この穴蔵は我のものだ。
顔は強いのに、気は弱い。
それがある日突然私の部屋に現れた魔王である。
今から三か月前の事である。
大学の講義を終えてバイトも休みだった私は、今日こそ惰眠を貪る! と寝不足で重い瞼を何とか抉じ開けながら家に帰った私が玄関の扉を開けて、リビングに入った時に最初に見たのが、奴の真っ黒なマントだった。
『黒づくめってベタな泥棒だなぁ』とまともに働かない頭で考え、次に『あ、こういう時は多分警察』と思い付いたところで、後姿だった奴がこちらに振り返った。
ばっちりと目が合った私と奴はしばしの間睨み合い、あちらが何かを言おうと口を開いた瞬間にダッシュで逃げようとした。
————ところが
「待て!」
と、叫んだ奴は、あろう事か逃げる私を捕まえた。
いや、あれは拘束と言ってもいい。
何で捕まえられたかって、魔法で捕まえられましたから。よく分からない光の縄みたいので身体をぐるぐる巻きにされて、芋虫のように床に這いつくばされた。今思い返しても屈辱だ。
「お前はここの穴蔵の持ち主か?」
「あ、あな? ……はぁ?!」
「お前はここの穴蔵を利用しているのかと聞いている」
こいつは最初から失礼な奴だった。
私の家を穴蔵と呼び、初対面で縄で縛るとんでもない奴だ。
「まさかだとは思うけど、その『穴蔵』ってこの家の事を言ってるの?」
「家? ここが家? こんなに狭いのに家なのか? 我が城のトイレの方がもっと広い。本当にここに住むことができるのか? 物を置くための部屋ではないのか」
「家ですけど?! 滅茶苦茶住んで、ここで毎日生活していますけど?!」
何なのこいつ! 泥棒のくせに、物を盗む以上に失礼な奴だ!
というか何を盗みに来たんだ。
メンタルか? 私のメンタルを盗みにきたのか? そう簡単に盗めると思うなよ! この失礼泥棒!
「そ、そうか……それはすまなかった」
私の形相にひいたのか、奴は少し後ずさって詫びを入れてきた。
アパートの一室を見て『穴蔵』と言ってしまうその感性はなんなんだろう、この人。しかも素直に謝ってくるし。
…………泥棒、なんじゃないの?
私の中で、疑問が浮かんだ。
「まぁ、それはどちらでもいい。ここの住人であるお前に頼みがあるんだが」
「え? 嫌だけど」
泥棒(仮)の頼みとか、きっと碌なものじゃない。
たとえ泥棒じゃなくても、私の許可なく家の中に入って、私に見つかったら速攻で縛り上げるようなやばい奴の言う事なんか聞くと思っている方がどうかしてる。
…………しかも土足で上がりこんでるし。
絶対頼みなんか聞かない。
「大したことじゃないんだ」
「嫌です」
「たった一つ聞いてくれるだけでいい」
「嫌です」
「お礼もちゃんとする」
「嫌です」
「…………」
「…………」
「あの……」
「嫌です」
「…………」
「…………」
「俺をここで休ませてくださいぃぃぃっ!!!」
「意味が分かんない! 帰れ!!」
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