生徒会からの刺客! 不正を裁け!<中編>

 コンラッド・サムソンは、永きに渡って己のさがと戦ってきた。

 彼は、性交渉無しでは生きていけない宿業を背負って生まれてきたのだ。

 それは、決して誇張や冗談では無い。

 一四歳のある瞬間、唐突に性に目覚めてしまった。

 それ以降、夜に相手を欠かす事が出来なくなっていた。

 精悍で整った顔と、しなやかで美しい長身を生まれ持ったのは、幸だったのか不幸だったのか。

 また、――この国では珍しくもないが――カースト上位者として学園生活を謳歌すべしと、両親の教育を一身に受けて育った。

 バスケットボール部のエース選手ともなれば、スクールカーストでの立場も安泰。

 無事、ジョックとしての地位を得た彼は、ガールフレンドには不自由した事が無かった。

 だから彼は、自分の性がどれほど常人から乖離しているのか、気付けなかったのだ。

 もし彼の人生が少年期のどこかで挫折していたなら、結果は違ったかもしれない。

 性的に飽食のままスクールを卒業し、大学を出て。

 やがて、取り巻きサイドキックス愛人クイーンビーの居ない社会へと出た彼は、気付いてしまった。

 毎日欲を満たされる事が、実は当たり前では無かった事に。

 これを食欲に置き換えれば、常人にもわかる。

 食事を半日抜いたら、餓死寸前になる体質のようなもの、と。

 実際、フィジカル面で死ぬ程の危機に見舞われるわけではない。

 恐らくは精神面の問題だ。

 やらなければ、死ぬ。

 それほどまでの切迫感に、彼は毎日毎日毎日毎日耐えた。

 それまで以上にバスケに没頭した。

 いつ、どこかの筋や靭帯を切ってもおかしくないほどの過酷なトレーニングを己に課した。

 余暇の全てをもって自分の体を苛め抜き、性欲を苦行で塗り替えようと試みたのだ。

 だが、これも解決にはならなかった。

 スポーツや勉学への情熱が、情欲を正しいエネルギーに昇華してくれる。

 そんな無責任な事を言ったのは誰だと、行き場のない怒りだけが残った。

 カウンセリングはとっくの昔に受けている。

 どんな名医も、サムソンを救うことはできなかった。

 果てに、投薬治療をすすめられたので、彼は逃げ出した。

 ジョックたるもの、薬に己が身を委ねてはならない。

 幼少期からのエリート教育は、サムソンをのっぴきならない所に追い詰めていた。

 そうして行き着いたのは、性依存症の自助会だった。

 少しでも自分に似た悩みを持つ人々なら、その解決策を死に物狂いで考えている事だろう。

 藁にもすがる思いだった。

 ローカルな自助会に所属し、同胞たちと討議を重ねた結果、彼の手元に残ったのは。

 三人の女と得た、コンスタントな肉体関係。

 そして、四人の男との繋がりによる、乱交のツテだけだった。

 しかも、である。

 これ以上、堕ちようが無いと思っていた自分の性癖。

 もはや限界に来ていたと、サムソンは錯覚していたのだが……。

 彼を設計した神は、あくまでも無慈悲だった。

 自助会で図らずも築き上げてしまった、色欲のコミュニティ。

 そこで耽溺たんできしているうちに、彼は、更なる己の本性に気づいてしまったのだ。

 ――女子高生でないと、満足できない。

 それを知覚した瞬間、彼は、文字通り身もだえして苦しんだ。

 馬鹿な。

 それだけは、それだけは許されないことだ。

 ――それより若くても、年を食ってても、駄目だ。

 おぞましい。

 それは、非常におぞましい思考だ。

 根源的な煩悩、人の性と言うにも、言い訳がきかない。

 年相応の女を抱けば抱くほど、それまで培ってきた“もの”が壊れていくのを確かに感じる。

 それは、スクール時代の“飽食”に、身体が順応してしまったせいなのか。

 だが、それだけは許されない事なのだ。

 コンラッド・サムソンは――名門校・アインソフスクールで、バスケットボール部のコーチをしているのだから。

 部員はみな、サムソンの熱意に応えてくれる。

 バスケで勝つ。

 たった一つの、シンプルな概念。

