我は食料を所望する。


「カナデ! 今日はニクジャーガが食べたい!」

「無銭宿泊のくせにリクエストとか厚かましすぎるわ!!」


 最近思ったけど、この魔王、うちに来るたびに図々しさがレベルアップしてないか?

 レベルを上げるなら、そのミクロ単位に小さいその心にしてくれよ。




 魔王がうちに逃げ込んできて何をしているのかと言えば、主に三つの事をして帰る。


 その一。

 その日逃げてきた理由を延々と私に話す。

 大泣きしながら。子供みたいにエグエグと泣きながら。

 ここだけの話、顔がめっぽう怖いものだから魔王が泣く姿は正直ホラーだ。目つきが鋭く三白眼、眉毛を吊り上げて眉間にしわを寄せて口をへの字にしながら泣くものだから、まったくもって可哀想に見えない。

 ドン引きだ。あの泣き顔を見ていたら呪われそうで怖い。

 あれに慣れるまで数回を要した。


 その二。

 ご飯を食べる。

 泣くだけ泣いて気持ちが治まれば、今度は身体が満たされたくなるもので。奴のお腹は遠慮なく大きな音を立てて食料を要求する。お腹の音も、その主もそこには遠慮がまったくない。当然とばかりにご飯をねだる。

 困ったことに日本食が魔王の口に合ったらしく、毎度の事日本食をご所望だ。

 そしてそれを毎度用意しなくちゃいけない私は材料費を頂戴したいところだが、残念ながら奴は日本円は持っていない。腹立たしい。

 がめついとは言わないでね。学生の一人暮らしはバイトをしていても苦しいのよ。


 その三。

 寝る。

 魔王は何故だか知らないがうちのお布団がお気に入りだ。『オフトォン』とちゃんと発音できないにもかかわらず、お気に入りで家にいる時は必ずベッドの上で陣取っている。

 魔王の城にある自分のベッドの方が立派で眠りやすいだろうに、私の布団の方がいいんだそうだ。

 ちなみに、夜寝る時は問答無用で奴は床。優しい私は予備のお布団を用意してあげるけどね。そっちの方がいいと文句は言われるけど。

 狭い部屋の中で男女が2人一夜を明かす事に危機感がないのかと聞かれれば、最初はあった。

 けれども、魔王を知るうちにそれは徐々に薄れていった。

 私に手を出す根性があるならば、今頃勇者相手に魔法の一つでもぶっ放している。


 この至れり尽くせり上げ膳据え膳の状況を一日たっぷり満喫した後に、奴はテレビの時代劇で覚えた『かたじけない』という言葉を残して消えていく。

 腹立たしい事この上ない。

 だから、こんな私にとって損しかない状況を許したのは五回までだった。

 その日も魔王は、厚顔無恥な顔で我が家にやってきた。


「帰れ。今日から我が家は有料宿だ」


 私は強気に出た。

 もう我慢の限界だ。

 そしてうちの家計も限界だ。

 こんな大飯ぐらいの我儘客を無償で泊める事などもうムリ無理むり!!


「……え? ……えぇっ!」


 魔王は愕然としていた。

 まさかこんなことを言われるなど、青天の霹靂だったのだろう。


「か、かか、帰りたく、ないんですけど……」


 オロオロとしながら縋りつくような目を向けてきた。

 こわ面の犬がしおらしくしてもこわ面なのは変わらないが、ちょっと罪悪感をくすぐるくらいの効果はあった。

 だがしかし! ここでこの鋼の心は折れたりしない。


「そう。ならお金を払う事ね」

「……お金?」

「そう、お金。もしくは食料」

「お、俺は、カナデの料理が食べたいんだが……」

「そのための材料とかを持ってくるとかしてって言ってるの」

「だ、だが……」


 不穏な雰囲気を察したのか自主的に正座をした魔王の目の前に私も座り込み、子供に言い聞かせるようにゆっくり優しく教えてあげた。


「ねぇ? ただ飯ぐらいさん。こんな事をあなたに言うのは私としても不本意だし心苦しいんだけど、私はね、勉学に励む身でありながら同時に日々働いて金を稼ぐ身でもあるのよ。もちろん、そんなに長い事働けないし給料も安い。だからね? その少ないお金の中で何とかやりくりしているの。ここまで理解できた?」

「……はい」


 魔王の目が潤みだした。

 涙腺が弱すぎる。


「今まで金も食料も出さない魔王とかよく分からない職業をやっているあなたにタダでご飯と寝床を提供していたのは、私の善意。でも、残念ながら善意というものはある程度の容量しかなくてね、湯水のように無限に湧き出るものでもないの。枯渇するの」

「……それは、存じ上げませんでした」

「今は枯渇。もうカラッカラ状態。あなたにかけられる善意など何一つありません」

「は、はひっ」


 あ。涙が一粒零れた。

 そろそろガチ泣きくるか? くるのか?


「……あの、どうすればカナデの善意は潤うんでしょうか?」

 

 おぉ! ガチ泣き前に食い下がってきた!

 魔王は魔王なりに今回は逃げずに立ち向かってきたようだ。

 ちょっと見直したぞ、魔王。


「そうね。お金……は、そっちのを持ってきてもらっても使えないし、よくよく考えたらいらないわね」

「なら食料か!」

「それが嬉しいかなぁ。お金がかかるのは結局そこが一番大きいからね」

「分かった!」


 活路を見出した魔王の顔はパッと明るくなった。と言ってもやっぱり顔は怖いままだけど。

 よしよし。

 ここで変に駄々をこねずに提示された条件をこなそうとするところはいい子だ。魔王だけどめっちゃいい子。


「俺、ちゃんと食料持ってくる! 次回から!」

「いや、今回から」

「……え? ————…………次回から?」

「違う。今回から」

「今日のところは大目に見るとか……?」

「ありません」

「…………」


 またしょぼん魔王に逆戻り。肩を落としてまた涙目になる。

 だが、ここで慈悲の心を見せたとたんいつもの二の前なので、心は鬼なままの私。

 顔だけは優しく微笑んで、魔王の肩にポンと手を置いた。


「出直しておいで」


 魔王はその場で泣き崩れ、帰る時も雨に濡れた子犬のような目でこちらをちらちらと見てきた。


 可愛くないから!

 絆されたりしないから!

 の、飲み物のひとつでも持ってきてくれたら、今度こそ歓迎してあげるから!



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



 次の日、バイトから帰ってきたら魔王が家の中にいた。

 

「カナデ! 食料だ! ちゃんと持って来たぞ!」


 自慢げに、かつ至極嬉しそうに報告してくる魔王。


 ……の傍らに、見たこともない中型の紫色のぶよぶよした、……多分、動物?


「ほら! 食料だ!」


 それを指さして信じられないような事を言う魔王は、一点の曇りもない澄んだ瞳をしていた。

 ほら、褒めろよとばかりに輝かせて。


 そんな魔王の隣で、紫色の動物が『アベベっ』と鳴いた。


「ひっ!」


 動物の口からよく分からないピンク色のモヤみたいのが立ち上っていて、その見たこともない醜悪さに私の背中に怖気が走る。


「————ごめん。もう食料持ってこいとか言わないから、とりあえず帰ってくれる?」

「なんでだっっっ!!!」


 これを食べている異世界、怖い。



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我が家に魔王が逃げてくるのだが。 夏目ちろり @NatsumeChirori

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