第2話 キューと寄宿舎
下から吹き上げる風と、青い光。落ちているという気持ちの悪い感覚。おのずと恐怖が湧き上がる。
すぐにバランスを崩して頭から真っ逆さまになった。
「ぎゃぁぁ。落ちてるー!」
スタグとつないだ右手をより強く握る。
「青く光っているうちに、穴を抜けるんス」
冷静なスタグの声。
「で、でもでも!」
今は人間に変身してるんだもん!これじゃ人間界に出た時に、落下の衝撃で大怪我だよぉ。下手すりゃ、そのまま死んで天界に逆戻りかも~。
そう考えるとより一層恐怖が増した。
「あわ×△※○□……」
あたしの声、半分声になってない!
落下する速度が増している気がする。
怖い……。
どんどん、どんどん落ちている。
フワフワするような、気が遠のいていくような……。
「……」
「……さん」
「……キュ……さん」
右手をぎゅっと握られている感覚。
「キューさん、大丈夫ですか?」
「へ?」
ハッと我にかえる。
まだ青い光の中を落下中。
「あわわぁぁぁわわわ」
恐怖のあまり手足をばたつかせる。
「きゅ、キューさん落ち着いて!手が離れてしまう!人間になっているといえ、天使の力は使えるはずですよ」
「で、でも、でも!落ちてる!羽根無い!飛べない!」
恐怖のあまり涙が出てきた。
「それは僕が加速してるからです。出口が思ったより遠くにありそうなので急いでるんですよ」
「えぇぇぇ!」
あたしはもう何が何だか。
逆さまにどんどん加速して落ちて行く。スタグは冷静な顔であたしを見て言う。
「手を離さないで下さい。離れたら最後、どこに落ちるかわからないから」
「ど、どこにって!?えぇぇ!」
人間に変身して降りるのがこんなに大変だったとは……。さすが最終試験。イザエル様のバカーー!
あたしはもう半泣きで、スタグの左手を握っているのがやっとだ。
青い光が揺らぐ。
「まずいな……、やはり二人だと負荷が大きいのか……?」
スタグが小声でつぶやく。
「キューさん、もう少し加速しますよ」
「×△○□!!」
あたしの声、もう出てこない。
今でさえ落下の速度が速い。手を握っていることが精いっぱいなのに、まだ加速するだと!?
落下の恐怖の中に、スタグに対する怒りの感情が混ざってきた。
「……るな……」
「……ふざけるな……」
「ふざけるな!このやろー!!」
つないだ右手を引き寄せ、恐怖と怒りにまかせた左の拳をスタグの顔面めがけて直線突き。
「おっと」
混乱したあたしの拳は、あっさりスタグにかわされた。
と同時に、あたしの背中にすっと手をまわして、スタグはあたしを抱き寄せた。
「怖いのなら、このまま目をつむっていて下さい。もうすぐ出口ですから」
スタグが耳元でそうささやいた。
「……うぅ」
あたしはスタグの腕の中で身動きできず、恐怖と怒りで混乱したまま気が遠くなるのを感じた。
…………。
弱い風が髪を撫でる。
遠くで聞こえる話し声や、たくさんもの何かの音。
肌にまとわり付くような湿度の高い空気。
「……ぅうぅ?」
うっすらと目を開ける。
すぐ上に木の葉が風に揺れているのが見える。
住宅街の中にある小さな公園のベンチ。そこにあたしは寝ていた。
「あ……れ?」
……人間界……だよね?
いつの間に……。
スタグの姿がない。
起き上がって、その茶色のベンチに座りなおす。
なんだか頭がボーっとする。気を失っていたせいだろうか……。
どのくらいの時間がたったんだろう……。
降り注ぐ真上を過ぎた夏の太陽の光がとっても眩しい。
ぼんやりと頭上の木の葉を見つめる。
突然、頬に冷たい物が触れた。
「うぁ!?」
驚いて振り返るとそこにスタグが立っていた。
「あはは!驚いた?気が付いたんだね。はい、これ」
そう言って、スタグは何かを差しだした。
頬に触れた冷たい感触はこれだったか……。
あたしは無意識にそれを受け取っていた。
そしてスタグはあたしの隣に座ると、あたしに渡したそれと同じ物の、その蓋をとりグイッと飲んだ。そして「ふーっ」っと、一息。
あたしはまだ混乱しているのか、頭の中がまだごちゃごちゃした感じで、やっと渡されたものがペットボトルのお茶だということがわかったような状態だ。
「キューさん、大丈夫ですか?」
スタグがあたしの顔を不安そうに覗き込む。
「……ん?……うん」
軽く頷く。
あたし、ひょっとしてスタグに心配されてる?