 それを共有し、信頼しあい、共に勝利を分かち合う、師と教え子。

 サムソンは、今の仕事を心底誇りとしている。

 彼の教えを素直に吸収し、向上心を見せてくれる愛弟子たちを、裏切ることなど出来は――。

「貴方は“あれらの件”を、内密に処理出来たのだと、思って居るのだろうけど――」

 ほの暗い密室で、女帝然とした小娘が、サムソンを指さす。

「女生徒のネットワークを、甘く見ない方が良い」

「な、な……」

「エミリア・ダグラスは、別れに納得して居ない。

 貴方を、心底愛して居たから」

「馬鹿な、君は、何を、言って――」

「リサ・ディズリーとの事は、一世一代の大交渉だったでしょう。

 しかし、貴方が彼女を堕胎させた事も、私には筒抜けです」

 サムソンは、何も言えなかった。

 俺だって、

 俺だって、そんな事をせずに済めば――職場の女生徒に言葉巧みに近寄り、関係を持とうだなんて、

 そんな下劣な真似をせずに済めば、どれだけ良かったか――。

「ちょっと待って。

 私を、強請りの類と間違えて居る様な面持ちですね」

 そうでは、無いのか。

 サムソンは、半ば自暴自棄となって、吐き捨てる。

 心の中でのみ。

「だとすれば誤解です。

 私は、貴方の様な男性にこそ、惹かれるのですから」

「……!?」

 サムソンは、壁に背をぶつけて、絶句するしかできない。

「貴方は強い。

 バスケットボールに於ける造詣と、それに裏打ちされた強さと自信。

 けれど同時に、脆さも内包した、アンバランスな存在。

 貴方、はっきり言って、私の好みの男性です」

 いくら、性欲に半生を支配された身であろうと、ここまであからさまな女王蜂の罠ハニートラップを受け入れるほど、落ちてはいない。

 サムソンは、未だ、警戒の視線を、眼前のマリー・シーグローヴに向けて……結局、抵抗を断念した。

 彼女の意気込みが、本気である事を、悟ってしまったのだ。

「はい、これで需要と供給がマッチングしました。

 私も“女帝”と呼ばれる身なれば、近しい女生徒が、部活動コーチと不純な関係を持つのは本意では有りません。

 ならば貴方は、全てを知った上で尚、納得した私を、その捌け口として使えば良い。

 それならば、誰も不幸にはならないでしょう?」

 サムソンは、次第に息を荒げて行った。

 悪い癖が、徐々に頭をもたげてゆく。

 これほどまで、自分に都合の良い女が居るだろうか?

 自ら肉体関係を望み、かと言って、将来がどうの愛がどうの、“めんどくさい”雑念を一切持ち合わせていない。

 この、一見して澄ました女帝陛下は、サムソンの性を癒すためだけに、生け贄となってくれるらしい。

「ただし、私からの最終試験をクリアして頂きます」

 旨い話にほど、裏がある。

 わかっては、いた。




 色々と、紆余曲折を経て。

 サムソンは、ここに居る。

 北棟。

 ウォーキングマシンや様々な器具がいくつも並ぶ、スポーツジム。

 横にも広いが、縦にも広い。

 何と吹き抜けになっており、二階はギャラリーになっている。

 しかしどういうわけか、こんな立派なジムであるにも関わらず、繁忙期であるこの時間に、人っ子一人いない。

 そして、

「ぇ……? 何、サムソンさん――」

 気づけば彼は、何も知らず誘いこまれた日本人の女生徒――マナと言ったか――の肩を引きつかんでいた。

「ちょっ……な、何を!?」

 サムソンへと向き直ったマナは、どんな表情をすれば良いかすらわからないまま。

 サムソンは、すかさず彼女の手首を掴んで拘束した。

「やめてください、何っ、するんですか!」

 サムソンは答えない。

「サムソンさんっ……!?」

 ただ、吐息だけで“すまない”と繰り返す。

 このマナという少女、悪くない。

 童顔がちな日本人の例に漏れず、女子高生としてカテゴリするにはいささか幼すぎる顔立ちだが、それはそれで味わいがある。

 身体の方は年相応に発達しているので、合格だ。

 本当に、本当に申し訳ないとは思う。

 けれど、死ぬほどやりたいんだ。

 そう、死ぬほど。

 死ぬほどに、だ!

