ホームカミングを戦え!<後編>

 〇時。

 日付が変わった。

「悪ガキども! 白の水曜は、今を持って終わったぞ!」

「一〇数えるまでに、自室に戻れ!」

 水曜日の呪縛から解き放たれた警備員達が、廊下でわめきはじめた。

 だが、大人達とて、手を出せない部屋がある。

 そのうちの一室が、アダム・ダフィの部屋だ。


 ドアの向こうの捕り物をうるさく思いながらも、

 アダム王とクリス王は、薄金色のシャンパンで一献交わしていた。(未成年のアダム王に気を利かせ、ノンアルコールだが)

「騒がしいものだ」

 アダム王は、んだ様子で漏らす。

「そこの廊下の事か、君が手にしている携帯の中の事か」

「無論、後者さ。

 耳障りな音は、心頭滅却で消せる」

「神経を怠けさせると言う事か」

「あんたには理解できない、繊細な精神修練だ」

 そう言うと、アダムはクリスに携帯電話の画面を見せた。

 インターネットでSBにアクセスしている。

「見ろ、これを。元クイーンが火種をまいた余波だ」

 スクール内限定のネットワークコミュニティ・SBは、過去最高に燃え上がっていた。

 アグネスへのゾンビ襲撃事件に始まり、ダンの魔除け盗難事件、

 礼拝堂での偽死体発見、

 カフェテリアに一〇八匹猫ちゃん放逐事件、

 中等部寮立てこもり事件。

 謎の揮発性薬物発見事件。

 爆発物もどき発見事件。

 ……ほか、多数。

 例年に無いほどの、度が過ぎたイタズラが、多発した水曜だった。

「警察沙汰にならなかったのが、不思議なくらいだ」

 クリスが、他人事のように言った。

「マリーとその手下が、全て解決したからだ」

「良かったじゃないか。選挙前に支持率を稼げた」

「下衆どもめ。

 貴様らがサーシャ・アベリナを唆さなければ、マリーが選挙のために動く事は無かった。

 サイコシルバーが、マリーのお膳立てにこんな事件を起こす事も無かった」

 事件が起こる度、全校生徒の誰かがそれを配信する。

 女帝が颯爽と現れ、そのことごとくを解決したところまで、全て。

 ダンやアグネスをはじめとした被害者達が証言の記事やコメントを書き込み、それが結果として、事実を裏付けた。

 生徒達は、一種のライブ感とも言うべき興奮を共有し、心をひとつにした。

「今年の水曜日は、過去最高に盛り上がった事だろう」

「ふざけるな。無秩序にも程度がある。

 それすらもわからないほど、脳が鈍麻したのか」

「無秩序、か。

 ならばそれこそ、秩序の象徴たるKINGがおさめれば良かったのでは?

