4. 守るための契約

 クローディアの話は、いつも唐突だ。唐突なのに、的確に、ピンポイントに話を振ってくる。

「ハウル。あんた、リースと契約したら?」


 精霊であるハウルは、この世界では、誰かを使役するか、あるいは誰かに使役されるかの、どちらか。それが、魔力を持つ者らの常識だ。

 けれど、アルテミスが亡くなってからの時から、彼はどちらにもなっていない。それはなぜか。

 リースがその場にいないので、試しにハウルは、自身の謎を聞いてみる。

「それはたぶん、あんたのアルテミスへの未練が、関係してるんじゃない?」

「未練って……。もしかして」

 アルテミスの、最期の言葉が、脳裏をよぎる。

『――ごきげんよう。ハウル。いつの日か、また会いましょう』

「あれで、魂の転生した姿を見るまでは、あんたの身は、誰のものにもならない。そういう契約がなされたのよ、たぶんね」

「……なに、その契約」

 ハウル自身は、そんなこと頼んだわけではない。

「お偉方の考えてることなんて、知らないわよ。……あ、そんで契約は?」

「……面倒だなあ」

 内心、契約なんてしなくても、今度こそリースを守る決意だが。


 契約には、それ相応の儀式があるものだ。アルテミスとの契約の儀式も、手順がとても面倒だった。

「……あんた、本当に精霊? ジジだったら、物凄く喜んでるわ」

「いや、じいろうと比べないでくれない? 彼も彼で、特殊。ていうかあんたらのような関係も、なかなかいないでしょ」

 クローディアの、唯一の精霊、ジジ。老人の彼は、いわば「クローディア至上主義」というものだと、ハウルは思う。

 思えば、アルテミスといた頃から、クローディアとジジの関係性が、「孫と祖父」に見えて仕方がない。


 なんて会話をしていたら。

「ハウルさん、ディア。夕飯できましたよー」

 ここ最近、リースの手料理になることがしばしばだ。

 料理は、「人」のころからの、リースの得意分野なようで。最近、ジジからも様々な献立を教えてもらっているのだとか。

 ちなみに、「アルテミス」は包丁を持たせると、必ず指を切っていたが、リースはたまに、危なっかしいところがあったりなかったりと。それぐらいだ。

 二人を比べるつもりではないが、「魂」が同じでも「人物の造形」はやはり違うんだなと、たまに、しみじみと思う。

 だがしかし。この世界の、お偉方の思考はいつだって理解に苦しむ。魂の転生も、契約についても。こちらが頼んだというのでもないのに。

 いったい奴らは、何が目的なのか。それとも、ただの気まぐれなのか。

「……ハウル。最後に一つだけ」

「なに?」

「契約っていうのは、言葉は同じでも、中身はそれぞれに変わるものよ」

「……?」


 何を言いたいのかと、クローディアを振り返って、――その眼に射抜かれた。

「あの子を、一番そばで守ることができるのは、きっと、「契約」ができるあんたの方よ」

 「ちょっと悔しいけど」なんて言いながら、横を通りすぎられた。

 そのときの彼女の「眼」は、周りの空気がピリピリするほどに、真剣だった。



 「契約」に縛られ、そのために命を亡くす関係もあるだろう。しかし、それのおかげで、命を守ることができるのも、「契約」という名のつながりだろう。

 アルテミスとともにいたころには、きっとまだ、理解できなかっただろう、その言葉の意味を。


 それの、甘さも、苦さも。永き時を生きた今のハウルなら、わかる気がした。

 ――けれど、彼は少し、思い違いをしていた。

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