 あの女帝との対談、そして、その配下と思しき女生徒メッセンジャー(いずれも肉感的だった)に、学校のあちこちをたらい回しにされた挙句、

 爆死寸前の状態で、このジムに、この少女と引き合わされた。

 やらなければ、死んでしまう。

 やってしまえば、この見るからに無垢な彼女の魂を殺してしまう事は、明白だ。

 本当に、本当に申し訳ないと思う。

 マナは、死に物狂いで抵抗する。

 だが、サムソンの長く大きい身体は、彼女の細腕で動かせる代物ではない。

 ひたすらに、身を捩る事しかできない。

 掴まれた両手首は、数ミリたりとも動かないが。

 その、のたうつような動きが、サムソンには蠱惑的に思えてきた。なおの事、彼の獣欲を増大させた。

 一方的に壁際へと押しやり。サムソンは、ただすすり泣くしかできないマナに、顔を近づけた。

 自分がどんな顔をしているのか。

 今の彼にはもう、そんな事を想像する余地もない。

 少なくとも、至近距離でそれを凝視しているマナは、この世の終わりでも来たかのように顔を歪めているのだが。

 サムソンはただ、すまない、すまないと、耳に聞こえぬ吐息だけで繰り返す。

 エミリアと別れる時は、うまくいった。

 リサを妊娠させてしまった時は、人生最大のピンチだったが、これも後腐れなく処理出来た。

 あと一人、あと一人くらい、何とかなるだろう。

 そうだ、そうに違いない。

 その後は、あのマリー・シーグローヴが責任をもってくれる。

 女帝と言われる彼女なら、このマナという少女一人の問題も、うまくもみ消してくれる事だろう。

 ジムが最もにぎわうこの時間に、完璧な人払いをしてのけたのが、女帝の権力を物語っている。

 だから自分は、目の前の少女を、何も考えずに喰らえばいい。

 そうと決まれば、迷いはない。

 足払いをかけて、彼女をマットの上に引き倒す。

 少女の胸倉をつかみ、力ずくでブラウスを引きちぎろうと、意気込む。

「ゃ……やだ、やだっ!」

 マナは全力で――火事場の馬鹿力をも使ってサムソンの手に対抗するが、無意味。

 ブラウスの繊維が軋みをあげ、ついにボタンが一つちぎれた。

 これでもう、後戻りはできない。

 信じた道を、突き進むしかない。

「すまない、すまない」

 幼いころ、クリスマスプレゼントの包みを我慢できずに引き裂く、あの感覚が何故か、今になってよみがえり――、

 何か、金属質のものが歪んだり、砕けたりする音、

 そして、入り口を閉ざしていた分厚い鉄扉のこじ開けられる音が、マナの悲鳴をかき消して、ジム全体を蹂躙した。

 さすがのサムソンも、にわかに我に返らされた。

 誰が、そんな粗暴な事をしたのか。

 入口を見やれば、

 銀を基調とした、奇怪な服に全身を覆い隠した男が静かに立っていた。

 まるで、コミックかテレビに出てくるヒーローのような。

「お前、何を――」

「これが“女帝”のやり方か」

 メタリックな合成音声による呟き。

 それを聞いたサムソンは、途端に放心。

 手が緩んだ隙に、マナはジムの端へと一目散に逃げた。

 大げさなほど、長い距離を逃げた。

 少しでもサムソンから遠ざかろうと、必死に。

「な、なん――」

 サムソンは、言葉を発せられなくなっていた。

 犯行現場を第三者に見られてしまった。

 その第三者と言うのが、場にそぐわない仮装をした者で、

 声だ! 特に声が恐ろしい。

 なんだろう、この、

「許さない」

 そうだ、この合成音声だ。

 どこからどう見ても、ふざけているとしか思えない、この合成音声。

 それがとても静かに、けれど、

「貴様も、女帝も……彼女にこんな思いをさせた俺自身の事も……!」

 静かな怒りを孕んでいる事が、肌で感じられた。

 なんだ、何をそんなに怒っているんだ、お前には関係ない事だろう、すっこんでろ、

「ぃ……ぁ……ひっ!?」

 少しずつ、獲物をなぶる肉食獣のように少しずつ、

 数年前、日本のHONDAが開発したASIMOアシモのように、完全に人間を模した足取りで、

 ただヒーローが近づいて来る。

 サムソンはそれを、怯えながら眺めるしかできない。


 KINGに、そして“女帝”にサイコシルバーの正体を見破られた以上、マナを狙われる可能性はもとより考えていた。

 確かに“アダム・ダフィは”正々堂々、真っ当な手段でサイコシルバーを暴き、場合によっては倒そうと考えていた。

 だが、アダムが潔白とわかり、マリーがアダム以上の暗躍をしているとなれば、むしろ危険なのはマナの方だ。

 南郷もビリーも、そこまでは、すぐ見抜いていた。

 女王クイーンビーの中の女王――女帝の称号は、飾りではない。

 女帝は、このスクールの女生徒全てを、自らの手を汚さずして操作可能だ。

 となればマリーによる危害の矛先が“女生徒”であるマナに向くのは自明と言えた。

 そこまでは、予測できたのだ。

 問題は。

 サイコシルバーすらも予測出来ないほどに、女帝が冷酷非情なマキャベリストだったと言う事だ。

 女帝の心を直接読みにいければ、もう少し早く対処ができたが……彼女は巧みに姿を消していた。

 だから、

 サムソンをこのジムに誘導していた、数多くの使い走りメッセンジャー――女帝の駒たちを順々に辿るしかなかった。

 そうして答えを得た時、サイコシルバーは怒りと悔恨に震えた。

 ――俺が最初から、彼女に付きっきりで居れば、こんな事には……!

