いじめを阻止せよ!<後編>

 サイコシルバーは跳躍を繰り返し、マンハッタンの空を舞う。

 あのアメフト部員は、あそこで小一時間ほど熟成させなければならない。

 反面、熟成させ過ぎてもまずい。

 あの興奮状態で逆さま状態が続けば、血圧の急上昇は免れない。

 万が一、ヒーローが人を殺傷したり、人間を巻き込むような破壊行為を働けば、そのヒーローはヒーロー結社によっていずこかへと連れ去られる。

 殺されるのか、死ぬまで監禁されるのかは定かではないが、どちらもごめんだ。

 だから、次の授業を受けたら、またエンパイア・ステート・ビルに舞い戻り、彼を回収しなければならない。

 忙しい。

 サイコシルバーもまた、本業は学生であるから、あまり授業を抜けるわけにもいかない。

 サボりの常習犯とされれば、今度こそF評価を食らいかねない。

 いささか情けない理由ではあるが、とりあえずは勝利の凱旋である。

 だが。

「……!?」

 軽やかにビルを跳び移っていたサイコシルバーが、不意に足を止めた。

 そこは、ビルの屋上に店を構える酒場バーだった。

 早朝の今こそは無人だが、ソファ席が整然と並んでいる。

 壁や手すりにはガーデニングが施され、草花が優雅で妖艶に絡み付いている。

 夜になれば、まさに一〇〇万ドルの夜景を俯瞰ふかん出来るのだろう。

 今、サイコシルバーの眼前に仁王立ちするのは一人。

 そいつはまさしく、アメコミヒーローだった。

 目に痛いほどの、赤一色の全身タイツ。

 そして、ふちが白く、それ以外は真っ赤に塗りたくられたプロテクターと、ビキニパンツ。

 口元の開いたフルフェイスヘルメットも、白ふちに赤色だ。

 屋上の風にたなびくのは、赤く厚いマント。

 やはり、ふちが白いファーに装飾されている。

【まるでサンタクロースだな】

 あからさまにアメリカン・ヒーロー然とした装いの男と、真正面から遭遇したのだ。

 これを警戒せずして、何を警戒するのか。

 サイコシルバーは、油断無く身構える。

「君が、サイコシルバーかね」

 相応に歳を重ねた、男の声だ。

 タイツに浮き上がる、よく引き締まった、若々しい筋肉からすれば、意外なほどに老いている。

 だがそれ以上に、

「どこかで聞いた声だな」

 サイコシルバーが思案に沈みかけると、

【正体は、ブロスフェルト先生だ】

 相棒が、あっさりと解を送りつけてきた。

「何だって?」

 だが言われてみれば、聞きなれた教師の声と符合する。

学校こっちでは、一コマ目の社会科が突然休講になっている。間違いない】

「あの、真面目を絵に描いたような人が」

【アメコミごっこの為に、職場放棄だ】

 相棒の、辟易とする姿が瞼の裏に浮かびそうだ。

 サイコシルバーが、そんな場違いな事を考えていると、

「君のやり方はいささか過激だ。

 まかり間違えば、死に至る」

 ブロスフェルト教諭そのままの説法を投げかけられた。

 彼が指すのは、先の、吊られた男の事だろう。

【こちらの仕事を、見ていたようだ】

「ヒーロー活動に、リスクは付き物です。

 例え、悪人が死に、それで我らが処断されようと……時には、曲げてはならない信念がある。

 貴方もヒーローであれば、わかるでしょう」

「信念を曲げず、リスクは最小限に。

 それが、私の信念だ。

 君の処刑法は、看過出来ん。

 万一、吐瀉物としゃぶつが逆流し、窒息死に至れば如何どうするのかね」

【確かに、それは考えてなかった】

「では、あの場合、どうせよと?」

「今から戻り、彼を直立にして縛り直すのだ。

 これならば、なお長時間の拘束が可能となる。

 また、一度君が戻って見せる事で、彼に解放の期待を抱かせる事も出来る。

 そうすれば、後一度、絶望に叩き落とす事が可能。

 そして、あの場に逆さ吊りとなるシチュエーションは、あまりに現実離れし過ぎて居る。

 現実味の薄い恐怖は過剰なパニックを誘い、かえって恐怖心を麻痺させる事も心せよ」

「あれは、タロットカードの模倣も兼ねています。

 直立にしたら逆位置になってしまう。

 欲望に負けたカツアゲ不良を、理性的でストイックな人間に変える、そのメタファーなのです。

 俺の判断で、死ぬ前には必ず回収します」

「彼を、今すぐ真っ直ぐにするのだ」