天使がクピドに心配されるなんて最悪。ほかの天使に知られたら笑われちゃうなぁ。
……で、でもまぁ、今は人間になってるんだし、スタグの方が人間界は経験があるわけだし、……言い訳には困らないか。
スタグは、まだ心配そうな顔であたしをじっと見ている。
「キューさん……」
「んん?」
あれ?
なんだろ、なんか違和感がある。
スタグの人間の姿ってこんなんだっけ?
砂時計前で会って、マルクトの穴のところまで……、その時と違うような、違わないような?
途中よく覚えてないけど、バンダナを外した以外、服装は一緒だしなぁ……。
「どうしました?」
穏やかな口調でスタグが言う。
「スタグ、なんか……、さっきと違うような?」
スタグの顔をまじまじと見る。
あらためて見ると、きわめて特徴のない平々凡々とした顔立ち。表現のしようのない第一印象の残らないタイプだ。バンダナで隠れていた髪型は、クピドの時と違って少し長めのショートカットだった。
前髪がくねっている……。
「う~ん」
何か違うような気はするんだけど、髪型ではなさそう……。やっぱりどこが違うのかよくわからない。
するとスタグはそれに気が付いたのか、前髪を直しながら答えた。
「あ、見た目を少し変えたんですよ。人間社会は子供だと行動に制限を受ける場合もあるもんで……。課題をこなすには夜も動くことがあるから、子供が真夜中に外を歩いていたら、家出だと思われてしまうでしょ?それで少し大人に戻したわけですね」
「……ふーん、そうなのか……」
「天界では、人間社会の年齢で七歳前後の姿になりますけど、今は二十、五、六歳といった姿でしょうかね」
ニコニコと笑顔で答えるスタグ。
どこで姿が変わったんだろ?気付かなかった……。マルクトの穴の中かな。
というか、7歳と26歳って……、子供と大人ほども姿が違うのに、それがわからなかったあたしって一体……。
「キューさん、課題書見せてもらってもいいですか?」
「あ、うん」
あたしはカバンから課題書を取り出しスタグに渡した。
「ありがとう」
そう言うと、スタグは課題書をパラパラとめくり、数ページ目で手を止め読み始めた。
その様子をボーっとしながら見る。
スタグはページを何度かめくり、しばらく課題書を読んでいた。
そして、少ししてパタンと課題書を閉じると、「うん」と言って立ちあがった。
「キューさん、それじゃ移動しましょう」
そう言ってあたしの正面に立って手を差し伸べた。
「うん?ん?」
あたしは、その手をじっと見つめた。
どうしろっていうんだ?
