ホームカミングを戦え!<中編>

 ホームカミング三日目。

 “白の水曜日”と呼ばれる日がやってきた。

 この日は、ある程度のイタズラが黙認される日だ。

 トイレットペーパーを樹に垂らしても、

 色とりどりのゴミを撒き散らしても、

 部屋一杯に風船を敷き詰めても、

 学校職員や警備員達は、何も言わない。

 

 アグネス・キンバリーが自室に戻ると、色とりどりの風船が敷き詰められていた。

「……ありふれた手法」

 腰に手をあて、呆れたように微笑む。

 誰が犯人かはわからないが、風船をどけるとヒントになるものが見つかる。

 それを頼りに仕掛け人の友人を見つけて、

 ゲラゲラ笑いながら、ハグをしあうのだ。

 面白味は無いけど、かわいらしい。

 アグネスは、風船を廊下へかき出しながら、微笑みを噛み殺す。

 そして、

Grrrrrrrうがーっ!」

「!?」

 風船をどけて、ようやく床が見える。

 そう思ったら、風船に埋もれて横たわっていたらしい誰かが野生を叫び、アグネスに詰め寄って来る。

 あまりの不条理に対し、アグネスは悲鳴すら出ない。

Grrrrrrrガァァァァ!」

 猛犬のように吠えるのは、ほっそりとした体格の男だ。

 しかし、

「ひ……!?」

 アグネスは、辛うじて悲鳴を漏らした。

 詰め寄る男は、顔中、血で染まっていた。

 また、所々、ただれて腐り落ちている。

 眼球は薄汚く白濁しており、瞳がおぼろげにしか見えない。

 ――こ、コスプレだ、メイクだ、偽物だ!

