魔王をする理由がある。

 と、初日から泣きべそをかき始めた奴に根負けして、私は奴の苦労話を聞くことから始まった。


 一応最初に『何者?』って聞いたら『魔王』って返って来たので、『いや、マジで帰って』とお願いしたけれど、また泣き脅されて根負けしたという経緯がある。


 途中で寝不足で眠くて、魔王の長ったらしい話を聞くのに限界がやってきたので、『いったん寝てから聞く』と言ってベッドにダイブした私は、『目が覚めたらいなくなっていたらいいな』と淡い期待をもって目を閉じたのだが、再び目を開けた時、残念ながら魔王はいた。ベッドの側に座って私の顔を凝視しながら。忠犬?

 三時間ほど寝たので寝不足は解消された私は、一応魔王の話の続きを再び聞いてあげた。


 つまりはこの魔王、そもそもが魔王になどなりたくなかったのだと言う。


 魔王は五人兄弟で、その末っ子。

 前魔王の父親が跡継ぎを決める時には、絶対こちらにお鉢が回ってこないと能天気に安心していた五番目の跡継ぎ候補だった。


 ところが、『もう父さん腰が痛いし魔法使うと頭痛くなっちゃうし勇者がどこまで攻め込んできたかって見張るのも最近寝落ちするくらいに体力なくなってきたから引退するね』と前魔王が子供たちの目の前で宣言した時、予想外の事が起きたのだ。


 ————長女・ヴィアンカは、

 『魔王? 面倒くさい』

 と、すぐに跳ね除けて終わり、


 ————長男・サルヴァルは、

 『ハハハハハっ! 俺が魔王? なら皆肉体改造してもらうぞ! 贅肉をなくして筋肉だけの身体に変えるんだ! 兄弟も例外なく皆してもらう! 何せ俺が魔王になるんだからな! 命令は絶対だ! アーハハハハハハあぶべっ!!!』

 と、他兄弟からボコボコにされて反対され、


 ————次女・セヴィアーネは、

 『魔王とかぁ、ほんと無理ぃ。セヴィちゃんの肌に傷ついたり、ネイルが欠けたりするのとか本当無理ぃ。イケメン侍らせて座ってるだけだったらいいけどぉ、でもそれだけじゃないんでしょ? 本気で無理ぃ』

 と、髪の毛の先を弄りながら、本当なのか本気なのか分からない断り方をし、


 ————次男・クインヴァルは、

 『豚を調教する趣味はない』

 とだけ言って、さっさと自分の部屋に籠ってしまった。


 もちろん彼も魔王など自分の器ではないと常々思っていたので即断ろうと思っていたのだが、その前にヴィアンカが遮ったのだ。


「じゃあ、ルシュで決まりね」


 その魔王決定の言葉をもって。


 ちなみにその『ルシュ』というのは、魔王の名前。彼には一応ルシュディフィフトという大層で舌を噛みそうな名前がある。私は面倒だから魔王って呼んでるけどね。


 押し付けられて不本意ながら魔王になってしまった彼の受難は、そこから始まった。

 兄弟に『魔王だから』と面倒ごとを押し付けられて、部下から『魔王だから』と国をどうにかしろとせっつかれつつも命を下剋上狙われたり、勇者から『魔王だから』と命狙われたりと何かと忙しい。

 休む暇もなく、癒しをくれる人もおらず、精神がゴリゴリと削られる日々。

 そもそもが、顔が怖くとも気が蚤よりも小さいこの男に魔王など務まるはずもなかった。


 私の部屋に最初に逃げ込んできた時も、その受難から命からがら逃げてきたようで。あの時も結構な酷い話だったなぁ。

 眠りについた真夜中にメイドに夜這いをかけられてそれを跳ね除けて部屋を飛び出し、部屋に戻れないからどこかで暇を潰そうとしたら部下に夜襲をかけられ、命からがら逃げた先がヴィアンカの部屋で、寝ているところを起こされた寝起きが超絶最悪なヴィアンカが魔法で魔王を城外に吹っ飛ばした。


「もういやだぁ……」


 その不幸のフルコンボみたいな出来事を経て魔王は現実逃避したくなったらしい。

 魔王は『どこでもいい……。ここではないどこかへ行きたい……』と、適当に移動魔法を暴発。ついでに異界に扉なんかも勢いで開いちゃったらしくて、辿り着いた私の家。

 狭くて隠れるのにはちょうどいい穴蔵を見つけた! と魔王歓喜。

 ここでぬくぬくと心を安らげようと決めた矢先に私が帰宅。

 私を捕縛。おねだり開始。

 そこからの苦労話を延々と聞かされる私。

 とばっちりでしかないこの状況。

 しかも厚かましい事にこの魔王、私の家に一泊していった。

 気が弱いくせにちゃっかりしているなぁ、と呆れかえったものだ。


 翌日、すっきりとした顔をして帰っていく魔王を見送り、『まぁ、もう二度と会うことないだろうな』と軽く考えていた私は、『あ、魔法っぽいの使っていたから魔王っていうのは嘘じゃないんだ』と思いながら眠りについたのだった。


 ————もちろん事、二度と会わないなんてことはなかった。

 あれから魔王は週一回のペースで我が家にやってくる。


 ……どれだけ逃避したくなるような悲惨な毎日を過ごしているんだろうか。



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