第6話 スクールを浄化せよ!<前編>

 サンクスギビングの翌朝。

 マナはスクールに帰って来なかった。

 そして。

 アダム王もスクールから姿を消した。

 マナはともかく、KINGの休学は全校を震撼させた。

「本当に、どこにもいないのか!?」

「どこにもいない。マジだ」

校内SNSSBで、サーシャが告知してたよ。

 本当に、KINGは不登校だって!」

「オーマイゴッド。なぜだ」

「あのKINGが、感謝祭ボケでズル休みだなんて」

「馬鹿言うな。有り得ない」

「いや、わからないよ。

 俺、連休の間ずっと考えてたんだけどさ、正直最近のKINGはおかしかったよ」

「確かに、彼が頂点にいるのは当たり前で、彼が法律だと思ってた。

 けれど、スクールから離れて考えたら……ねぇ?」

「ちょっと、声が大きいよ!」

「オオウ、それもそうか」

「でも、一日無断欠席した奴が、二日目にはきっぱり登校してくるケースって、どれくらいだろうか?」

「明日も、明後日もKINGがいないってこと?」

「それも頭に置いておくべきだろう」

「想像つかない。今後、誰がみんなをまとめてくれるの」

「そりゃあ……」

 生徒達はしばし考え、

「……サーシャしかいないだろ」

「やっぱり、そうだよねー」

 いとも簡単に結論づけた。

「サーシャは必ず助けてくれるからね」

「そうそう。この前、ボビーが部活でしごかれて精神的にやられたのを、サーシャが親身に慰めてくれたって」

「あたしの友達のコニーも、KINGの取り巻きにいじめられてた所を助けてもらったって!」

 そして、声を潜めて、

「これからの時代は、サーシャかもね……」

 今日は、どこにいてもそんなやり取りが耳に入る。

 ビリーは、誰とも関わらず、口を閉ざしたまま、歩き続ける。




 二日目も、アダム王は登校しなかった。

「第一さ、何でKINGが登校拒否なんかに?」

 今日も、そこここで、KINGの話題が尽きない。

「やっぱり、ホームカミングからだよね。彼がおかしくなったの」

「何が面白くないのだろう。

 アメフトは、圧勝だったし」

「やっぱり、マリーさんが選挙に負けたことでやる気なくしたんじゃない?」

「まあ、KINGは明らかに彼女のことが好きだったしなぁ」

「何だよ。KINGも結局、女一人の為に狂う俗人かよ」

「幻滅」

「女って言や、例のビッチマナも感謝祭から出てきてないな」

「まさか、KINGと駆け落ち?」

「いやいやいや、それは無い。

 お前、マリーさん以外の女が選び放題の身分になったとして、わざわざ日本人娼婦と寝るか?」

「確かに、無いな」

「わからんぜ? 何せ一〇歳ごろからの大ベテランだ。

 熟練の技術で、KINGを落としたのかもしれん」

「まあ、それは確かに、他の女には無い強みだよな」

「にしても、あのKINGがねえ……」

「サーシャの男を寝取ったくらいだ。相当なタマだ」

「確かに、あのサーシャちゃんから男を横取りするなんて、あたしには無理」

「例のバスケ部コーチだって、辞める時はえらいやつれてたじゃん?

