第2話 生徒会からの刺客! 不正を裁け!<前編>

 今朝もまた、マナに叩き起こされる。

 南郷にとって欠かせない、紋切り型の目覚め。

 昨日と同じ朝が、また来たのかと錯覚しそうな程の。

 着替えて、歯を磨いて、カフェテリアで朝ごはん食べて。

 幼馴染の少女にそう要求された南郷は、

「あっ、ブロスフェルト先生の授業内容、結局確認するのを忘れてました」

 いつも、何かしらのポカを、彼女に披露する。

「――!? き、き、君って人は!

 せっかく昨日休講になって、チャンスができたのに、

 命拾いしといて、また同じ窮地にハマるって、どう言うこと!?」

「あれから色々、する事があったんですよ。

 状況としては、昨日の朝と何も変わり無いですから、慌てる事もありません」

「ほんと最低! 仕方ないからもう行くよ、ほら!」

 マナの細く冷たい手に引かれて、寝ぼけ眼の南郷が連れられて行く。

 昨日誰だったかが彼に下した“丸裸でサバンナを歩き回るような男”と言う評価もあながち間違いではない。

 ――ほんと、この人、大丈夫?

 ――もし、わたしがいなくなったら、どうなるんだろう。真っ当にやっていけるの?

 そう考えてから、

 ――あ、多分、わたしの思い上がりだよね……それ。

 ――わたしがいなくなったって、この人は、何も変わらない。

 ――昨日、きっぱり言われたばかりじゃない。わたしのバカ。


 “他人”の貴方が踏み込んでいい領域ではない。


 言われずとも、マナはそれを理解していた。

 それでも、南郷の口から直接それを告げられた事実は、正直な所、かなりこたえた。

 一日が終わって、自分の部屋に戻って、

 枕に顔をうずめて、思い切り泣いた。

 ――でも、そのことでわたしが重荷になったら、意味がない。

 ――今後、わがままは言わないようにしよう。

 ――……なるべく。

 わずかに俯き加減となったマナの後ろ頭を、

 南郷は微笑をもって見つめていた。

 わずかに、沈痛な色を含んだ微笑を。

 今日も、寒空快晴。

 冷たくて暖かい、澄んだ空気の中、マナに手を引かれてゆく。


 校舎へ向かう途中、ひ弱な男子生徒に声をかけられた。

 昨日、アメフト部員にゆすられていた、あの生徒だ。

「その、大丈夫だった!? ごめん、ごめんよ、僕のせいで……」

 真っすぐな感謝と、思いやりの気持ち。

 それが波動のように南郷の全身に伝わり、包み込んだ。

 他人の心が理解できる彼は、人一倍、他人の好意を実感しやすい体質でもあった。

 相手の気持ちが、物質のような質感を伴って、彼を慰めるのだ。

「ヒーローが、助けてくれたんだ」

 そう言って、南郷は彼と別れた。

 さっぱり解せない面持ちの彼を、置き去りに。


 当たり前だが、今日は無事、教室にたどり着けた。

「……以上が、本議題の概要である」

 いわおのごとき風格のドイツ人教師――オイゲン・ブロスフェルトが、テキストを読み終えた所だ。

「周知の通り、大統領閣下のこの発言は、世界中に様々な物議を醸し出した。

 諸君達もまた、何かしらの考えを抱いた筈」

 去年、アメリカ大統領が一般教書演説で述べた、axis of evil――悪の枢軸発言。

 今回のディスカッションは、それがテーマだった。

ずは南郷君、君の見解を聞きたい」

 ――ひぃっ! いきなり愛次くんをあてるの!? 

 ――ぁぁー……神様ぁ……。

 マナが、半泣きの顔で、南郷を見やる。

 南郷は、困ったように口元をゆがめている。

 ――ダメだこいつ、やっぱり何も考えてなかった。

 内心で毒づくマナ。

「日本人としての意見を、お聞かせ願いたい」

 ――わたしも日本人なんですけど!?

 ――あてるなら、その阿呆よりわたしをあててくださいよ!

 ――そいつ、日本代表にふさわしくないですから!