なんとなくその手に右手を伸ばす。
すると、触れるか触れないかのうちに、スタグがあたしの手を握り強引に引っ張った。あたしはその反動でベンチから不意に立ちあがった。
「キューさん、やっぱりまだボーっとしてるみたいですね」
困惑したスタグの表情。
「……そ、そんなことはないよ!大丈夫」
と答えたものの、やっぱりまだボーっとしている気はする。
でも、それだけじゃない。
なんか、変なんだよね。
なんだろう、この感覚。体がすごく重く感じる。それにこの空気、なんだか淀んでいるようで息苦しい……。人間に変身しているからかなぁ。
「はぁ……」
あたしは大きくため息をついて視線を落とした。
「やっぱり今日は、少し早いですが、もう休みましょう」
手をつないだままスタグが言う。
「……休む?」
再び視線をスタグに戻す。
「えぇ。僕らのように課題のため人間に変身しているクピド用に宿舎があるんです。課題書には、それがどこにあるのか載っているんですよ。この場所から一番近い宿舎を確認しましたので、一旦そこに行きましょう」
そう言って、スタグはあたしの手を引いて歩きだした。
つられてあたしも歩く。
張りきって天界から出てきたものの……、初っ端からこれじゃぁ、課題を手伝ってるんだか、邪魔してるんだか……。なんだかちょっと複雑な気持ち。
交通量の多い大通りに出る。ひしめくように並んだ高さの高い建物、渋滞した車の列、大きな街路樹、通りを歩くたくさんの人たち。
そんな人の流れに乗って、しばらく歩いていると、ようやく冷静さを取り戻してきた。
何もかもが初めての人間界。いつも話を聞くだけだったその世界に、あたしは今いるんだねぇ。
嬉しさと好奇心、そして別世界にいるという不安とが入り混じる不思議な気持ち。
けれども、体はやっぱり重くて、息苦しい。
これって人間界にいる間ずっとこうなのかな。なんとかならないかなぁ。
「キューさん、こっちのようですよ」
と、スタグが手を引っ張る。
「う、うん」
ヨタヨタとふらついて大通りを右に折れ、小さな路地へと入る。
通りは集合住宅が目立つ住宅街のようだ。しばらく歩いた先の、その一角でスタグがスッと足を止めた。
「ここですね」
そう言われて見たすぐ目の前に、門のある茶色いレンガ壁の建物があった。
「ここ?」
「えぇ、入ってみましょう」
そう言うと、スタグは先に建物の敷地へと入って行った。
3階建てのどっしりとしたその建物は、あたしの背丈よりやや低い門柱と、道路に面した部分を柵で囲み、門から玄関までの数歩の距離を石敷きにした趣のあるものだ。そして、柵にはトゲのついたツル性の植物が這わせてあった。
よく見ればその柵のツルに、なにやらピンクっぽい色のつぼみが付いている。
なんだろう?
近くまで寄ってみる。
もうすぐ咲きそうな花のつぼみがいくつも付いている。そして微かに香るこの香り、そうだこれ薔薇だ!
「キューさん?」
先に建物に入ったスタグが、入口から顔をのぞかせてあたしに声をかけた。
「あ、ごめん」
慌てて、中に入る。
吹き抜けの玄関ホールはそれほど広くはない。
正面は押し開ければそのまま外へ抜けられるような扉風の大きな窓になっており、その窓の端に重々しい深緑色のカーテンが金色の紐状のタッセルで束ねてあるのが見える。
玄関を入ったすぐ左横にはカウンターと小窓のついた変な部屋があった。そのカウンターの前に、スタグが緑のエプロンを付けた綺麗な女の人と立っていた。
床の渋い木目とホールの真ん中に円の描かれた濃紺の丸い絨毯、深緑を基調とした壁紙。
見回せば、ホール右側の廊下の手前の壁には背丈ほどもある振り子の柱時計、そして廊下を挟んで奥には2階へ通じる半円を描いた階段。
どれもが、少し前の時代のレトロな感じを漂わせていた。
「こんにちは」
女の人がほほ笑んであたしに挨拶をした。
「こんにちは」
あたしも挨拶を返す。
綺麗な人だなぁ。さっきの薔薇のような良い香りがする。
それに何だろう、この変わった空気感。
例えるなら、よく磨かれた金属の、冷たい表面に全身で触れたような感じ。
この人の気配かな?
「キューさん、こちらこの宿舎の管理をしているローズさんです」
スタグが紹介する。
ローズさんっていうのか。
黄みを帯びたブラウスに、濃い紫色のロングスカート、その色合いとバランスがとても細身に見える。横に一つに束ねた長い赤毛の髪が印象的だ。
「こちらは、今回僕と組むことになった見習い天使のキューさん。数日間になると思うけど、よろしく頼むよ」
「はい。かしこまりました」
ローズさんは満面の笑みで答えた。
「ローズ、仕様はこの宿舎も一緒?」
スタグが玄関ホールから右の奥へ伸びた廊下の様子を窺いながら言う。
「えぇ、同じですよ。今月は誰も使っていないので、3日と言わず、ゆっくりしていって下さい」
「ゆっくりって……、そうもいかないよ。課題達成は早いほうがいいし、長居はしたくないからね。それにキューさんはこの課題が愛天使への最終試験なんだ」
「まぁ、それは大変ですねぇ」
ローズさんはあたしを見て少し曇った笑顔をした。
むむむ……、なんで?