「メッセージ性が損なわれる」

「二度は言わん」

 そこで、対話は絶えた。

 マンハッタンの空は、静かだ。

 地上から、無数のエンジン音とクラクションと、人の喧騒が昇ってくるから、

 それらがやかましいから、空の静けさが余計に浮き彫りとなる。

 サイコシルバーは、そんな事をぼんやり考えていた。

 目の前の、お節介な同業者にどう対処するか、と言う思考は二の次として。

【先生は、本気だ。

 “緊急処分権”を使って、君を消す気だ】

「……」

 本来、違反ヒーローの処分には、専用の処断執行ヒーローが派遣される。

 だが、現場に居合わせたヒーローが、緊急性を認めた場合……独断での処分執行が可能となる。

【結社全体を敵に回して、生き延びる事は不可能だ。

 無念だが、今回は彼に従おう】

 相棒の送信してきたテキストをコンマ秒で読み終えると。

 サイコシルバーは、ゆるりと、アメリカンヒーローに背中を向けた。

「わかりました。今回は従います。

 ご忠言、ありがとうございました」

 サイコシルバーの背後で、厚手のマントが翻る、重い音がした。

 互いに、背中を向ける格好だ。

「南郷愛次。

 私は、君を見て居るぞ」

「……!」

 サイコシルバーは、一瞬、間を見せて、

「そんな男は知りません。

 貴方が、オイゲン・ブロスフェルト教諭では無いようにね」

 ヒーローの法に、正体を知られてはならない、というものは無い。

 だが、ヒーローとして活動するにあたり、正体は知られない方が有利に決まっている。

 また、プライベートと変身後の顔をきっちり区別する事は、大半のヒーローの矜持きょうじでもある。

 凡人としての日常があるからこそ、超人となれる事を誇れるのだから。

 サイコシルバーは、そんなヒーローのプライドを突いて、背後のアメリカンヒーローを牽制したのだ。

 それきり言葉も無く、二人のヒーローは正反対の方向に跳躍した。




 あのアメフト部員をちゃんと直立にした後、サイコシルバーは凱旋。

 スーツを脱いで、学校に戻った。

 アインソフ・スクールの教室は、日本のそれとは大きく異なる。

 民家の、手狭なリビングを思わせる部屋だ。

 壁の外周に沿って簡素な椅子があり、六人の生徒が一つの長机を共有する。

 その対面には、小ぢんまりとした一人用の机があり、教師はそこに座る。

 日本の学校にあるような教壇など、ここには無い。

 生徒の私物がそこらに散見されるが、最低限、授業の妨げにならなければ、咎められる事もない。

「お疲れ様、アイジ!」

「お疲れ様、ビリー」

 短く刈った金髪、細面、四角いフレームの眼鏡をチャームポイントとする白人の少年が、再会した南郷とハグを交わした。

 ウィリアム・アハーン。

 愛称はビリー。

 彼は南郷の学友であり、ヒーロー活動における相棒でもある。

 彼らは、言外に、お互いの労をねぎらい合っているのだ。

「今回の点数をつけるとしたら、何点?」

「七二点、と言った所かな」

「これは手厳しい」

「君も同じ思いだろう。

 ブロスフェルト先生の介入が無ければ、九〇点は行けた」

「そうさ。

 良い手法も思い付いたし、次はうまくやろう」

「俺達二人なら、出来るさ。相棒」

 ビリーは、ジョックや、その取り巻きサイドキックス連中には抜け作スラッカーなどと揶揄される存在だ。

 しかし、ビリーとは親友を超えて“半身”の域に達している南郷は、彼が意図的に抜け作の仮面をかぶっている事を知っている。

 そんな道化を演じるビリーが拳を突き出せば、南郷も同じように、拳を打ち合わせて見せた。

 その様を、マナが呆れた風に見ている。

 他のクラスメイトは、とっくに離席して、ここには居ない。

「結局、ブロスフェルト先生はさっき帰ってきたよ」

 遅刻者二人にそれを告げるために、マナは一人で待っていたのだ。

「今日は休講だって。

 あの厳格なブロスフェルト先生が、

 な、ぜ、か、ねっ」

 南郷を見つつ、念押すような語調だ。

「先生も人間だ。マシーンでは無いのだから、時には休みたくもなるだろうさ」

 軽い口調で返したのは、ビリーだ。

「先生も、ヒーローだったんでしょ」

 マナが、真っ直ぐ斬り込むように言い放ってきた。

「マナさん。また、俺達の通信を盗み見ましたね?