「……そうですね。

 日本人気質の身から言わせていただくと、公の場で提唱するには、いささか過激な論調だと思います。

 しかし、イラン・イラクと共に北朝鮮の名が挙げられた点においては、むしろ理性的で打算的なものを感じました。

 真意はどうあれ、非イスラム圏の国が一つあるだけでも、宗教問題を避けられるのですから。

 あながち、無思慮な発言とは言い切れないものと思います。

 ただ、イラクと他の二国との関係を考えると、多少無理があるくくりではないかとも、考えました」

 意外とスラスラ答えた南郷の姿を見て、マナは放心半分で胸をなでおろした。

 ――ちゃんとそれなりに答えられてるじゃない。ああ、よかった……もう。

「……宜しい。予習は怠らなかった様だ。

 しかし、教科書通りの答弁の域は出ないな。今一度、考察すると良い」

「わかりました」

 南郷は、涼しげな顔で視線を戻した。

 ――何よ、能天気愛次くんにしてはよくやったほうじゃない。いじわるな先生。

「次はアハーン君。大統領閣下がこの様な発言をせずに済む方法とは、何かと思う?」

 教諭は、次にビリーを生け贄に選んだ。

 ――ちょっと!? 元々の議題と全くの別問題じゃない!

 ――やっぱりこれ、サイコシルバー達への意趣返し? 大人げないよ、先生!

 マナが心の中で慌てふためくのを尻目に、ビリーはブロスフェルトを真っすぐ見据えた。

「各国首脳、並びに軍関係者にマイクロチップをインプラントし、脳内の分泌物質を管理・コントロール。

 特に公務中のノルアドレナリン分泌を抑制し、武力行使の言動を取った際には、別途インプラントしたスタンガンを、関係者全てに――失礼しました」

 ブロスフェルト教諭に無感動な目で見据えられると、ビリーは肩をすくめた。

 ――バカすぎる。

 マナは、ただただそうとしか思えなかった。

 何も知らない他四人のクラスメイトも、呆れたように忍び笑いを浮かべている。

 だが、ブロスフェルトと、そして南郷は、少しも笑っていない。

「すみません、今の質問は想定していませんでしたから、模範解答ができませんでした」

 ――まあ、悪問ではあるよね。

「今回の議題は、サイエンス・フィクションの創作では無い。

 授業の趣旨を著しく逸れる言動は、学友達の勉学を妨害し、学校全体の秩序をも脅かす行為である。

 相応の評価を覚悟する様に」

 それだけ言い放ったブロスフェルト。

 その視線が外れた隙に、ビリーは、堪えた様子もなく肩をすくめる。

 ビリー本人よりも、

 難しい面持ちの南郷。

 疲れ果てた顔のマナ。

 