にしても、何、この二人の感じ……、なんだろ。ひょっとして知り合い?
「スタグ、ローズさんと知り合いなの?」
気になることは聞いてしまうあたし。
「えぇ、そうですよ」
スタグから簡単な答えが返って来た。
う~ん、そうじゃなくて二人の関係が気になるのに~。
見た感じ、大人に変身したスタグと結構お似合いのカップルに見えるんだよね。でも、ローズさんの方がちょっとだけ年上っぽい感じ?それに綺麗すぎるかな。
「私が以前管理していた宿舎に、スタグさん、1年ほど滞在していたことがあるんですよ。その時からの知り合いですね」
あたしの気持ちを察したのか、フフフっと、少し笑いの混じった感じでローズさんが答えた。
「へ~、そうなんだ」
と、頷きつつも、よくわからないや。どういうことだろ?やっぱり聞いてみよ。
「ということはスタグとは前の宿舎で?」
「はい。宿舎の管理人は数年おきに転勤があるんです。私はこの桧宿舎に移ってからもうすぐ3年になるのですが、」
転勤……。
「今までいろんな宿舎を管理してきましたけれど、スタグさんみたいに、1年も宿舎にいた方は他に見たことがありませんよ」
と、ローズさんは笑いを抑えているような表情で言った。
「ふん、そんなことはいいじゃないか。ローズ、それより鍵、部屋の鍵!」
予想外にスタグが苛立ったような口調になったので、あたしはそれに少し驚いた。
なんだろな?何かありそうだな……。
ローズさんは「はい、はい」と言うと玄関横のカウンターのある部屋へ鍵を取りに行った。
その間、横目にスタグを見る。
少し機嫌の悪い表情をしている。
「スタグ?」
あたしが声をかけると、スタグはすぐにやさしい顔に戻った。そして今度は少し困った表情になって、
「す、すみません。キューさん。……まさか、ローズとここでも会うとは思っていなかったもので……」
と言って、視線をあたしから逸らした。
なんだかますます怪しい感じがする。この二人、前に何があったんだろうか?すっごく気になる!
あ、ローズさん戻って来た……。
「はい、こちらの鍵がキューさんのお部屋です。そしてこちらがスタグさんですね」
ローズさんはブロンズ色をした人差し指くらいの長さの鍵をあたしとスタグに手渡した。
「ありがとう」
「無くさないで下さいね」
鍵を受け取ると、ローズさんにほほ笑まれた。
ブロンズの鍵は持ち手の部分がクローバーの形になっていて、とってもかわいいデザインだ。そこに短めの青い紐で鈴が結んである。
鍵からローズさんに目を移すと、ローズさんと目が合った。
やっぱり綺麗な人だなぁ……。
「キューさんのお部屋は2階の東側になります。そこの階段を上って右の一番奥ですね」
そう言ってホールから2階の右奥に走る廊下を差し示す。
「何か、わからないことがありましたら、何でも聞いて下さいね。いつもこの管理人室にいますから」
「はい、ありがとうございます」
小窓付きの変な部屋は管理人室だったのか……。
「スタグさんのお部屋は3階になります。この階段を3階まで上がっていただくと、すぐ左側のお部屋ですね」
そう言って吹き抜けのホールの3階を指示した。
「うん。わかった」
スタグの返事を聞くと、ローズさんはあたしに向きなおった。
「キューさんは、宿舎のご利用は初めてでしたね?」
「はい」
宿舎も何も、人間界自体初めてなんだけどね。
「では、この宿舎について少しご説明しますね」
「はい、お願いします」
これは、ちゃんと聞いておかなきゃ、だね。
あたしは、さっそくメモ帳を取り出した。
「この宿舎は、クピドをまとめられているアモル様の管轄になります。アモル様の規則で、クピドは宿舎を利用中も、変身を解いてはならないことになっております。ごく稀にキューさんのように天使の方もご利用されることがあるのですけれど、この規則は天使の方にも守っていただいておりますので、ご了解くださいね」
「はい……」
返事はしたけど、いきなり内心複雑だなぁ。変身を解いちゃダメなのか……。う~ん、これはちょっと……辛いかもしれない。
「宿舎では朝食と夕食を用意します。朝食は午前7時、夕食は午後8時です。不要な時は早めに教えて下さいね。昼食は各自でお願いしております」
朝夕に食事が出るのか。人間界の食事なんて食べたことがないし、これは楽しみだね!