 これもビッチに搾り尽くされたとすれば、全てに辻褄があう」

「絶対、間違いない」

 そんな事を言い合った挙げ句、生徒達は笑い合う。

 そこに邪気は無い。

 彼ら彼女らに、KINGやマナを中傷する気持ちが欠片もない。

畜生アニマルどもが」

 だからなおの事、ビリーは、周囲の人間全てに対する嫌悪を抑えきれない。

 生徒達の中では、馬鹿げた噂が真実として根付いている。

 彼らの中では、マナを中傷する事に何の疑問も無いのだろう。

 少し考えれば、自分達がいかに道義にもとる発言をしているのか、理解できるはずだ。

 その思考すらも放棄したサルどもの姿が、これだ。

 これならまだ、理解した上でマナを陥れたサーシャの方が、人間らしく感じられる。

 少なくとも“サル回し”は人間だからだ。

 もとより、近しい人間の無垢なる悪意を直視しながら生きてきたビリー。

 そんな彼にとって、今のスクールは、毒の濃度が高すぎた。

「ヘイ、ターゲットがいたぜ!」

 張りのある、運動部員の声が、どこからか響き渡った。

 ビリーがその方向を見る。

 何のことは無い。

 アメフト部の二軍どもだ。

 ホームカミングでクリスに踊らされ、自分の器量を勘違いした挙句、アダム王に叩きのめされた負け犬どもだ。

 ――ひどいやつだなぁ、俺。

 ビリーは、彼らを内心であざけた事を、自省した。

 だが、我慢が出来ない。

 彼らが“ターゲット”と称して近づきつつある相手が、南郷だからだ。

「島国の小人。今日は、慎ましく生きてるか?」

 アメフト部員たちは、速やかに南郷を取り囲んで、逃げられなくした。

 ――試合ではトロ臭くて見るに堪えない動きだったくせに、こういう時は俊敏なんだな。

 ――卑しい命だ。そんな風に生まれ落ちたから、奴らは学業も部活も人生も二軍だ。

 ビリーはポケットに手を突っ込み、猫背で成り行きを見守る。

「なあ、聞いてるんだが?」

「ええ。分相応の生活をしていますよ」

 アメフト部員の太い腕を肩に回され、南郷は、しぶしぶながら応じた。

「そうかそうか、感心だな」

「ありがとうございます」

「それでは、今日のお前の“生存代金”を徴収するぜ」

「“生存代金”……ですか」

「お前が分相応に生きることを、オレたちが認可するための、税金みたいなものだ」

「ふむ。俺には難しくてわかりにくいですね」

「何でもいいから、三〇ドルをオレに渡せばいいんだよ」

 ――まいったな。

 ――これは困った。

 南郷とビリーは、ほぼ同時に、同じようなことを考えた。

 これが一度や二度で済めば、手持ちの金額で一日を乗り切れる。

 だが、アダム王の目が完全に無くなった今、何度こういう場面に出くわすかわかったものではない。

 南郷の財布も、無尽蔵に金を蓄えているのではないのだ。

 金で解決できるものならしたいが、身の丈以上の金が必要となると、そうもいかない。

 ――資金繰りが不可能なら、やる事は一つだな。

 ビリーは、ポケットに手を突っ込んだまま、猫背で、彼らの所へ歩み寄る。

「ヘイ、お前ら」

「あ? 何だお前――」

 代表して凄んできた奴にターゲットを定めると、ビリーはポケットに忍ばせたものを彼に突き付けた。

 グロック17――九ミリ口径の、オートマチック拳銃だ。

 それを顎に突き付けられたアメフト部員は、流石に表情を凍り付かせた。

 それまで口さがない噂をしていた連中も息を詰まらせ、ある者は悲鳴をまき散らした。

「お、おい……」

「お前ら、偉そうな事を言っても、

 結局“こう”されりゃ、何も出来ないんだろ」

 グロックは、プラスチック部位の多さが特徴の拳銃だ。

 弾丸は、たかだか九ミリ。

 四五口径のような威力本意の造りはしていない。

 だが、このゼロ距離から発射すれば、出来上がる物は牛のミンチか豚のミンチか程度の違いしかない。

「所詮は畜生アニマルなんだよ、お前ら。

 早い話、銃で制圧すれば、お前らの人生なんて簡単に掌握できちまう」

「あ……あ……?」

「選べよ。

 虎の威を借るつまんねー人生を生き続けるか、

 虎の威を借るつまんねー人生をここで終わらせるか」

「ま、ま、待ってくれ、撃たないでくれ」

「前者とみなすぜ」

「あ、ああ、だから、銃を下げてくれよ、お願いだよ」

「二度と、アイジに手を出すな。

 でなきゃ、夜道を安心して歩けなくなるぜ」

「わかっ、わかったよ! だから――」

「条件がある。

 お前ら全員、裸になって謝れ。次のように言ってな。

 “オレみたいな、人間様とチンパンジーとの合いの子で文明レベルの低いサルが調子こきました。

  普通にしてても花開く貴方様がたが妬ましくて、こんな事をしました。靴の裏をなめますんで許してください”

 ってな」

「ぇ、裸、って」

「出来なきゃその空洞のオツムぶち抜いて殺すぞ」

「わか、わかった、わかったよ! わかったから!」

「“わかりました”だろうが、チンパンジーの息子どもが。口の利き方も知らねえのか」

「わかりました!」

 そうして、アメフト部員達は、正直にビリーの言う事を聞いた。

「オレみたいな、人間様とチンパンジーとの合いの子で文明レベルの低いサルが調子こきました。

 普通にしてても花開く貴方様がたが妬ましくて、こんな事をしました。靴の裏をなめますんで許してください」

 言われた通り、この寒空に肌をさらして南郷にひざまずくアメフト部員達。

 その様子を、南郷は携帯のカメラで撮影。

 何故なら、ビリーはグロックを持っていて、携帯電話を操作できないからだ。

 かしゃり、と、作り物臭いシャッター音。

「行ってよし。

 お前らのお仲間どもにも伝えな。

 アイジに手を出すなら、脳天ぶち抜かれる覚悟で来な、と」

 寒さと恐怖に打ち震えるアメフト部員達に、恩赦を下した。

 ビリーが、とりあえずグロックを下げると、アメフト部員たちは這う這うの体で逃げ出した。

 蜘蛛の子を散らす、とはこの事を言うのだろう。

 いかれた男子生徒が、拳銃を持ち出した。

 その事実に、他の生徒達も恐慌に陥り、スクールは混沌の渦中に飲み込まれた。

 そんな中、南郷は、当たり前のようにビリーへ近づいて、

「こんな事もあろうかと、用意しておいたよ」

 蛍光オレンジの塗料を、彼に渡した。

「さすが。アイジは気が利くな」

 軽々にいうと、ビリーは塗料を受け取る。

 そしてそれを、銃口に塗り付けた。

 銃社会アメリカにおいて、実銃とおもちゃの銃トイガンを見分ける為の印が、このオレンジ塗料だ。

 逆に言えば、おもちゃの銃の銃口マズルにこれが塗られていなければ、それが実銃とみなされても文句は言えない。

「本当に、日本製のトイガンは、病的なまでにリアルだよな」

 かつて南郷にプレゼントされた模造の拳銃を、ビリーは嬉々として見つめる。

 銃刀法により銃が所持できない日本だからこそ、作り手や所有者の憧れが反映されるのかも知れない。

「露払いは出来たろうが、これで俺も、前線スクールから離脱せざるを得ないだろうな。

 すまん、アイジ」

 ビリーは、ちょっとした不手際を詫びるように言った。

 実際にはモデルガンだったとは言え、銃で他者を脅した罪は、重い。

 最低でも、停学処分は免れまい。

「ありがとう、ビリー。そして、すまない」

「アイジが気に病む事は無い。

 トイガンが無ければ、親父の実銃を使って同じことをしただけだ」


 マナに続き、ビリーまでもがスクールから姿を消す事となった。

 南郷は、一人になった。

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