決戦! さらば、サイコシルバー<中編>
黒幕・
さて、計画が完成した所で、国民達をシステムに接続出来なれば意味がない。
だが、心配は要らない。既に、国内の人間の大半が、体内にナノマシンを注入されたのだから。
サンクスギビングの初日から最終日にかけて、各地にヘリを飛ばした。名目の上では、
しかし、実際は、上空からナノマシンを散布するのが主目的だった。人々はそれを知らずの内に吸っていた。多少ヘリが多く飛んでいた所で、感謝祭に受かれた人々が頓着するはずもない。
全国民の呼吸器から体内へと吸収されたナノマシンは、命令の時を待っている。
ABLの
事実、休眠状態だった。
あとはマナ一人でシステムを完成させられる。その段階まで来た時点で、黒幕の参謀・マナは、全ての技術者と、警備員すらも退去させたのだ。
――よかった、これでみんな、イブを大切な人と過ごせる。
ビルには、最低限度の照明が点々と灯っているのみ。天をかすめる巨塔に、今は日本人の父娘しか居ない。
いや。
これから、第三の人物がやって来る。
マナは、十を越すモニタを前に、サイコシルバーの来訪を待っていた。
ニューヨーク某所・南郷宅。
陽は完全に落ちた。そろそろ、マナ一人でもシステムを完成させられる頃合いだろう。
サイコシルバーの目的は、計画の阻止では無い。“理想的な米国計画”の、システム乗っ取りだ。
それにはまず、マナがシステムを完成させてくれねばならない。彼女がシステムを完成させ、なおかつ、彼女のすぐそばに居る
全米――ひいては全世界の人々の感情と思考を、機械で管理する。そのアイディア自体を、サイコシルバーは否定していない。
サイコシルバーには、他人と言う生き物が、狂暴な肉食獣と同じにしか見えなかった。いや、畜生でさえ、無意味に同族を傷つけはしない。
野放図に群れる程に互いを殺し合う、愚生物。そんな愚かしい種であっても、誰もが幸福に生きる権利がある。
幸福の根源とは、脳反応だ。それを機械でコントロール可能であれば、是非とも行うべきだとは思う。
ただ、その管理者が乾浩司であってはならない。彼の動機それ自体が、そもそも人間という畜生の持つ汚点だからだ。
彼は、娘の安全と言う、個人的な願望の為だけに人類を統制しようとしている。
これでは、世界を支配出来たとしても、いずれ破綻するのは目に見えている。
私情に流されず、我が子も他人も同じように評価する精神性をもって、理想郷を管理する。それが出来るのは、乾ではなく、自分達である。
サイコシルバーは、そう結論付けたのだ。
「行こう」
南郷は、何かを振り切るように、力強く告げた。
ビリーはそれを、穏やかな笑みで見つめていた。
マナの為に。
ビリーの為に。
人々の為に。
南郷からは、ただただ真っ白な、思いやりの波動だけが
――この男と組めて、本当に良かった。
ビリーは今、間違いなく幸福だった。
ただ、
「……」「……」
二人は、同時に静止した。強張った顔を突き合わせ、息を殺す。
砂を踏みしめる、力強い足音が複数。はじめは空耳かと思われたそれが、一歩一歩、大きくなる。彼らは、玄関口まで来て、足を止めたようだ。
冷淡なノック音が、ひとつ。ふたつ。
みっつ。
「ミスター・ナンゴー。いらっしゃいますか? ミスター・ナンゴー」
文章こそ慇懃だが、明らかに敵意を滲ませた声だ。
「ポリスか」
「なぜ、俺の家に?」
「心当たりがありすぎて、わからん」
急いで軽口を交わすと、二人は示し合わせる事もなく、背中合わせに向き直る。
「俺が囮になる。ビリーは、予定通りに頼む」
南郷が、静かに告げた。
「捕まるなよ、アイジ」
「君こそ」
そして二人は、それぞれの方向に歩き出した。
ニューヨーク市警が、南郷邸になだれ込む。
雪の舞い散る、イブの夜。
ニューヨーク・マンハッタン市街は、サイレンと怒号に満ちていた。