 アグネスの思考の、論理的な部分は、すぐにそれを見抜いた。

 だが、その仮装の力の入りように寒気がした。

 自分を殺した仇でも食い殺さんとする迫真の演技に、完全に気圧された。

 この仮装者、遊びなどではない。

 命懸けにも近い迫力だ。

 何でこんな下らない事に、そんな全霊を賭しているのかは理解できないが、とにかくマジすぎて恐ろしい。

「嫌、来ないで……!」

 ついに、ドッキリの可能性を頭から消して、懇願してしまう。

 これがドッキリだとすれば、良い笑い者だが、そんな世間体はもうどうでも良かった。

Grrrrrrrぐぉぉぉぉ! じんにぐ……人肉食わぜろォおぉ!」

「たす、助けて、マリー! 」

 その痛切な悲鳴は、楽しげな喧騒に満ちた廊下を迸った。




 友人の窮地に駆け付けた女帝は。

 呆れと蔑みの入り交じる瞳で、ビリー・アハーンを見ていた。

 ゾンビの仮装をし、彼女の配下であるジョック二名に拘束された、哀れな抜け作を。

「……感想を訊いても?」

 未だゾンビ顔のビリーが、女帝に向けて、とぼけた口をきいた。

「……見事というしかありません。

 メイクの技術に限って言えば」

「ハリウッド、目指せます?」

「演劇部にほしいくらいです」

「光栄だ」

 事実、演劇部長マリーとしての彼女は、ビリーの事を喉から手が出るほどほしいと思った。

 ドーラン(油性のおしろい)の加減が絶妙だ。

 血の気を消し、それでいて有機的な質感を損なわせていない。

 アイシャドウで死んだ目を効果的に作り、瞳を濁らせるためのカラーコンタクトも、元々の眼球の色と見事に調和している。

 血糊の色合いも見事だ。

 実際に、乾きかけた血液と全く同じ色彩を再現している。

 歯の汚れ、薄ら浮かぶ静脈、爛れ下がった肌、髪の汚れ、腐り落ちそうな爪……。

 ゾンビとなる事に対して病的な執着でもなければ、ただの学生が到れる境地ではない。

 単にアグネスを脅かすのであれば、普通の格好で風船の中から飛び出すだけでもよかった。

 それをビリーは、不必要なまでに凝った仮装と鬼気迫る演技で、アグネスに対して、より深い恐怖心を抱かせたのだ。

 今回、ビリーは、たまたま特殊メイク技術が必要になっただけだ。

 それも、アグネス一人に対し、おまけ程度の恐怖を与える為に。

 今後、必要が無い限り、この技術が日の目を見る事は無いだろう。

 こんな、必要と感じるごとに技術を会得してゆく人間なら、他のどんなスキルでも会得してしまうに違いない。

 役者としても、磨けば輝くに決まっている。

 マリー演劇部長としては、是が非でも欲しい。

 が。

 女帝として、未だスクールの女生徒を束ねる者としては、話が別だ。

「釈明を聞きましょうか、ウィリアム・アハーン」

 南郷に処刑される以前よりは、大分体温の感じられる声だが……。

 それ故に、ビリーに対する、生の敵意が感じられた。

「釈明だなんて、いやだな。

 今日は白の水曜日でしょ?