 あまり、感心できませんよ」

「だったら、あの通信システム、わたしのお父さんに作らせなければよかったのに」

 サイコシルバーが相棒サイドキックとやり取りをするインスタントメッセージのプログラム。

 これは文字で交信するものだが、当然、キーボードや携帯電話の手打ちで入力していては、即時対応が出来ない。

 そこでビリーは、思考で直接文字を打ち込む、生体工学デバイスを発案した。

 非侵襲的な脳波キーボードと言った所か。

 これの開発を、南郷組のコネクションを介してABLアッシァー・バイオニクス・ラボラトリーなる組織に依頼。

 開発は、最高管理責任者・乾浩司いぬいこうじの管轄下で行われた。

 つまり、この脳波キーボードを開発したのは、マナの父である。

 父がサイコシルバーのために手掛けたシステム、と言う情報だけあれば、マナには充分過ぎた。

 そして、父に何を教えられたわけでもないのだが、娘は、サイコシルバーの生体工学通信を傍受してのけたのだ。

「いいかい、マナ。これは命がけの事なんだ。

 漏れてしまったのは俺の落ち度としても、君のような女の子がヒーローの世界に首を突っ込むべきではない」

「ビリー?

 わたしみたいな、ただの女の子に簡単に傍受されてしまったことに、危機感を持ちなさい。

 確かに、サイドキックが発声せずに情報伝達ができるこの通信方法は、情報の秘匿に有利。

 けど、結局ハッキングされてしまったら、無意味じゃない。

 これがわたしじゃなくて、悪いやつに盗み見られたら……君たち、負けるよ」

 ビリーは、小さく頭を振る。

 だが、反論出来ない事も事実だった。

「勝ち目が無いよビリー。

 マナさんの言う事にも一理ある」

「ああ、わかってる。

 俺がマナの立場だったら同じ事をしたさ。

 大事な友達が、自分の介入できない危険なファイトをしていて、その作戦に穴があるのを見つけてしまったら……いてもたってもいられなくなる」

「だったら――」

「だがわかってくれ。

 自分達のしている事が危険だからこそ、友達を無闇に巻き込みたくないことを」

「でも、君たち二人は、コンビでやってる。

 わたしたちは、いつも三人で仲良くしてた。

 わたしにだけ一緒に戦う資格がない理由は、何?」

「それは」

 ビリーが語調を落とすと同時に、

「ビリーは俺の半身に等しいからですよ。

 そして俺は、ビリーの半身。

 “他人”の貴方が、踏み込んでいい領域ではない」

「――!」

 その言葉に、マナは息を詰まらせた。

 胸元で拳を握り、南郷の、いつになく冷淡な顔を、それでも負けじと見上げる。

 唇を引き結び、裂けた心から染み出す痛みに、決して涙すまいと。

「だったら! せいぜい、わたしの踏み込む余地がないよう、完璧に立ち回ればいい……。

 わたしはただ、君たちに何ごともなければ……それで……」

 マナはうつむき、しなだれた髪で顔を隠す。

「……、……」

 南郷は彼女へ静かに歩み寄ると、優しく肩に手を置いた。

「すみません、嫌な言い方をしました。

 けど、俺達は、貴方が大切だからこそ、本当は巻き込みたくないのです。

 それは、誓って本当です」

「わかってる、それは、わかってる……」

 マナは、弱々しく呟くと、弱々しくうなずいた。

 双方、理屈ではわかっている。

 互いが互いの事を思いやるからこそ、時に、決して相容れない衝突が起こる事を。

 誰より優しく接したい相手こそが、時に、最悪の論敵となる。

 ままならない。

 この時、三人は全く同じ言葉を浮かべたのだった。




 夜の帳が降りた。

 こざっぱりとした、女子寮の一室。

 部屋の主である婦人のベッドに腰かけるは、逞しい身体つきの男だ。

 ダークブラウンの短い前髪、その下には常にエネルギッシュで挑戦的な眼がある。

 視線は、自分が手元でもてあそぶアメフトのボールのみを見据えている。

 アダム・ダフィ。

 アメフト部の現キャプテンにして、生徒会長を兼任する。

 通称はKINGキング

 由来は……言うまでも無いだろう。

