5. 久しき出会い

 「魔女修行」以外の時間は、それなりに行動の自由を許されているリースは、7日目の今日ついに、ルーブルーの町の散策をしようと、宿を後にした。

 そんな彼女を窓辺からぼんやりと眺めた後、クローディアは日々の日課である、水晶占いをした。

 ――いまこの時も、歯車が動いていることには、まだ気づかぬまま。

 そのくせ、この後すぐに、リースにはマントをしっかりとかぶせなければ、ということをぼんやりと考えながら。




 散策を始めたはいいが、なんとなく、先ほどから、通りすがりの人々からの視線を感じる。

 ふと、窓ガラスにぼんやりと映る自分の横顔を見る。マントのフードを目深に被っていて、それがかえって怪しくも見える。けれど、思い切って白髪をさらすほどの勇気はない。

 面倒くさいなあと、心の中で呟く。その時。

「――っ……」

(……えっ?)

 ふと、呼ばれたような、気がした。リースではない、誰かを。なのに、その誰かは、リースの「何か」を呼んだような気がした。

 自分でも、よくわからない感情が、リースの何かから、湧き上がってくる。まるで、逆さまの滝のよう。圧力がとんでもなく、強い何かの感情。

 --息が、できない。

 そう思った、瞬間。

「――きみは、彼女じゃない」

 誰かの声が、逆さまの滝を一瞬、とめた。

「……彼女は、ここにはでてはいけない。今の魂は、きみだ」

 意味のわからない言葉なのに、落雷のような衝撃を、リースの何かが感じた。

(……だれ?)

「……ごめん、呼んでしまって」

 そばで、声は降った。どこか、諦めと謝罪の混じった色だ。リースの何かが、寂しさに満ちる。

「――もう、忘れて」

(――いやだっ)

 遠ざかろうとする声に、リースではない何かと、リース自身の想いが、共鳴した。

 声の先に手を伸ばし、強く引っ張った。

「……え」


 引っ張ったおかげで、声の主を捕まえられた。予想外に、顔が近い。

 まず、目に入ったのは、深い、ふかい深緑の瞳。やわらかなる命の色だ。おそらく青年。目を引くのは、秋の落ち葉のように、鈍い赤にも、茶色にも見える髪。男性にしては長い。


 不思議だ。


 初対面のはずなのに、なぜか彼を見ていると落ち着く。大きく動揺している表情が、愛しさを誘う。

 ぼんやりと見つめていたら、彼が二言。

「……中腰、辛いんだけど。あと、マントの背中側が捲れて白い髪が見えるのは、いいの?」

 ハッとして、掴んでいた青年の髪を離して、マントをかぶりなおす。

 青年の頭が、少し遠ざかる。考えてみれば、十歳のリースが、青年と同じ目線にはなることは、普通にしていたらならないだろう。

「……なんで、気づかれたかなあ。もう、会わないつもりだったのに」

 ――どくん。

 また、だ。リースのなかの、リースではない何かが、悲鳴をあげる。悲しみなのか、喜びなのかもわからない、心の内側の、悲鳴。

 なのに、顔を上げたリースの前にはもう、青年はいない。

 ――最後だというように、声が心に響いた。

「――もう二度と、会えなければいいのに」

 まるで、本当は会いたいけれど、会ってはいけない。そんな響きだった。

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