 みんな、今日だけは、息をするようにイタズラしている」

「無秩序が容認されるにしても、限度があります。

 接点の薄い男子生徒が自分の部屋に潜み、あまつさえ尋常ではない形相で迫って来れば、その女子はどう思うか。

 想像できないのですか」

「へぇ。

 イタズラモレストの日でもないのに、ガチの性犯罪者モレスターを仕向ける事に比べれば、俺のした事なんて、空気読めない悪ガキレベルだと思いますがね。

 女帝陛下」

 珍しく、ビリーも声にトゲを含ませた。

「見当違いな逆恨みで、意趣返しでもしたつもりですか」

「違うね。

 俺はただ、アンタを少し助けただけだ」

「私の友人を脅かし、泣かせたことが、助けですか」

 女帝にとっても、サイコシルバーは、家族を人質にしてきた卑劣漢。

 特に、南郷愛次とは金輪際、接点を持つ気が起きなかった。

 だが、

「アグネスは、俺の脅かしに対して、アンタに助けを求めた。

 だから俺は、こうしてアンタに逮捕されている」

「見ればわかる事です」

「これでアグネスは、女帝を裏切れなくなったわけだ。

 最近の彼女、サーシャとも仲良くしてたよね。

 仮にクーデターが起きても、アンタの下を離れてサーシャにも付けるように。

 風見鶏と言うやつだ」

「……」

「俺のゾンビ芸で身の危険を感じたアグネスは、アンタに助けを求めた。

 女王選を目前とした、この時期にね。

 舌の根も乾かないうちに、アンタを裏切れるはずはない。

 もし俺のこの読みが外れ、彼女がサーシャの下についたとしよう。

 だが、サーシャが、不義理を働いた人間を自分の重鎮サイドキックスにする事はあり得ない。

 少なくとも、サーシャ側に寝返ったとしても、今以上の立場は望めなくなったわけだ。

 例え、アンタが女帝の地位を追われようとも、彼女はアンタの手下で居続けるしかない。

 サーシャの下で、下っ端にされるくらいならな」

 アグネスもまた、公爵。

 その彼女一人が女王選でどちらに付くかは、大きな影響力を持つ。

「今のゾンビ芸は、俺からアンタへの前払い金だ」

「やはり、私と取引を?」

「その通り」

「私とサイコシルバーの利害が、何らかの形で一致したのですね。

 もしくは、サーシャと利害が競合したか」

「そうでもなければ、俺だって、わざわざアンタと関わりたくない」

「その一点においては、共感できます」

「なら、申し出を受けてくれる?」

 女帝は、ビリーの肩越しに遠くを見据えた。

 ビリーの申し出を咀嚼そしゃくし、一考しているらしい。

「……共闘は、お断りします」

 女帝にしては、長時間検討してやった方だった。

「やはり、家族の身を盾に脅してくるようなマフィアなんかと、協調するなどできません。

 あなたはまだ、あのマフィアの件には直接関係なかったから、話だけでも聞いてあげたのです」

 ――上出来。

 ビリーが、内心でほくそえんだ。

「そして、あなたがたの利害は、私の女王選勝利に絡んでいる。

 確かに利は一致しますが、それで私があなたがたに協力する理由はない。

 サイコシルバーが、一方的に、私の利に自分の利を見ただけのこと。

 そしてそれはどうやら、今すぐ対処を要する緊急のものではなく、長いスパンで見た利害なのでしょう。

 今がなりふり構えない状況であれば、また先日のような実力行使で私を従わせるはずですから。

 わざわざ、私の機嫌を取りにきている、今のあなたの姿が良い証拠です。

 となると。

 裏を返せば、サイコシルバーがこうむる害は、私には関係ない。

 ならば、私が今、譲るべき事は何一つない。

 私とサイコシルバーとの関係はこれまでと変わりません。

 私はサイコシルバー追及の件から手を引き、場合によってはマナを守らなければいけない。

 サイコシルバーが、自分の利のために私を助けると言うのであれば、勝手にそうすればいい。

 私は、彼には一切逆らいませんので」

 ビリーは、ひゅ~、

 と、わざとらしい口笛を吹いた。

 ――交渉成立。たいへんよくできました。

 サイコシルバーが女帝を助ける事を邪魔されないだけで、御の字だ。




 “伝説のKING”クリストファー・ヘイルが通れば、皆が振り向く。

 まして彼が奇怪な行動をしていれば、噂を聞きつけて飛んでくる者も少なくはない。

 その廊下は、既に人通りも困難な人垣が出来上がっていた。

 そんな中、

「あの、ヘイルさん! 何をなさっているのですか?」

 一見して、清楚で慎ましやかな女子生徒が、大胆にも切り込んだ。

 クリスはゆっくりと振り向き、その甘いマスクで彼女に微笑む。

「今日は“白の水曜日”だろう?

 OBの私も、久々に参加したくなって」

 彼は、壁に何かを貼り付けていた。

「昨日の演劇……“覇王の鞘”! あれは感動した。

 君もそうだろう?

 それで触発されてしまって、こんなものを」

 そうしてクリス王は、身をそらして、自らの死角になっていたものを見せる。

 彼が今しがた、壁に貼り付けていたのは、ポスターだ。

 US1sheet(縦・一〇一センチ x 横・六八センチ)ものそれは、サイズも内容も映画ポスターのそれだった。

 軍師セシルが憂いを帯びた面持ちで、それでも前を見据える姿。

 その背後には、覇王イルメンガルト七世を筆頭に、他国に攻め入るラグールの軍勢。

 ただの炎ではない……生々しい“戦火”を表現した火に装飾され、戦死した亡骸が、ポスターを通して臭い立つほどの質感を伴っている。

 先日、演じられた“覇王の鞘”を見た者は、各々に好きなシーンを想起し、ある者は涙さえ浮かべた。

 あの時の熱意が、今再び、生徒達の中に蘇る。

 それほどまでに圧倒的なポスターだった。

「粗いけど、私が作った。

 どうせ風船だの紙切れだのを撒き散らすくらいなら、このポスターをスクール中に貼りたい。

 壁や窓が見えなくなるほど、みっちりとね。

 そして、皆とあの時の感動を、再び分かち合いたいんだ」

 そうしてクリス王は、自分の傍らに置いてあった段ボールを指した。

「よければ、ここに居る皆に、協力してほしいんだが。

 このビッグな一大イタズラを、実現するために!」

 オオーッ!

 と雄たけびを上げ、群衆はたちまちポスターを奪い取り、クリス王に倣う。

 覇王の鞘を見た時の、

 サーシャ・アベリナ演じるセシル軍師を見た時の、あの気持ち。

 誰かと分かち合いたくても、感想を言い合う以上のアクションが出来なかった、モヤモヤ。

 それを、この“イタズラが容認される日”に、熱気ある形で共有させてくれたクリス王。

 何百と言うアインソフ・スクールの生徒が、迷う事は何も無かった。

 校舎のありとあらゆる場所が、サーシャの顔で埋め尽くされてゆく。




 ダンは走る。

 足の筋が切れてもいい。

 肺が破裂しても構わない。

 ――それでも絶対に、あいつを捕まえてやる!