「コミックに出てくるようなヒーローに連れて行かれて、エンパイア・ステート・ビルの頂上ではりつけにされた。

 そいつは“サイコシルバー”などと名乗っていた。

 奴の言葉のうち、俺が辛うじて理解できたものを統合すると、こうだ」

 アダムは、その力強い視線を、窓の方へ向ける。

 正確には、窓際に立つ、長いプラチナブロンドの女生徒へ。

 満月を見上げていたマリー・シーグローヴが、その冷たく玲瓏な面差しを、アダムに向けた。

 演劇部長にして、生徒会副会長。

 銀月の光に照らされた美貌は、まさしく、女王クイーンビーの中でも頂点を極めた――“女帝エンプレス”の称号を戴くにふさわしい。

「ビルの近辺で、そうした目撃情報は?」

「ほぼ、無い。

 そんな蜘蛛男がいれば、必ず誰かの目に留まるはずなんだがな。

 その時間、テナントの大半はなぜか休止しており、特に高階層は無人に等しかったそうだ。

 これではまさに空虚な有様のエンプティ・ステートビルだ」

 マリーは、儚い溜め息をひとつ。

「相変わらず、面白みの無い冗談を言いますね。耳障りで脳が腐りますので、ご自重下さい」

「そう言う自分は、気の利いた言い回しが出来るのかい」

「さて、目撃情報が皆無だと言う事が、この上無く怪しさを示して居ますね」

「相変わらず、勝手極まりない女だ」

「私の友人、アグネス・キンバリーが、一番最後に彼を見て居ます」

「アイジ・ナンゴーと、連れ立って、校舎裏へと消えた様をな」

「あのアメリカンフットボール部員が、低俗な恐喝を行って居たのは、私の耳にも入って居ました」

「それは、俺の不徳だ。この場合、アイジは被害者だったのだろう」

「それを自分の不徳とするとは、思い上がりも甚だしいですね。

 あの様な二軍の、末端部員の動向までも掌握出来ると思うのなら、それは間違いです。

 私達女子サイドにも言える事ですが、友人や後輩に任せざるを得ない以上、指揮系統のムラは避けられません。

 その程度の道理くらいは弁えて口を開いて下さいな。KING」

 アダムは、再び、自分が持つボールに視線を落とした。

「私のアグネスも、時には誉められない行いをします。

 彼女は、私の最も身近な友人であるのに、それすらも、私には御し切れない」

「日本人留学生の、マナ・イヌイの件か。

 あの時も、アイジ・ナンゴーだ。

 奴は、アグネスに何かをしたんだ」

「明白ですね。

 あの一件以来、彼女は変わってしまいました。

 酷く怖がりになった。

 それが良かった事か、悪かった事かは、わかりませんが」

「悪いに決まっている。

 元々のアグネスはもっとパワフルだった。

 彼女の才能の芽を、俺の知らない所で摘み取った奴が居るんだ」

「謙虚になった、と言う側面もあります」

「マナに対しては、すまないとは思うさ。

 俺と君が気付いて助けてやれたら、マナへのいじめはすぐに止み、アグネスがアイジの手にかかる事はなかった。

 今回のアメフト部員の行為にしても、同じだ」

「実際、アグネスに何があったかは誰も知らないですし、証拠も有りません」

「だからこそ、暴いてやらないと気が済まない」

 それ以上、マリーは反論しない。

 代わりに、

「アイジ・ナンゴーとウィリアム・アハーン。

 この二人の暗躍は今後恐らく、活発化する筈です。

 今回の被害者の陳述が正しいにしろ、錯乱したものにしろ。

 本当に何らかの方法でエンパイア・ステート・ビルで磔にされたか、それに相当する精神的外傷を負わされたのは事実。

 アグネスの時とは比べ物にならない程、行動が大胆になって居ます。

 そうした者が、今日から大人しくなるとは、考えられない」

「まさか、奴が次の行動に出た所を押さえると言う意味か?」

「それしか、方法は有りません。

 貴方は、犯人を捕まえたいのでしょう?」

 だったら。

 アダムが犯人を捕まえると決めたのなら、マリーは意見をさしはさまずに献策するだけ。

「このスクールには、彼らが好みそうな問題が山積して居る。それは貴方が一番良く知って居る」

「良いか? もう何度、このフレーズを聞かせたかはわからないが――俺は王だ。

 このスクールの生徒全てを統べる王だ。

 その責任が、俺にはある。

 仲間を囮にするなどと」

「あら、仲間とも生徒とも、一言も言ってませんよ?」

「……同じ、アウトローをぶつけると言う事か」

 マリーは今一度月を見上げ、天の川のごときロングヘアーを払った。

 冷知を帯びた彼女の顔に、月明かりの幕が優しくかかる。

 アダムは一瞬、思考を忘れて彼女に見とれてしまった。

「……しかし」

「今でこそ義賊を気取って居るのでしょうが……エスカレートして行く内、彼らの矛先が不特定多数の生徒に向かない保障は有りません。

 物欲にしろ征服欲にしろ承認欲求にしろ、人の欲には、際限が有りませんから。

 昆虫を虐待していた少年が小動物を虐待し、その内人間をも……とは古今東西、良くある話です。

 この件は、私に一任して下さい。

 貴方は、その空虚な玉座から高みの見物をして居れば良いのです」

「あのな、マリー。

 いい加減、俺の何が気に食わないのか教えてくれないか。

 どうして、そういちいち噛みつく」

「この件を、私に預けるのですか? 預けないのですか?

 それ以外の事で、貴方が何を思おうと興味はございません」

 アダムは、一考する。

「……、…………」

 しかし実際には。

 一考する、ポーズを取るだけだ。

「良いだろう。

 アイジへのファーストコンタクトは、君に任せよう。

 女帝陛下」

「ありがとうございます。

 それが聞ければもう用は無いので、退出願いますが」

 アダムは、その広く堅牢な肩を盛大にすくめて見せた。

「脈なし?」

 誰もが――特に、校内の女子は例外なく――羨む、アインソフスクールの王。

 そんな彼が、ここまで言われてもなお、好意を示さずにはいられない女帝。

 そんな彼を、ここまで無碍に扱い、平然としていられる女帝は、

「何度も言わせないで下さい。

 貴方の求愛を受ける事等、万に一つも有り得ない」

「理由くらいは聞かせて欲しいな」

「特別サービスに、一度だけですよ?」

「構わないよ」

 マリーは、心底、アダムを蔑んだような目つきで見据えて。

「貴方は、私が知り得る限り、全方位的に完璧で“強い”男性です。

 パートナーとしても、身に余る程の、最良の方だと思います」

「? だったら」

「だからこそ、私は貴方を異性として見られない」

 何故なら、

「私が愛を感じるのは、無能では無い男性。

 しかし。

 それでいて致命的な“脆さ”“弱さ”“情けなさ”を併せ持った人。

 貴方の様な、知力・体力・時の運の全てをほしいままにするジョックは、まさにその対極。

 そうですね。

 巷でオタクギークだとかがり勉ブレインだとか、カースト最下層と指をさされても、確かに光る物を内包した存在。

 もしも、その中で一際突出した殿方が居れば……私は全てを委ねてしまうでしょう」

 アダムは、ただ、わざとらしく眉を傾けるのみ。

「やれやれ、乙女心は複雑怪奇だ。

 なら俺は、君が少女から“女”になるまで待つまでさ。

 とりあえず、お邪魔したよ」

 そして、ベッドから腰を上げると、意中の女に一瞥をくれる事もなく、

 淡々と部屋を後にした。

汚れ仕事ウェットワークは、私がやりますから」

 そう、声に出さず、唇だけでなぞったマリーの様子に、アダムが気付く事は無い。

 アインソフスクールの“王”が穢れというものを知らぬ以上。

 この“女帝”が陰で――彼の意思に反してでも、手を汚そう。

 そんなマリーの覚悟に、アダムが気付くことは無かった。




『サイコシルバー エンディングテーマ』


 鏡を見ると 君を思い出す

 自分は君で 君は自分

 違う大地で 生まれたのに

 僕らはすでに ひとりでふたりだ

 苦しみも 楽しみも

 二人のものとして――感じた

 君は僕の 僕は君の半身

 そう信じて 疑わず生きる

 この先に 何があろうとも

 その慟哭さえも 僕は 愛する

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