 こうなれば、KINGがどうのとか、考える余裕はなかった。

 マナの救出が最優先だったし、事実、間一髪のところだった。

 マリーは本気で、マナをこの猛獣の餌にするつもりだったのだ。

 しかも。

 恐らくは、マナ救出を優先したことで、南郷とKINGの会談は破綻する。

 これによってサイコシルバーとKINGとの、和平の目を潰す意図も織り込まれていたのだ。


 サイコシルバーは、ジムの隅で縮こまるマナを見た。

 まだ現実を消化できず、放心しながら涙をたれ流すしかできないマナを。

 最悪の一線は越えずに済んだ。

 だが、今日の体験は、彼女に消しようのない恐怖心を刻み込んだ事だろう。

 信じていた学校関係者に襲われた。

 それも、この時間は人で賑わっていると信じ込んでいた、学校のジムで。

 こんな不条理で貞操を奪われそうになった前例が、彼女の中に出来上がってしまった。

 マナはもう、いかなる状況でも安心できない。

 毎夜、無防備になる事を恐れ、震えて過ごすしかなくなる。

 本来のマナは、年相応に弱い少女なのだから。

 不幸にも他人の心を精密に読み取り可能なサイコシルバーは、彼女の心に刻まれた生々しい傷をも、共感してしまっていた。

「コンラッド・サムソン。

 貴様が何に苦しみ、何と戦い、どんな人生を築いてきたのか。

 それすらも、今の俺にはどうでもいい。

 どうでも、いいんだ。

 不可抗力だろうと、一生懸命戦ってきたのだろうと、教え子を裏切れないと苦しんできたのだろうと。

 彼女には――他にもいるのだろうが――犠牲になってきた少女たちには、何の関係もない」

「AHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!?」

 絶叫するバスケ部コーチを、サイコシルバーが引きつかんだ。

 手首をつかんで、壁際に追い込む。

 サムソンは必死に抵抗するが、ヒーローの身体は微動だにしない。

 その長身を見苦しく捩らせるが、掴まれた手首は固定されきっていて、全く動かない。

「貴様の苦しみになど、誰も興味がない。

 貴様が、誰の苦しみにも興味が無かったように」

 マットに押し倒し、無機質なメットの顔を近づける。

「違う、違う、俺は――」

「黙れ。

 事実だ。

 事実だけなんだ」

「た、たすけ――」

「そう言って乞われた助けを、一度でも受けた事はあるか」

「あ……あ、る……」

「嘘だ。

 仮に本当だったとしても、助けてもらえなかった被害者には、やはり何の関係もない」

「あ、ぁぁぁあ……?」

「誰も、興味がないんだ。

 ――貴様が、ここで人知れず死のうと」

 片手だけでサムソンを抑え込んだサイコシルバーが、もう片方の手で拳を握り、

「だ、ダメ! それだけは!」

 マナの、喉を引き裂かんばかりの叫びが、サイコシルバーの身を刺した。

 当然、マナは知っている。

 スーツの力で他人の血を一滴でも流せば、

 そのヒーローは、例外なく“連れ去られる”事を。

「やめて、わたしは、もう、大丈夫だから! それは、それだけはダメ!」

 ……。

 …………。

 …………、…………、……。

「そこで何をしている」

 よく通る、張りのある男声が、ジムを流れた。

 サイコシルバーは、サムソンを手放し、そちらへ向き直った。

 アダム・ダフィ。

 その背後には、いずれも似た背丈で統一された男達が五人×四列。計、二〇名。

 これではまるでナポレオンとか、あのあたりの前時代における、戦列歩兵陣だ。

 もっとも、下士官ではなく主将が先陣を切っている時点で、根底的な何かが間違っているのだが。

 とにかく、これで退路は断たれた。

 サムソンにとっても、

 サイコシルバーにとっても。

「……、そこで何をしていると聞いている。一分以内に説明しろ」

 流石のKINGも、サイコシルバーの奇怪な身なりには一瞬、戸惑いを覚えたらしい。

 だが、スクールの王としての矜持と責務が、未知なる存在への戸惑いを凌駕した。

 傲然と両者を指さし、有無を言わせぬ詰問の構えを見せた。

 と、同時に、

「速やかに彼女を保護しろ」

 着衣の乱れたマナを見つけるや、少しの躊躇もなく、部下に命じた。