「止まれ、止まれと言っている!」
ビルや店舗の白光、パトカーの青光・赤光を反射して、サイコシルバーが走る。
車から走って逃げるヒーローを目の当たりにし、人々は恐慌に陥っていた。
そんな中、ニューヨーク市警は、健闘していた。身体ひとつで、縦横無尽・自由自在に走り跳ぶサイコシルバーを、引き離される事無く追跡し続けている。
だが、あと一歩、届かない。何故なら、
【あと一キロ、そっちに逃げれば、ポリスはセントラルパーク動物園の守りを固めるはずだ。その時、西側が手薄になる】
今夜の相棒は、特に冴えているからだ。
【ただし、ポリスもそれくらいは理解している。動物園に紛れ込むのがフェイント、となれば、君の目的も自ずと看破される。リンカーン・トンネルからウィーホーケンに脱出する、と】
「俺がニュージャージー州に出たら、このポリス達は手柄を立てられなくなる。と言うことは、リンカーン・トンネルは完全に封鎖されているかな?」
【まず、突破不能な程に固められている。逆側のクイーンズ・ミッドタウン・トンネルも同様。と言うか、どこもかしこも塞がれているし、そもそも、君には引き返す余裕ももう無いだろう】
マンハッタンは、碁盤の目のように、規則正しく区分けされた街。また何より、河の中州にある島なのだ。単独犯の逃げ込む先など、限られてくる。
地理を完全に熟知した市警察は、流れるような連携でサイコシルバーの包囲網を構築しつつあった。
【おおっと、そこは素直に直進するんだ。左に曲がると、挟み撃ちにあう】
サイコシルバーは、相棒のナビを信じて突き進む。
確かに、待ち伏せがいたらしい。挟み撃ちを期待していた警官隊の足並みが乱れた。
「さて、しつこいようだが、リンカーン・トンネルは完全に封鎖されているな?」
【間違いない】
「よし、理想的な展開だ。このまま突っ切る」
【オーケイ】
サイコシルバーは、走る。背後から迫るパトカーが、明らかに自分の退路を囲みつつある事を感じながら。
まさしく袋のネズミ。ネズミは、袋の開け口から出ようともがく。
だが、出口にあるものは、封をされた袋小路か、さもなくば、ハドソンの大河だ。
サイコシルバーが選んだのは。
果てしなく広がる、漆黒の水面。
底なしの奈落を思わせるそれが、視界一杯に広がる。
振り返れば、赤と青の
ついに、サイコシルバーの前途は途切れた。パトカーから、雪崩れ込むように警官が吐き出されて行く。もう、手心を加える気は無いらしい。
どの警官も、銃を抜いて、サイコシルバー一人を狙い定めている。ヒーローからすれば無意味な豆鉄砲に過ぎないが、そうだとわかった時点で、警官達は銃に頼らずサイコシルバーを直接拘束するだけだろう。
それに、システムが乾の手に渡るまで、時間が無い。
「お前にもう逃げ道は無い! 抵抗を止めて投降しろ!」
サイコシルバーは、ゆるりと追っ手に向き直った。
「個人でニューヨーク警察をこれだけ集めたのは、俺が初めてかな?」
【どうだろう? 上には上がいるかもよ】
そんな、まるで危機感の無い対話の後。
サイコシルバーは、背後のハドソン川に飛び込んだ。パワードスーツを着た男の身体は、それはよく沈んだ。
「悪あがきを」
警官隊は、直ちに被疑者の捜索に走った。川に飛び込んだ所で、そう遠くまで逃げられるはずもない。
あるいは、観念して入水自殺と来たか。どちらも、やらせる気は無い。
確かに、異様な身体能力を持つクレイジーだったが、だからと言って、個人が市警から逃れる事など不可能。
すぐに、被疑者確保の報が届く事だろう。ポリス達は、勝利を間近に感じていた。
だが。
これ以降、このアメリカで、サイコシルバーの身柄は二度と見つからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます