9. 魂の涙

 集落のそばにある泉で、リースとジジはヒソヒソと、今後についてを話し合った。

「なに? あの小僧が、お主の探しびとなのか?」

「私にも、よく分からないのですが……。……もしかしたら、私が『アルテミス』と同じ魂なのと同じくハウルさんも――」

「うぬ? 『アルテミス』とは誰のことなのじゃ?」

 ……そう言えば。リースの前世の時代の話まではしていなかったと、ジジの問いかけで思いだす。

 自分の知る限りの情報を話すと、ジジはなぜか、難しい顔になった。

 そして、こんなことを聞いてきた。

「その、アルテミス様と、クローディア様は、かなり親しかったのかのう?」

「だと思います」

「……即答か」

 だって、それは。


「今になって気付くのですが。私が――『リース・アルフィ』が、魔女になって、はじめて『クローディア』を見たとき、心のどこかで、懐かしさが湧いてました」


 そう。そして二人は、さして話してない段階から、互いを意識し、どこか信頼すらを持って。

 あの魔女嫌いな彼女は、なりたての魔女相手を弟子と見なした。

 普通よりずいぶん短い「十年」という修行期間、リースを、まるで我が子を見る目のように。

 ――少なくともリースから見たら。

 クローディアは、慈愛の込められた目で、リースをここまで育ててくれた。

 だから、直感ではあるが。


「――『カイ』は、ハウルさんと同じ魂です」

「…………。…………そうか、わしは……」


 長い沈黙のあと。なぜか、目をあけたジジは、愛しいような、切ないような、不思議な色の涙を零した。

「……ジジ?」

「わしは、その頃のことを思いだせてはおらん。……なのに、どういうわけか。話を聞くと、胸が締め付けられるようでありながら、誰かと手をとるときの、たまらなく心が満たされるかのような、……自制のできない感情が湧いてくるのじゃ」

 リースには、ジジの気持ちはつかめない。けれど、なんとなくわかる気がする。

 記憶から抹消されたとはいえ、ジジの魂の奥底に秘めるところには、最愛の主が、消えない炎のように居座っているのかもしれない。

 ――クローディア至上主義であり、リースとは比べものにならないくらい、彼女と同じ時を過ごした彼だからこそ。




 それからしばらく、二人は集落の手伝いという名の、カイの、そして「お偉方」の動向を見守ることとなる。

 ――進み始めた断罪の歯車は、甘さのカケラもない、辛い舞台へと、彼の者をいざなう。そうとは気づかせないままに。


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