 南郷愛次は、ウィリアム・アハーンの半身だ。

 ウィリアム・アハーンは、南郷愛次の半身だ。

 お互いがお互いの同類であり、

 お互いがお互いの欠けたものを、持ち合わせていた。

 俺達は、二人で一人。

 それを彼らは、初めて出会った瞬間に、悟った。

 どちらも、他人の心を敏感に感じ取る肌であったが故に。

 二人の体質は、厳密に言えば大きく異なるものであった。

 南郷のそれは、“事実”としての論理思考を読み取る感覚に長け、他人が抱く“真実”の感情を読み取る事を不得手とした。

 ビリーのそれは、他人が抱く“真実”の感情を読み取る感覚に長け、“事実”としての論理思考を読み取る事を不得手とした。

 だからこそ。

 二人が出会った事には、大きすぎる意味があった。

 これ以上ない相棒サイドキックを得たサイコシルバーは、論理面でも感情面でも他人の心を読み取れる、完全体となったのだ。


 最初の出会いは、中学入学当日。

 日本のように入学式などなく、クラス番号を渡されて、教室へと向かった。

 その道中、二人は、ただすれ違った。

 一秒にも満たない邂逅かいこうで、二人はお互いを完全に理解し合った。

 校舎裏、小山となっている場所がある。

 そのなだらかな坂で、ビリーは寝そべっていた。

 南郷は、朝、一瞬すれ違っただけで、ビリーがそこに居るまっている事を悟っていた。

 そして、行かなければならないきてほしいと、知っていた。

「見えすぎると言うのは、本当に不幸だ」

 初対面の挨拶も必要ない。

 ビリーは、訪れた南郷に対して、旧知の仲であるかのように言った。

「俺も、そう思う」

 そう言って、南郷は、ビリーのそばに腰かけた。

「みんな、“見えたらいいのに”と思っているけど……いざ見えるようになれば、後悔するに違いない。

 俺達が、そうであるように」

 南郷もまた、生まれて初めて、素の自分で話せている。

 実の両親やマナに対してすら、どこか身構えながら話して来た。

 その重苦しさを、ウィリアム・アハーンという男に対しては全く感じない。

「本当に、心地よいな」

 ビリーは、何一つ飾らない言葉を漏らした。

「君から感じられるのは、真っ白な、ただただ真っ白な感情だけ。

 俺は七歳まで、君を求めていた。

 そして、君を諦めてから、もう七年が経っていた」

 ――本当に欲しいものは、忘れたころにあっさりと手に入るんだな。

 そう、ビリーは心の中で付け足していた。

「フラれ続けたモテない男が、諦めたころにガールフレンドを得るような?」

「そう! その通り。 ジョークのセンスも同じだ、俺達」

 心から笑えた。

 南郷も、ビリーも。


 南郷が読み取れるのは、事実としての、論理思考のみ。

 あの時、嬉しかった。

 あの時、苦しかった。

 その時はこうだった、何が起きた。

 それをただ“文字列”として与えられるだけ。

 だから、ウィリアム・アハーンの、そこまでの人生を読み取った瞬間、

 南郷は、自分の人生はまだ楽な方だったのだと、思い知らされた。

 ――父に勉強の事で怒られた。 ――父は、怒りの中に、我が子を立派に育てるという充足感と喜悦を隠していた。

 ――母に勉強の事で怒られた。 ――母は、怒りで感情を発散する、その行為自体が快感だった。

 ――教師に生活態度を注意された。――教師の考えはこうだ“どうせ問題児のウィリアム・アハーンだ。だから、こいつが相手なら最初から否定しておけば、間違いがない”

 ――学級委員長に小さな校則違反を糾弾された。――何とかして、気に入らないウィリアム・アハーンを糾弾できないだろうか、と理由を探していたら、小さな校則違反を見つけた。

 ――奴を叩く、絶好のチャンスだ。

 ビリーを責める時、みなに共通して言えることがある。

 心の底で、笑っているのだ。

 嗤っているのだ。

 哂っているのだ。

 父は誇らしげに、母はヒステリックに、教師は嘲り、委員長は心底嬉しそうに。

 彼らばかりではない。

 これまで出会ってきた、数えきれない、彼にとっての“名前のついた”人間すべてが。

 一四年。

 一四年、一時も休まることなく、ビリーはこんなものを浴び続けてきたのだ。

 ――人間は、畜生と同じだ。

 ――ただ、知能が桁外れに高いだけ、ずばぬけて高度な文明を築いただけの、畜生。

 ――法は、道徳は何の為にあるのか?