昼食は各自……、と。
まぁ、何も食べなくても平気なんだけどね。
「それから、各お部屋にシャワーは付いていますが、バスタブがないので、もし入浴をご希望でしたら、近くに銭湯がありますのでそちらをご利用ください。その場合、利用券を差し上げております」
ふむふむ、シャワーか銭湯……、と。でも銭湯?
「お部屋の掃除は各自でお願いいたします。用具は管理人室前の廊下に置いてありますのでご自由にお使いください。それから、お部屋に付いているチェストなどの家具類もご自由にお使いいただけますが、小物を含め宿舎の一切のものは持ち帰りをご遠慮いただいております」
掃除は自分で、備品の持ち帰りはダメ……、と。
……チェストって服を入れておく小さなタンスみたいな家具だよねぇ。それの持ち帰りって、盗難なんじゃ……。
「最後に……、これが一番重要なのですが、課題を達成されましたら、その日が退出日になります」
「ん?退出日?……っていうと?」
「はい。宿舎をご利用される方は、みなさん課題を達成するのが目的ですので、それが達成されれば天界へとお帰りになります。課題達成後の宿舎滞在は認められておりません。ですので、宿舎をご利用中はお部屋に多量の私物の持ち込みをご遠慮いただいております」
なるほどねぇ。私物を増やさない……、と。
「あとは常識の範囲でご自由にお使い下さいね」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
返事をして一通り書き終えると、メモ帳をカバンにしまった。
ここにも、いろいろあるんだなぁ。他にも細かい規則がありそうだ。
案外人間界も窮屈なところなのかな?
そういや、この宿舎、部屋の数はそこそこありそうだけど……、ほかに利用者いないのかな?
「ローズさん、今この宿舎を利用してるのって、あたしたちの他にいないんですか?」
「えぇ。今は他にいませんね。先月の半ばまで2人の方がおりましたが、2ヶ月ほどの滞在で課題を終えて無事帰って行かれましたよ」
「2ヶ月かぁ……」
長いのか短いのか、わからないや。
「課題の内容は、その方その方によって違いますが、みなさんおおよそ1ヶ月から長くて半年の滞在ですね」
「へ~。じゃぁあたしたちも、2ヶ月くらいになるのかな?」
と、スタグを見る。
「えぇ。うまくいけば、それくらいかもっと短くなりそうですよ」
そう微笑みながらスタグが答えた。
その様子を、横でローズさんがクスクスと小さく笑いながら見ていた。そしてスタグを見て意味ありげに、
「がんばって下さいね」
と言った。それに対しスタグは、
「もちろんだよ」
と、一瞬不機嫌な顔をしてすぐにバレバレの作り笑いで答えた。
なんで?
そういえば、スタグ、ローズさんの話によれば1年も宿舎にいたんだっけ?
……課題達成日が退出日なんだから、……それって、達成するまで1年もかかったってこと!?
えぇぇー!ちょっとそれってマズイんじゃない?あたし、早く一人前の天使になりたいんだけど。これはパートナーを組む相手、悪かったかなぁ……。
「では、夕食は8時になりますので、時間になりましたら食堂にお越しくださいね。食堂はこの突き当りになります」
ローズさんは、管理人室の入口がある廊下の奥を差すと、「それでは」と言ってそのまま部屋に戻って行った。
「……」
「……」
沈黙するあたしとスタグ。
さて、どうしよう。
チラッとスタグを見る。
すごくまじめな顔をしている。
何を考えているんだろう。
「キューさん、ひとまず部屋に行きましょう」
気のせいか、なんとなく重い口調でスタグがそう言った。そしてあたしを階段のところまで誘導する。
「あ、うん」
あたしはとりあえずそれに従ってホールを進んだ。
階段横の壁に、達筆な文字で何か張り紙がしてある。
“家具は絶対に持ち帰らないこと!”
