なのに。

 ――なんと、慈愛あふれた、母のように見えることか。

 リース・アルフィにとっての「母」、灰色魔女リースにとっての「母」。

 シャンティのようでいて、クローディアよりは口達者な気がする。不思議だ、すごく。

『……うぅっ、……ふぅっ……ひっく……っ』

 優しく背を撫でられながら、ずいぶんと久々に、思いっきり泣いた。

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