 ――答えは簡単さ。

 ――法や道徳や秩序で縛らなければ、人間は野獣のように他人に噛み付き、簡単に殺してしまえるからだ。

 ――野獣は首輪と鎖で制御しないと、人間をかみ殺してしまう。

 ――それと、同じだ。

 それは、裏を返せば、

 ――法さえ守れば、人は人を平然と嚙み殺せる生き物なのだ。

 僅か一四歳で至った、彼の人生にとっての最終回答。

 だから。

 ヒーローとの――“サイコシルバー”との出会いは、ビリーにとってはまさしく僥倖ぎょうこうだった。

 彼は、悪を縛る“鎖”を、ヒーローの中に見たのだ。

 人を縛るのではない。

 人の中にある悪の心を縛り、善き道へと導くための鎖。

 悪に魅入られた人間は、とても可哀想だ。

 彼ら彼女らを救うには、打ち倒して、魔を祓う。

 たった一瞬すれ違った日本人・南郷が、ビリーの心を真に救った。

 他人への猜疑心と絶望で、自身も堕ちかけていたビリーの心を。

 そしてビリーの全身から放たれる記憶の波に打たれ、全てを理解した南郷は。

 心の奥底で、自分の事のように涙を流した。

 南郷とは、

 ビリーが初めて出会った、

 混じりけの無い慈悲だけを持った、純白の男だった。

 こんな男もいるのだと、知れたから、彼は――。




「アイジ、俺も今日はカフェテリアで食べるよ。一緒に行こう」

 授業は終わり、昼食の時間になっていた。

 正確には、昼食のために空けた一コマを利用して、カフェテリアに行くのがセオリーだ。

 日本の学校と違って、生徒自身が任意でスケジュールを組めるこのスクールに、定められた休憩時間など存在しない。

 休憩をしたければ、各々の判断で、時間を設定するシステム。

 いつ休憩を挟むかも、自己責任なのだ。

 ビリーはいつも、昼休憩の時間を取らず、サンドイッチ片手に午後の授業を受けている。

 日本ではあり得ないが、この国のスクールでは、昼食を咀嚼そしゃくしながら授業を受ける事が可能なのだ。

 だが、ブロスフェルト教諭の授業では、それも“授業態度”の評価基準にされる。

 その為、彼の授業を受ける時ばかりは、ビリーもカフェテリアで昼食を摂るのだ。

「日本人もドイツ人も、必要以上に律儀な民族だ」

 ブロスフェルト教諭の授業を最初に受けた時、ビリーは南郷とマナにそう漏らしていた。

 とにかく三人は、今日も連れだってカフェテリアへと繰り出すのだった。


 柔和な陽光が、廊下を満たす。

 数多の談笑が四方八方で湧き上がる中。

 先の授業に関するマナの絶え間ない小言に苛まれながら――しかしまんざらでもない顔で――南郷とビリーは歩く。

 こうしていると、自分は普通に可愛い女の子に世話を焼かれながら進級して、普通に進学して、普通に卒業して、普通に就職して、ただ何ごとも無く生きていけるような気がする。

 ……そんな幻想を、抱いてしまう。

 これもまた、南郷とビリーの共通認識だった。

 そんなものは、夢と同義だと。

 さて。

 なけなしの夢を見ていた男二人に水を差す者が、前方から歩いてくるようだ。

 その大柄なハンサムは、ただ真っすぐ歩いているだけだった。

 そうであるにも関わらず、周囲は、何の変哲もないはずの男に目を奪われる。

 アダム・ダフィ。

 このスクールのKINGと称される男。

 よく見れば、彼の背後には六人の男が、規則正しい二列の隊を組んで付き従っていた。

 いずれも首が太く、肩幅が広く、胸筋たくましく、腕も腿もたくましい。

 ――まるで衝軛こうやくの陣だ。俺達を包囲でもする気かな。

 ビリーの、アメリカ人らしからぬ思考に、南郷は苦笑を浮かべる。

 それだけだ。

 何ごとも無い顔をして歩いていればいい。

「君が、アイジだな」

 向こうから、接触してくるのはわかっていたから。

 えっ? と怪訝な顔をしたのはマナばかり。

 南郷とビリーは、予定調和を受け入れるように立ち止まり、笑顔の仮面を作った。

「はい。そうですが。

 俺が、南郷愛次です」

 何か御用で? とは言わない。

 言うだけ無駄だからだ。

「俺は、アメフト部のキャプテン、アダム・ダフィだ」

「存じています」

「では、話は早い。

 昨日、我が部のメンバーが君に多大な迷惑をかけた事を、詫びに来た」

 周囲が、あからさまにざわついた。

 ――あのKINGが、たかだか一生徒を相手に、わ、わ、詫びるだって!?

 ――どんな恐ろしい事が起こるんだ!