だって。
“絶対に”のところが赤線で強調されてる……。
持ち帰った奴、いたんだろうな……。
手すりに触れて階段を上がる。しっとりとした木の手触りに年代を感じる。
階段は、上の段に行くほどミシッと軽くきしむ音がして少し揺れる。
上りきる手前で、先を行くスタグがゆっくり振り向いた。
「後で僕の部屋に来て下さい。課題の打ち合わせをしましょう」
そう言ったスタグの表情が硬い。
どうしたんだろ?
「あ、うん。わかった」
スタグはその返事を聞くと「では、後ほど……」と言って、階段を3階まで上って行った。
あたしは、そのまま2階の一番東にある部屋へ向かった。その間の廊下には別の部屋の入口が2つ。北に面した廊下の窓からは、すぐ隣の家の壁しか見えなかった。
ドアノブの鍵穴に鍵を差し入れ回す。
ガチッと鈍い音がして、ロックが外れる。
どんな部屋かな?ドキドキするね。
期待しながらゆっくりとドアを押しあける。
「うわ~。キレイな部屋~!」
ホールや廊下と同じ渋い木目と深緑を基調にしたその部屋は、東側と南側に二つずつ、縦長に設けられた四角い小さめの窓があった。そして東の壁際にベージュのカバーが掛けられたベッドが置かれている。
広すぎず狭すぎず、あたしにちょうどいい大きさだね!
しばらくの間、ここで寝起きするのかぁ。ようやく人間界に来たという実感がわいてきた気がする。
ゆっくりとベッドに腰を下ろす。やわらかな掛け布団の感触。
目の前の壁際には、これまたセンスの良い渋い茶色のローチェストが置かれ、その上には丸い置き鏡とランプが乗っていた。
「かわいぃ~」
ローズさんのセンスなのかな?おっしゃれだなぁ。
近づいて見れば、キノコのような形をしたガラス製の茶色いランプは、カサの部分に葡萄の絵が施されていた。
「この紐を引くと、つくのかな?」
興味本位にそのカサの内側から垂れ下がった細い紐を引っ張ってみる。
カチッカチッと音はするものの……。
あれれ~、明りつかないねぇ。壊れてるのかな?
残念。
今度は南に面した窓際へと移動する。
窓のそばには一人用の黒っぽい丸いテーブルと椅子があった。あたしはその上にカバンを置いた。
窓から外の様子が見える。
先ほど通って来た細い路地、すぐ下に宿舎のツル薔薇の這った柵と、その内側に花の咲いたいくつかのプランターが置いてあるのが見る。
ローズさんが育てているのかな?
頭より少し上に取り付けられた窓の桟の、ねじ式の鍵を回して引っ張る。そして、下から上に窓を開けると、ブワッと生温かい風が入って来た。
「うへー、暑い、気持ちワルゥ」
急いで窓を閉める。
部屋の中は良いんだけど、この外の空気、苦手だなぁ。
窓際の壁に寄りかかって、部屋を見回す。
北側の壁の左端にもう一つドアがあった。
「なんだろ?」
さっそくそのドアを開けてみると、シャワーのある部屋だった。
青いタイル張りの細長い小さな部屋、手前にはトイレが備え付けられている。シャワーとの間をカーテンで仕切る仕組みみたいだ。
「ふむふむ、なるほどね」
そのカーテンを開閉させてみる。
「あ、そだ。スタグの部屋に行かなきゃ」
間取りに気を取られている場合じゃないね。
あたしは小部屋から出ると、テーブルに置いたカバンをそのままに、部屋に施錠をして3階のスタグの部屋へ向かった。
吹き抜けのホールを過ぎ、3階へと続く階段を上がる。
この建物、どうやらホールの吹き抜けを挟んで左右対象にできているみたいだ。
あたしは階段を上りきると、最初の部屋の扉の前に立った。
スタグの部屋は、確かここのはず……。
コンコンコン。
控えめにドアをノックする。
「スタグ……?来たよ」
声をかけるとすぐに、ガチャっとドアが開いてスタグが出てきた。
「待っていましたよ。……どうぞ」
軽く微笑んでスタグがあたしを部屋の中に誘導する。
渋い木目と深緑を基調にした落ち着いた部屋。あたしの部屋と同じ窓が、この部屋には南側に3つあった。