 それをしなかった君の怠慢こそ、糾弾に値すると思うが」

「……」

 アダム王は、反論しなかった。

 実際には、クリスの言うことは間違いである。

 アダムもまた、サイコシルバーの狼藉に対しては対処していた。

 だが、下手人の二人ともが、逃走の天才であったらしい。

 まるでアダム王の心を読んでいるかのような、芸術的な撤退ぶりであった。

 ――神はなぜ、ろくでなしに二物も三物も、才を与えるのか。

 結局、最後まで捕獲がかなわなかった。

 そんな二人組に、二ヶ所で事を起こされれば、二班以上で対処せざるを得ない。

 南郷にしろビリーにしろ、どちらか片方の暴挙を止めている間、もう片方は別の誰かに止めさせるしかない。

 その上、サイコシルバー以外の生徒からも模倣犯が多数出現したのは言うまでもない。

 無論、別動隊を編成して対処させればアダム王単独で全てを鎮圧できたのだが……。

 アダム王は、あくまでもサイコシルバー捕獲にこだわった。

 兵力の分散など、意地でもやらなかった。

 そして、自分の指揮下から人材を引き離すくらいなら、女帝を別動隊として使う方が頼れた。

 女帝に支持率を稼がせると言う、サイコシルバーの狙いに乗ったのも、事実ではあるが。

 アダム王からみれば、サーシャは、マリーよりも女帝として見劣りする。

 惚れた女への欲目ではなく、冷徹な統治者としての見解だ。

 女生徒の統率は、マリーにさせるのが最善と考えているのだ。

 とにかく。

 アダム王は、戦略的には最善の手を打った。

 ただ、全ての現場でサイコシルバー達を逃すと言う、戦術的な敗北を重ねた結果がこれだ。

 しかも、半分はサイコシルバーの策にわざと乗った事実もある。

 だからアダム王は、クリスに反論するのをよしとしなかったのだ。

「愛しのマリーへの点数稼ぎをさせてあげたのだよ。感謝してほしいくらいだ」

「挑発のつもりか」

「それにもう一つ、今回の事で、君には有益な事がわかったろう」

 気に入らない。

 アダムはただただ、不満を募らせる。

 確かに、今回、あれだけ派手に立ち回ったサイコシルバーからは、色々な判断材料が得られた。

 だが。

「それがどうした。

 今の俺が関心を持つのは、あのふざけたコンビを、正面から捕獲する事だけだ」

「ふむ? 明日の――いや、正確には今日のか――“勝負”は、眼中に無いと?」

 クリスが、また、無垢で意地悪く微笑んだ。

 在校生とOBによる、アメフト交流試合の事だ。

「どうかな。

 貴様次第で、俺が本気になれるかが決まる」

 当然、スクール側からは、アダム王率いるアメフト部が出陣する。

 OBからは、クリスが出る。

 新旧KINGの対決、と言う事だ。

 しかし、

「そうそう。

 急なようだけど、私のチームからは、この学校の二軍を借りる事にしたから」

 アダム王の渋面が、深みを増した。

「いや、忙しくて、OB仲間があまり捕まらなかったんだ。

 すまないな」

 白々しい。

 一チーム(最低一一人)を編成出来るような、大規模な根回しをしておいて、アダムの耳に入らないはずがない。

 アダムは、クリスの二軍部員抱き込み工作を、とうの昔に察知していた。

 それでも。

 試合に出られない二軍が、伝説のKINGに率いられて陽の目を見るのは、一つのドラマに違いない。

 それを妨害すればKINGとして以前に、主将としての沽券に関わるので、黙認するしかなかったのだ。

 劣る兵力を率いて、アダム王率いる一軍を下す事により、KINGの求心力を落とす。

 そんな狙いが、見え透いている。

 いや、クリスの狙いがアダムより先にサイコシルバーを倒す事だとするなら、それ以外にも思惑があっての、この挑戦だろう。

 アダム王はそう読んでいる。

 とにかく、アダムは絶対に負けられない土俵へ引き上げられた事になる。

 それでなくとも、この鼻持ちならない先輩にアメフトで負けるなど、アダム王の中ではあってはならない事だった。

「大差で負かしてやる」

「それは楽しみだ。改めて、乾杯」

「さしずめ貴様は道化だ。せめて、滑稽にあがいて俺を楽しませろ。

 乾杯」

 二人のKINGは、静かにグラスを打ち合わせた。




 空は、幸いにも快晴。

 日光を浴びて、微妙な陰影を帯びた芝の上、両雄、向き合う。

 黒いユニフォームの一一人と、

 白いユニフォームの一一人とが横一列に並んで。

 黒チームは、アダム王率いるレギュラーメンバー。

 白チームは、クリス率いる、二軍部員。

 アダムの配下は、いずれもターミネーターのように無表情。

 対するクリスの率いる二軍部員は、目に見えて顔が強張っている。

「大丈夫だ。君達は、優秀だ」

 クリスは、憚る事無く言い切る。

 やや誇らしげに頷く二軍もいた。