 それだけの覚悟を胸に、走る。

 “覇王の鞘・非公式ポスター”が野放図に張り巡らされた景色を振り切りながら、走る。

 それでも。

 競走という行為は、こうも残酷なものかと、彼は生まれて初めて思い知らされた。

 どれだけ全霊を込めて走っても、自分より速い奴を追いかけたところで、追いつけるはずがない。

 彼とてバスケットボール部のエース選手だ。

 フィジカルの強さが、一朝一夕で覆ることなどあり得ないと、常々思い知らされている。

 遅筋と速筋の発達度合、スタミナの有無、通行人や障害物の存在など。

 逆転の要素は、いくらでもあるはずだった。

 だが、今、ダンが追いかけている、銀色のヒーローもどきは、次元が違った。

 ダンという一人の男が、“大事なもの”の為に人生を賭して追い縋ってですら叶わない、身体能力の格差があった。

 だが。

「返せ、返しやがれよ!」

 叫ぶ余力などもう無いのに、ダンは声を振り絞る。

 ヒーローは、ダンにとって絶対やってはいけない事をしてしまった。

 絶対、盗んではいけないものを、盗んでしまった。

 ドリームキャッチャー。

 輪状の網に、鳥の羽の飾りが九つも下げられた、お守りだ。

 輪の内周は蜘蛛の巣状に編み込まれており、精緻で美しい。

 ダンの故郷――カナダに居を持つ先住民族“オジブワ族”に伝わる伝統的な魔除けであり、

 彼の母が、息子をニューヨークに送り出す日に持たせた、この世の何よりも尊い品なのだ。

 いくら今日が“白の水曜日”であり、最後には返すつもりであったとしても、

 していい事と悪い事がある。

「殺す! 捕まえたら、殺してやるぜ!」

 火事場の馬鹿力と言うべきか。

 使い古された表現だが、ダンは今、身をもってそれを感じずにはいられなかった。

 身体のバネに加わるパワーが、どんな試合の時よりも強い。

 自分の身体では無いみたいに、凄まじいスピードとパワーが湧き上がってくる。

 胸と喉が刺されたように痛いが、気にならない。

 心なしか、あの銀色のヒーローもどきとの距離が、少しずつ詰まってきたようにも思え――、

 しかしヒーローは、更に速度を上げた。

 どうやら、本気では無かったらしい。

 これだけ、限界を超えて追いかけているのに、奴の背中がどんどん遠ざかっていく。

 一瞬にして刈り取られた希望。

 ダンは足をもつれさせかけ、だが、どうにか踏みとどまる。

 そしてまた、諦めずに走る。

 走るが、現実は、全く追いつけない。

 ――ごめんよ母さん……オレ、家にどんな面下げて戻れば……。

 スコールを浴びたような汗に紛れて、ダンは涙した。

 ニューヨークに来て、心も体もこんなに強くなったのに。

 鍛えられたこの体で、誰よりも命がけで走ったのに。

 絶対に取り戻さないといけない物があるのに。

 あんなふざけたヒーローもどきに、少しも追いつけない。

 ダンの心は、既に折れそうになっていた。

 そして、

「止まりなさい!」

 彼が追いかけている先で、女の鋭い声がした。

 銀色のヒーローは、何と、あっさりと立ち止まってしまった。

 その上、――アメフト部あたりだろうか――屈強な肩幅の男が五人、ヒーローを包囲してしまった。

「何が、起きた?」

 ダンもまた力尽き、しかし、立ち止まることなく、ヒーローめがけて歩き続ける。

 ヒーローと相対しているのは……“女帝”マリー・シーグローヴだった。

「見下げ果てたものですね、サイコシルバー。

 意図はわかりますが、誰がそこまで下衆な真似をしろと言いました?」

 ダンの魔除けを握ったまま、サイコシルバーは肩をすくめた。

「ビリーに対して“勝手にしろ”とおっしゃったそうですが」