「へ~、この部屋も、あたしの部屋と同じような感じだねぇ」
部屋の様子を見回す。西側の隅にもう一つドアがあった。そっちがシャワーのある小部屋かな。
「そうですね。たぶん、ほかの部屋もみんなこんな感じだと思いますよ」
スタグは笑顔でそう答えた。
先ほどホールで見た硬い表情は何だったんだろうか。
「キューさん、こちらにどうぞ」
窓際におかれた黒い椅子を引いてスタグが言う。
「ありがとう」
あたしは、その椅子に腰を掛けた。
この一人用の椅子とテーブルは、あたしの部屋にあるものと同じだ。部屋を見渡せば、入り口の位置が違う以外、家具の配置はほぼ一緒だ。
スタグは課題書をテーブルに置いた。
そういえば課題書、スタグが持ったままだった。
「キューさん、人間界は多分キューさんが思っているより怖いところです。外を歩くときは、僕から離れないで下さいね」
そう言ってスタグは課題書のページをめくった。
「そうなの?そんな感じ、しないけどなぁ」
窓の外に、午後の日差しの中、日傘をさして通りを歩く女性の姿が見える。それは穏やかな光景だ。これのどこが怖いところなんだろう……。
「いろんな人がいますからね。好意的な人たちばかりとは限りませんよ。それに、人ではないものも、この人間界にはいますからね」
「人ではないモノ?」
その言葉に、あたしは一瞬ドキッとした。
「僕やキューさんみたいに、天界から降りてきた人もいれば、逆に魔界から来たモノもいるんです。いわゆる悪魔ってやつですね」
「えぇぇぇ!?悪魔?」
予想外の話だ。
悪魔がいるなんて、聞いてないよ。それに見たことないし……。
スタグはテーブルの傍らに立ち、少し困ったような笑みを浮かべた。
「悪魔といっても、人間界では僕等と同じように人間に化けていますから、一見わかりませんよ。ただ、うっかり課題の対象を人間に化けた悪魔にしてしまうと、減点されてしまいますので、そのあたりの見極めが必要ですかね」
「……うぅ。そうなんだ。なんだか難しそうだなぁ。……ねぇ、やっぱり悪魔って怖いのかな?」
「そうですねぇ……。人間に化けている悪魔は、そうそう悪いことはしませんけどね。それに、悪魔は独特の魔力の波動を常に出していますから、その気配を読めばすぐにわかりますよ」
なんだかどんどん不安になっていく。
「わかるかな?」
「わかりますよ。むしろ僕なんかより、天使であるキューさんの方がそのあたりは鋭いはずです」
「そ、そうなのかな?」
「そうですよ」
笑顔で答えるスタグ。
でもあたし、まだ見習い天使だよ。悪魔なんて見たことないんだよ。魔力の波動なんて……、わかるわけないよー……。
「キューさん、先ほどローズに会ってどう感じました?」
「へ?ローズさん?」
「えぇ」
頷くスタグ。
な、なんで急にローズさん?
「……う~ん、綺麗な人だよねぇ。それに薔薇のいい香りがしたよ?……、そんな感じかなぁ」
「他には?」
「ほ、他に?……」
他にって言われてもね……。なんでだろ?スタグ、ローズさんのことが気になるのかな。
そういえば、なんだかちょっと変わった気配のような感じはあったかなぁ……。
「そういえば、ちょっと変わった空気感?気配?だったかな?」
「うん、そうです。そういうの、その感じ。もう少し思い出してみてください。どんな感じでした?」
「どんな感じ?……、どんな感じ……」
どんな感じ……。う~ん。
「そうだなぁ、例えるなら、よく磨かれた金属の冷たい表面のような感じ?……ちょっとわかりにくいかな」
でも、そんな感じだったんだよねぇ。いやな気配ではなかったけど、今まで感じたことのない金属っぽい気配だったなぁ。
「なるほどね。それがキューさんの、悪魔の気配の感じ方なんですね」
「え?」
「ローズは、ああ見えて悪魔ですからね。僕たちのように人間に変身しているんですよ」
「えぇぇぇ!!!?」
ローズさんが悪魔ぁぁぁ!?