「お前らがなぜ、二軍から一軍へ這いあがれないのか。

 それを今から教えてやろう。

 そのペテン王に吹き込まれた夢を、粉々にする事でな」

 アダムもまた、堂々と言い放った。

「双方、私語はそこまで」

 アダム王の軍師ヘッドコーチが、殺気立つ両者に割り入った。

 今回の審判を務めるのは、彼だ。

「これよりコイントスをする」

 まずは攻守の決定だ。

 コイントスで勝ったチームに、選択権が与えられる。

 裏ならば、アダム王のチームが、

 表ならば、クリスのチームが最初の攻守を決める。

 コインが、投げられた。

 四方の観客席から、大勢、息をのむ気配が伝播してくる。

 審判、コインをキャッチ。

 慎重に、コインの向きを見て。

「表だ。

 クリストファー氏、キックかレシーブの選択を」

 アメフトのキックオフでは、守備側がはじめにキックを行う。

 レシーブを選択したチームが、最初の攻撃権を得るという事だ。

 つまり、定石から言えば、レシーブを選択する事が多いが、

守備キックにします」

 クリスは、いっそ邪気の無いような笑みで、即答した。

 アダム王の顔が、また不機嫌にしかめられた。

 もっとも、コインが裏だったとしたら、アダム王もクリスと同じ事をしたのであろうが。

 白組の背番号12番の選手(以下、白12)が、クリスに優しく肩を叩かれる。

 それが合図となったかのように、白組は横一列に並ぶ。

 白12が、ゆっくりと前に出た。

 彼がボールを蹴るまで、誰一人、五ヤードのラインから動いてはならない。

 自分のキックが、凍りついた時を動かす。

 その事実に万感を込めて、白12は走った。

 キック。

 低く乾いた打撃音と共に、アーモンド型のボールが天に舞い上がった。




 アメフトの会場には、もうひとつ、見所がある。

 女子応援団……チアリーダーの応援パフォーマンスである。

 白と青を基調とした、あでやかなユニフォームを着て、ミニのプリーツスカートを穿いた一団が、クリス率いる白組を鼓舞する。

 前列中央で、ボンボンを両手に持って舞うのは、リネットだ。

 ユニフォームによって、そのすらりとしたボディラインが強調されている。

 それが一層、舞を流麗なものにしている。

 リネット自身が歴戦のチアリーダーである事は疑いようもない。

 だがそれ以上に目を引くのは、彼女の周囲で同じように舞う、美女の一団だ。

 白人、黒人、そして二人ばかりのアジア人も見られる集団。

 人種も違えば、背丈も体格もそれぞれ違う。

 なのに、その彼女達の動作は、コンマ秒の誤差も無く揃っていた。

 全員が神経回路を共有しているかのようだ。

 統率の美。

 調和の美。

 リネット一人だけが洗練されていても、それは実現できない。

 一〇余名のチアリーダーが、学園生活の大半をリネットに捧げた。

 そのチームは、社会人となった今でも存続し、慈善活動を通して、女達の絆を強固に保ってきた。

 学生から大人へとなる、時の流れすらも凌駕した、“誰かを鼓舞する”という事柄を極めた群体。

 完全無欠の同期舞踏。

 彼女らの人生の結晶とも言える至高の応援が、KINGに抗う二軍チームにのみ捧げられる。

 リネット率いる応援部隊の成り立ちをしらない二軍達だったが、それでも士気は最高潮にまで高まっていた。

 彼女らの応援が、この世でも指折りのそれである事を、理屈ではなく体感で理解していた。

 自分たちのような二軍が浴びるには、分不相応なほどの、国宝級の応援。

 そんなものを受けて、平静でいられるアスリートが、どれほどいたものか。


 脳のリミッターは、とうに切れていたのかもしれない。

 無謀な全力疾走をしても、息がまるで切れない。

 グリズリーのようなタックルを受けても、まるで痛くない。

 白52は走った。

 遮二無二に走った。

 身体が軽い。

 それでいて、筋肉のバネから発せられる力が、いつもよりずっと強い。

 頭も冴えている。

 敵がどう動くのか、わかる。

 日頃、自分の倍は身軽なのではないかと恐れていたレギュラーメンバーどもの動きが、亀のように鈍く感じる。

 そして。

 ボールがまるで、吸い寄せられるように、

 白52の腕の中に納まった。

「インターセプトッ! 攻守交代」

 観客が、狂ったように歓声を上げた。

「ぇ……?」

 白52は、唖然としていた。

 自分のプレーが、信じられないのだ。

 インターセプト。

 攻撃側のパスを、守備側の選手がキャッチする事で、即時、攻守交代となる。

 この時、インターセプトを行う選手は、敵選手にブロックすらもしてはならない。

 敵から敵へと渡るボールを、ダイレクトに取らなければならないのだ。

 守備側にとっての、スーパープレイと言って良い。

 当然、滅多に決められるものではないからだ。