 よく訓練された部下は、誰に言われるでもなく三人一組の隊列を組み、本隊から分離。

 デルタフォース部隊もかくやという手際の良さで、マナを強固にガードした。

「やったのは、どっちだ?」

 サムソンはすっかりへたり込み、遥かに年下であるはずの、狭い世界で王を気取っているはずの男を、怯え切った面持ちで見上げていた。

 一方、サイコシルバーは、棒立ちで沈黙を守るのみ。

「まあ、訊くまでも無かったな。

 マリーと言い貴様と言い、俺の目を潜り抜けたつもりなのだろうが……コンラッド・サムソン。

 このスクールの王は、俺だ。

 女帝であっても、俺を真に欺く事は出来ん」

「ち、ち、違……」

「言い訳は、後でゆっくり聞く。アメフト部の部室へ、来てもらおう」

「待ってください、KING」

 王の勅命を遮ったのは、いくらか柔和さを取り戻したヒーローの声だった。

「何だと?」

「その男は、俺の……俺が、正すべき男です。

 貴方の手に委ねるわけにはいかない」

 アダム王がゆるりと、視線をヒーローに向ける。

 後続の配下達も、全く同じようにして、アダム王に倣う。

「コミックに出てくるようなヒーロー、か。

 あの証言は、間違いではなかったようだな」

 アダム王が、不気味なほど静かに呟く。

「一応、定刻までアイジを待ったのだが……来なかったな」

「その男と、俺は関係ない」

「そちらの事情は知らんし、関係ない。

 アイジは、俺との約束を破ったんだ」

「彼女を見捨てるわけにはいかなかった」

「お前が掴んだ程度の事は、俺の耳にも入る事だ。

 俺に任せていれば、どの道、彼女は助かっていた。

 俺の後ろに居る彼らに、この建物を張らせていた」

「事実、貴方が来たのは俺より後だ。

 間に合わなかった可能性がある」

「たらればの話ではない。

 アイジには、後ろ暗い事があるんだ。

 だから俺との会談を、蹴った」

 ――ダメだ、道理が通じない。

 この人間性が“王”たる所以なのだろうが……今のサイコシルバーにとっては厄介でしかなかった。

 入り口は完全に塞がれ、このジムには窓の一つもない。

 二〇人が束になって来ようとも、ヒーロー一人の敵ではない。

 ただし、誰一人傷つけずこの場を去る事は、まず不可能。

「……どうする、ビリー」

 静かに呟く。

 今は、相棒の献策が何より必要だ。

 何かを思いついていてくれ。

 そう、強く願う。

 そして、

【大丈夫、手は打ってある】

 サイコシルバーが何より求めていた言葉を、相棒は入力してくれていた!

【だから、時間を稼いでくれ】

 喜んだのもつかの間、難しい事を言う。

 目の前のアダム王は、ある種の“バカ”ではあるが、決して“馬鹿”ではない。

 時間稼ぎなど、どうやれと言うのだ。

 ともあれ、サイコシルバーは、思いつくところから対話を試みる事にした。  

「俺と貴方が敵対する理由は無い」

「俺がそれを、これから決める」

「また、貴方に彼を裁く権利も義務も無いはずだ」

「その言葉、そっくりそのまま返そう。

 そして俺にはその権利も、義務もある」

「失礼だが、それは横暴ではないのか」

「横暴は、とうの昔に承知している。

 時に横暴を伴わなければ、統率はできん」

 ひたすら、平行線だ。

「どう思う、相棒」

 サイコシルバーは、ここでは無い、遠くに向けて呟いた。

【今の所、サイコシルバーが俺達だと、完全には決めつけていない。

 だからまだ、南郷愛次とウィリアム・アハーンに対して、完全な敵意は持っていない。

 意外と冷静だよ、彼は】

「そうか。なら、俺がこの場で捕まらなければ、概ね丸く収まるな」

 アダム王が、ゆるりと手を上げた。

 それを受けて、二〇人の配下が、全身を緊張させた。

 その手が下がれば、王の親衛隊は、否が応にもサイコシルバーを取り押さえにかかる。

「その発言、俺への挑発と受け取るが」

「ご自由に」

 アダムはそれ以上、何も答えず。

 断罪の手旗を、一文字に降り下ろした。

 軍勢が、押し寄せてくる。

 歩幅さえも、完璧に揃えて。

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