「昨日の一件は、キャプテンとしての、俺の監督不行き届きだ。弁明の余地はない」

 南郷は、ただゆるりと頭を振った。

「実害はありませんでしたから、俺は構いません」

「それだけが救いだったな。

 しかし、あんな状況から、よく難を逃れたものだ」

 一応、詫びると言った態度を徐々に変じさせてきた。

 目的は、明白だ。

「俺の事より、例の彼はどうですか?」

 南郷もまた、真っ向から対決を受け入れるように切り込んだ。

 アダム王は、それを挑戦的な眼差しで見下ろし、

「奴は変わったよ」

「そうですか。それは良かった」

 ……。

 ……。

 ……、……。

 …………。

 長い沈黙。

 昼食の喧騒に満ちていた空気が、見るからに凍り付いていた。

 ――ちょっと愛次くん、これ以上、やぶ蛇を突くのはよくないよ……。

 とは、言いたくても言えないマナだった。

「少し、君と話がしたい。アイジ。

 時間は夕方五時、場所は西講堂だ。

 待っているぞ」

 可否も聞かず、KINGの一団は、南郷達の横を通り抜けて行ってしまった。

「ちょ、ちょっと!?」

 マナがすかさず振り返り、抗議の叫びを上げるが、アダム王もその近衛兵達も、意に介さない。

「どうする、ビリー」

 南郷が、さほど深刻でもなさそうな声音で、相棒に聞いた。

「どうするもこうするも、あれは任意ではなく、義務だろう。

 KINGの中ではね」

「よほどの事が無ければ、行くしかないな」

「愛次くん、本気で行くつもり?」

 南郷は、いつもの清らな笑みを、マナに向けた。

「何事もない限りはね。

 大丈夫、俺の事を暴こうとは思っても、危害を加えるつもりは全くありませんでしたよ」

 南郷の読心術が精密なのは、マナも良く知っている。

 そして彼は嘘をつかないことも、知っている。

「行って、ボロを出さない程度に話して、帰ってこれば良いだけですから」

 それを聞いたマナが、小さくため息をついた。

 一応、納得はしてくれた。

 もっとも、マナが納得しようがしまいが、南郷に選択権は無かった。

 はぐれもの、かつ、いざとなれば“力”を行使できる南郷&ビリーと言えど、

 KINGその人と真っ向から敵対しては、スクールでまともに暮らせなくなる。

 かと言って、サイコシルバーの力でアダムを排除するには、まだ口実が足りない。

 口実を与える隙も見せないだろうし、ともすれば、ビルに縛り付けたくらいの事では、悔い改めない程の頑固な肝を持っていそうだ。

 ただ、幸いにも、

「アダムは、あまり怒っては無いよ」

 ビリーが、感知したKINGの感情を言い当て、

「ああ。

 あくまでも自分だけの力で、サイコシルバーを暴きたいだけのようだね。

 その上で、学校の治安維持のために必要なら、俺達を処断するつもりのようだ」

 南郷は、KINGの理論を言い当てた。

「ただし、俺との話し合いとは別に、俺達を試す策があるらしい」

「そうだ。渋々といった感じで、別な企みを抱いていたな。

 この重苦しい色合いの感情……入れ知恵したのは女帝だろう」

「アイジ・ナンゴ―に、アウトローをぶつける。

 マリー・シーグローヴさんにそう献策された。

 そんな文脈の思考をしていたな、彼は。

 アダムさんは、生徒間の秩序は乱したくないはずだから……。

 マリーさんの提案をもとに仕向けて来るとしたら……何かしら性格的に問題を抱えた教師とか、部活動のコーチとか、その他職員と言う所かな」

「その中でも腹に強烈な一物抱えたやつを刺客にしてきそうだ。

 手配は女帝に一任しているらしいから、これ以上の特定はできないな」

「けど、充分だ。

 そんなどぎつい職員が近づいてくれば、ビリーが一発で感知してくれる」

「違いない」

「では、刺客を適当に避けつつ、俺がアダムさんと適当に話し合う流れでいいのかな?」

「オーケイ、それでいいよ。アダムとの対談自体は、非常にイージーだ。

 女帝の罠さえやり過ごせば、事なきを得るだろう」

 流れるような対話だ。

 マナが割り入る余地が、一ミクロンとして存在しないほどの、シームレスな。

 ようやく話をまとめたらしい二人は、確信に満ちた顔で頷き合った。

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