 まして、雑兵にしかなれなかったと腐っていた自分が、あのアダム王の精鋭から、それをもぎ取れるなど。

 彼には、とても信じられなかった。

「goodjob! それが、君の本来の力だ」

 クリスが、白52の肩を優しく掴んだ。

 事実、白52が行った今の行動は、クリスが強く推奨したものだったのだ。

 彼に励まされ、アドバイスをもらっただけで、自分はこんなにも生まれ変われた。

 その事実に、畏怖にも近い感嘆を覚え、白52は打ち震えた。

 ちゃんと自分を見てくれる王の下であれば、まだまだ伸びしろがあったのだ、と。

 遥か幾ヤード先、近衛兵に守られたアダム王が、不気味なまでの無表情でそれを見据えている。


 アダム王がインターセプトを取られた。

 それも、二軍選手に。

 誰もが予想だにしなかったこの事態に、観客のテンションは最高潮となる。

 野次、怒号、声援、爆笑。

 あらゆる大声が混ざり合い、不思議と調和の取れた音波となって轟き響く。

 その時。

 黒組……アダム王側の応援団の動きが、激しさを増した。

 アダム王を応援するチアリーダー達は、何もかもが、白組と正反対だった。

 黒と赤を基調としたトレーナーユニフォームに、ぴっちりとしたブルマー。

 華やかさの中にも貞淑さを感じさせるリネットとは真逆、スポーティーかつ、悪し様に言えば粗野な気配を帯びている。

 動きも同様。

 リネットのそれを見た後では、ダンスを習い始めたばかりの不器用な女児を見ているかのようだ。

 何より、一人だけが先頭に突出し、後のチアリーダー達はまるでバックダンサーのように布陣している。

 こんなものは、リネットの造り上げた調和美から程遠い。

 だが。

 観客も選手達も、にわかに勢いをつけ始めた黒組応援団に、一時目を奪われた。

 先頭に突出した、一人の女生徒。

 それは、

 サーシャ・アベリナだった。

 サーシャがアクロバティックに舞うと、後方のバックダンサー達が、大輪の花のように踊る。

 これが、彼女がいずれ女帝を下すべく隠し、磨いておいた武器。

 女生徒におけるヒエラルキー最高位のクイーンビーは、一般的にはチアリーダーである事の方が多い。

 演劇部からクイーンビーが現れる事も珍しくはないし、実際に女帝もサーシャも、このルートから、クイーンビーの称号を得ている。

 だが。

 やはり、チアリーダーに女王人口が多いと言うのが現実だった。

 多くの人々は、アメフトと、それをバックアップするチアリーダーに華を感じるのだ。

 この学校の今の世代は、長らく演劇部長マリー・シーグローヴに統治されていた。

 だから、忘れていたのだ。

 チアリーダーが、スクール女王の代名詞であることを。

 マリーに、チアリーディングは出来ない。

 だがサーシャは、それを出来るように鍛練を積んでいた。

 意を決したように、サーシャは勢いよく、垂直に跳躍した。

 そして信じがたい事に、軽々と後方宙返り。

 少しも足を乱さず、着地してのけた。

 観客の感嘆する声が、さざ波のように流れてくる。

 試合を見ればいいのか、チアリーダーを見ればいいのか。

 誰もが悩む所だった。


 アダム王は、面白くも無さそうに頭を振る。

 そして、一〇人の配下に早口で指示。

「俺は今日ほど貴様を憎んだことは無い。

 許さんぞ、クリストファー」

 アダム王の独り言は、絶対零度の冷たさを帯びていた。

 アメフトをやっている時の彼は、鬼軍曹のように激しい男だ。

 彼に鍛えられた何人もの選手が才能を開花させ、

 そしていくらかの選手が、アメフト選手として再起不能になった。

 だが、そうした行為に怒りという要素は微塵もない。

 少なくとも、アダム本人の認識から言えば、アメフトに関わる事で“怒り”をあらわにしたことなど無い。

 彼は、怒りが募れば募るほど、冷たく、平静で、論理的な性格になるのだ。

 怒りの矛先となった敵を、いかに能率的に、最速で、再起の可能性を完璧に潰すか。

 それを“冷静に考察する以外の事が出来なくなる”ほどに、我を失うのだ。


 さて。

 伝説のKINGクリスという稀代の指導者に調練され、秘めた才能を開花させ、

 リネットによる、身に余る応援を受けてトランス状態となり。

 考え得る、最上のポテンシャルを引き出された、二軍メンバーたち。

 その実力が完全に把握できた以上、アダム王に慈悲は無かった。

 モーゼの十戒、という表現はいささか陳腐だろうか。

 アダム王が愚直に走る。

 当然、白組の軍勢は、彼を力づくで止めようと殺到する。

 そのことごとくが、黒組のタックルによって阻止される。

 アダム王はただ、ボールを持って真っすぐ走っているだけだ。

 彼自身が、高尚に頭を使う事は無い。