「この世の“してはならない事”の全てを教え込まなければならないほど、あなたは子供だったのですか」

「これだけの“想い”がこもった品であれば、奪われた時に生じる感情の変動は大きい。

 また、それを取り返した時の変動も、ね。

 バスケ部の有力選手である彼は、女帝に対して、一体どれだけの感謝を抱くでしょうかね」

 最後の一言だけは、女帝の鼓膜のみを振動させるよう指向性を持たせた。

 女帝は一瞬、怖気が走って血の気を失ったが。

 一歩一歩を踏みにじるように歩き寄ると、サイコシルバーから魔除けを奪い取った。

 それを確認したサイコシルバーは、途端に跳躍。

「ま、待ちやがれ!」

 ダンの制止も遅く。

 サイコシルバーは宙を華麗に翻り、サーシャのポスターごと窓をぶち破り、外へ。

「四階だぞ、死ぬ気か!?」

 女帝の取り巻きが慌てて追いかけるが、もはや手遅れ。

 だがサイコシルバーは、ネコのように何ごとも無く着地すると、迅速に姿を消してしまった。

「……」

「……一体、どうなって」

 誰もが呆気に取られる中、女帝は、取り戻した魔除けを手に、ダンへ歩み寄る。

 マッチポンプ。

 そんな言葉が、女帝の脳裏に浮かぶ。

 恐らく今日、サイコシルバーは、女帝が“活躍”できる場をあちこちで作るに違いない。

 この魔除けを、ダンに返す。

 今、彼女がすべき、至極当たり前の行為さえも、サイコシルバーの作為。

 この状況で魔除けを返さないなど、あり得ない事だ。

 だが、魔除けを返すという行為は、ダンの弱みに付け込んだ売名行為でもある。

 サイコシルバーは、それを拒否する選択肢すら、女帝に与えない。

 あれはやはり、善意の味方などではない。

 サタンだ。

 女帝は、改めて反芻はんすうした。

 だが、彼女にはもはや、サイコシルバーをどうこうする事は出来ない。




 あちこちで、イタズラ騒ぎが乱発する校舎内。

 一人の男子生徒が、携帯電話の震えを感じた。

 メールが来ている。

「……僕に何か、トリックが仕掛けられたのかな?」

 期待半分、身構え半分。

 彼は、受信したメールを開いた。

 ……。

「何だ、拍子抜け」

 彼は、がっかりした様子で、小首をかしげた。

「どんな内容だったんだい」

 連れの男子生徒が、携帯の画面を覗き込む。

「見ての通りさ。単なる“SephirothicBranch”(以下SB)のお知らせメールだったよ」


 SephirothicセフィロティックBranch・ブランチ……SBというのは、ウェブ上の日記のようなコンテンツの事である。

 ただし、世界中の誰もが閲覧できるものではない。

 このスクールの生徒や関係者のみにアカウントが発行される、閉ざされたネットワークなのだ。

 このSB、半年前までは、どこの学校にでもあるような“みんなの掲示板”に過ぎず、誰も見向きしていなかった。

 それがある日突然、様変わりした。

 近年普及した“ブログ”の形態をとり、画像や音声、動画までもを気軽にアップロードできる機能が新設されていた。

 またSBには、他生徒や関係者が更新を行うと、各々のトップページにそれが並んでいくという機能がある。

 つまり、自分の書いた記事が、他の友人の目に、いち早く触れるような仕組みになっているのだ。

 その上、私はこの記事が好きです――いわゆる“Like”という評価がワンクリックで出来る。

 Likeの付与もまた、他の生徒のページに知らされる。

 Likeが多い記事は、人気の記事。

 ますます、スクール中に、伝えたい情報が伝播でんぱしていく寸法だ。

 半年前、スクールではSBへのアクセスが爆発的に増加した。

 日常で見つけた小さな事件を触れ回りたい。

 ちょっとしたチャレンジを見て欲しい。