 ただ、彼の親衛隊が、至極的確に、主君へのタックルをつぶしているのだ。

 ついぞ、誰もアダムに触れられる事無く、白組のエンドゾーンへ到達。

 タッチダウン。

 黒組に、六点だ。

 サーシャ率いる応援団が、これでもかとパフォーマンスした。

 ビッグプレーを成し遂げたばかりだと言うのに、アダム王は少しも顔色を変えない。

 これで終わりではない。

 ポイント・アフター・タッチダウン。

 タッチダウンを決めたチームは、更に一点ないしは二点を得る機会が与えられる。

「よくわかった」

 万年二軍と思って見放していた連中が、最大限潜在能力を引き出されたら、どれくらいのレベルになるのかを。

 よくわかったので、そのレベルに合わせて圧殺するのみだ。

 当然、このままランプレーを決めて、二点をもぎ取る。

 一ミクロンの希望も、白組に残す気はなかった。


 なにも知らず、試合に見入るマナの傍ら、

「負けた」「負けた」

 南郷とビリーが、同時に呟いた。

 その視線の先には、黒組の虐殺劇ワンサイドゲームが展開されていた。

 もはや、勝負ですらない。

 ただただ、一軍メンバーが露払いをし、切り開かれた道をアダム王が独走する。

 これでは、アダム王や一軍メンバー達のスタミナトレーニングでしかない。

 アメフトとは、本来、一一人がそれぞれの得意分野で役割分担し、陣地を奪い合う競技のはずだ。

 だが目の前の現実は。

 アダム王一人が、機械的なまでにタッチダウンと、追い討ちの追加得点を貪っている状態だ。

 まともな試合が成立しない。

 兵の錬度が、違いすぎるのだ。

 一時、二軍メンバーが奮起したとしても……所詮は同じ人間。

 所詮は、同年代の男同士。

 (アダム王には甚だ腹立たしい事だが)サーシャの意外かつ情熱的な応援でテンションが高まっているのは、黒組のメンバーも同じなのだ。

 気力だけで経験値の格差が埋まるなら、競技の世界では誰も泣かない。

「もう駄目だ」

 ビリーが、疲れたように呟いた。

 当然彼が見ているのは、試合そのものではない。

「クリスさんの、作戦勝ちだ」

 南郷もまた、呟いた。


 クリスは、よく戦った。

 彼がアダム王に立ちはだかった時のみ、快進撃は止まった。

 だが。

 いくら伝説のKINGと言えど、単騎で、アダム王の軍勢全てを倒せるほど超人ではない。

 自分の兵がもはや戦力にならないのだから、当然だ。

 冷静に怒り狂うアダム王を止める事は、伝説のKINGですら叶わない事だった。

 アダム王の育てた精鋭に呑まれ、クリスはみじめに弾かれた。

 クリスは、決して手を抜いてなどいない。

 本気で戦った。

 アダム王と互角の立ち回りを演じてのけた。

 だが。

 クリスは、試合に勝つ気がなかった。

 彼はあくまで“負け戦”を真剣に戦ったに過ぎないのだ。

 理由は明白。

 適度に、二軍チームの下克上ドラマをこしらえた上で、

 しかしやはり、最後にはKINGが勝利する。

 その勝利をもたらした女神は……今話題沸騰中の、サーシャ・アベリナ。

 これが、クリスの筋書きだ。

 アダム王がクリスを完膚なきまでに叩き潰すほど、

 クリスの目論見通りにサーシャが持ち上げられる。

 わかっていても、アダム王は怒りを抑えられなかった。

 利用されているとわかっていても、クリスを叩きのめさずにはいられない。

 それがなおさら、アダムには腹立たしい。

 負けられない。

 しかし、負けなければ、クリスの手の中で踊らされる。

 クリスと言う男は、アダムと言う男の事を、この上なく理解している。

 彼が何を考え、何に対してどう行動するか、誰よりも真剣に考察した男が、クリスなのだ。

 もはやアダム王がクリスに対して出来る抵抗と言えば、これ以上二軍のお涙頂戴劇をさせないよう、圧倒的実力差で瞬殺する事だけだ。

 アダム王はただ淡々と駆け抜け、敵のエンドゾーンに踏み入る。

 また六点加算。

 ランプレーで、もう二点。

 そして。

 ホイッスルが鳴った。

「ゲームセット!」

 スコアボードを見る。

 32:0

 見事に、八で割れる点数だった。




 木曜日は、何事も無く時間が過ぎて行った。

 そして金曜日。

 ホームカミング最終日。




 照明が目に痛いほどの、煌びやかな夜だった。

 緋色のマントに王冠という、戯画的な装いで玉座に座る、

 アダム・ダフィ。

 その隣、黄金の髪にティアラを頂き、天使があつらえたような純白のドレスに身を包んで微笑むのは、

 サーシャ・アベリナ。

 スクールが公認した、王と王妃。

 これが、投票の結果だった。

 スクール公認のトップツーを、多くの笑い声が祝福していた。

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