 映画で受けた感動を分かち合いたい。

 馬鹿なイタズラをやって注目を浴びたい。

 これまで、一人一人が感じていた、ほんの小さな欲望を、SBは叶えてくれたのだ。

 これまでの“インターネットとは視野を広くする為のもの”という認識とは逆。

 あえて会員制として視野を狭め、知人のみに情報発信を行う事で、内輪の関係を今一度強化する。

 今から数年後に“SNS”と呼ばれるコンテンツの原型が、人知れず、このスクール内では誕生していたのだ。

 今や、スクール内での話題作りに、SBは欠かせないツールとなっていた。

 誰一人、このSBが“オーパーツ”である事には気づいていない。


 ここの生徒にとっては、それほどまで当たり前の存在となったSBである。

 今更、お知らせメールが来たところで、目先のお祭り騒ぎに比べれば些細なことだ。

 確かに、今回の“白の水曜日”もまた、SBで分かち合いたいネタの宝庫と言える。

 だが、今すぐにアクセスする必要はどこにもない。

 そのはずだった。

「でも……おかしいな、この手のお知らせメールはウザいから、発信されないように設定したんだけど」

 不意に、メールを受け取った男子生徒が怪訝な顔をした。

 SBで何かしらの――自分の記事にコメントが来た等――の動きがあった場合、メールで通知してくれる機能がある。

 大抵の生徒は、言われるまでも無くSBのチェックをこまめに行っているため、この男子生徒のように、鬱陶しがって機能をオフにする者が多いのだが。

「待てよ、俺のとこにもメール来てる」

 連れの男子も、自分の携帯電話を取り出して言った。

「おかしいな。俺も、お知らせメールは拒否してたはずなんだ」

「サーバー側の不具合かね」

「かもな」

「それで、君の書いた、どの記事がウケたって言うんだい」

 この二人は、お世辞にも魅力的な記事が書けるタイプではない。

 友人でも、わざわざコメントを寄越すような事は稀だ。

 それが、互いに小さな好奇心を生んだ。

「……強いて言えば、ダンスパーティの時の夕飯レポートくらいか? 今、確認するよ」

 そして。

 二人の怪訝な顔がさらに深まり、

 怪訝な顔が、驚愕で塗り替えられるのに、数秒とかからなかった。

「何だこれは!?」

 携帯に映し出された見出しは、こうだ。

 “過ぎたイタズラ! アグネスを襲ったゾンビ、女帝に成敗される”

 “今年はどうなっているのか!? 卑劣な盗難事件を、女帝が解決”


 


 今日、マナは自室のパソコン前で、ほぼ半日拘束される事となった。

 南郷の頼まれごとをこなすためだ。

 せっかくのホームカミングを一日、それも楽しい“白の水曜日”を棒に振る頼みではあったが……彼女には苦ではない。

 南郷に頼られ、こんな些細なことでも、サイコシルバーに関わらせてもらえた喜びが勝ったのだ。

 SBを運営するサーバにアクセスし、全生徒の“お知らせメール機能”をオンにする。

 そして、架空の生徒のアカウントを作り、サイコシルバーから渡された何らかの記事(暗号化された文)を、そのまま貼り付けて発信する。

 (中身を見るな、と言われているので、どんな記事なのかはわからない。マナ自身がSBをチェックする事も禁じられている)

 ただそれだけの、単純な仕事ではある。

 相変わらず、サイコシルバーには、活動の大事な部分を教えてもらえない。

 ただ、内容もわからない指示を、淡々とこなすのみ。

 それでも、端っこに掴まる事を許してもらえただけでも、大きな進歩に違いない。

 何も知らないマナは、自然と微笑を浮かべてしまった。

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