「うそ!?信じられない!」
じゃ、じゃ何でアモル様の宿舎の管理なんか?スタグ、ニコニコ笑っている場合じゃないんじゃ!?
一瞬にして頭の中が疑問符で覆い尽くされる。
「あいつは例外なんですよ。悪魔といってもいろいろいますからね」
「そ、そうなの?」
なんだか、よくわからないなぁ。確かにローズさんは優しそうだったけど、でも悪魔がクピドの宿舎の管理をしてるなんて、一体どういう仕組みなんだろう。
「あらあら、どうしたんですか、声がホールまで響いてますよ」
ローズさんが、半開きになったドアの向こうから声をかけてきた。
スタグがドアを開ける。
そこにローズさんが立っていた。
「今、お前の話をしていたところだよ。悪魔の気配についてね」
「まぁ、そうでしたの」
「ローズさん!ローズさんって、その……本当に、悪魔なんですか?」
思わず立ち上がり、やっぱりストレートに聞いてしまうあたし。
清楚に微笑んでいるローズさんを見ると、とても悪魔とは思えない。
「本当ですよ」
「へ?」
ローズさんは穏やかに、あたしの目の前にやってきた。
「私の気配、少し変わっているでしょ?……キューさん、この感じ覚えていてくださいね。課題にもかかわってきますから」
あたしの目を優しく見つめるローズさん。
その瞳の色は、まるで月の無い夜の闇ようだ。深く静寂な……、どこかに不安を覚える。
先ほど感じた“よく磨かれた金属の表面ような空気感”は、より鮮明さを増し、金属の表面のように感じた気配は、金属の細い糸がいくつも寄り集まって面を成しているような印象へと変わった。
これがローズさんの……、悪魔の気配……、なんだろうか?
「ローズ!!!」
突然スタグが叫んだ。と同時にローズさんの襟刳りをつかむ。
「え?」
あたしは驚いてスタグに目を向けた。
「何をしている。やめろ」
そう言ったスタグの表情に緊張が見える。
「……フフフ。別に何もしていませんよ。ただキューさんと、お話をしていただけじゃありませんか」
ローズさんがスタグの手を払いのける。
何?何なの?急に。
状況がつかめない。
スタグは何か言いたそうだったが言葉を伏せたように見えた。
あたしは突然のことに力が抜け、そのまま椅子に座った。
ローズさんが再びあたしを見る。
「キューさんは、かわいらしい方ですね、フフフ。……術がかからないのが残念ですが」
「え?」
ど……いうこと?
「お前はまだそういうことをやっているのか、ローズ……。いい加減にしないか!」
スタグが声を張り上げる。その言葉にローズさんは少し曇った笑顔で視線を落とした。
「もうやっていませんよ。……ちょっと試してみたかっただけです」
すねたような口調でそう言うと、ローズさんはあたしの傍で少し屈んで、椅子に座っているあたしと同じ高さに目線を合わせた。
「ごめんなさいね、キューさん。あなたが天使だっていうから、私の魔力、少し試してみたかっただけの」
「そう……なんですか……?」
あたし、ローズさんに何か試されてたの?
「やはり天使の方には効かないんですかね……。それにスタグさんにまた見破られるなんて……」
ため息交じりにそう言うと、ローズさんはスッと立ち上がって、静かに廊下へと向かって行った。そして入り口のドアのところで立ち止まり、こちらを振り向く。
「本当に、ごめんなさいね」
少し困ったような笑みを浮かべそう言うと部屋を出て行った。スタグがその後を追う。
あたしを残して部屋のドアが鈍く閉まる。
……。
静まり返った室内。
なん……だった……の?今の。
よくわからない。何が何だかさっぱりわからない。
「も~、何なの?!」
あたしは、椅子から立ち上がり「ふぅっ」とため息をついて、スタグのベッドに転がった。
……。
目をつむり耳を澄ませる。
スタグとローズさんの声は聞こえない。
……ローズさんは悪魔で、あたしに何か術を掛けようとしていた?……でもローズさん、あたしには効かないって言ってたけど……。
何の術を掛けようとしてたんだろう。冷静に考えたら、これってかなりやばいことなんじゃ?
もし、術がかかっていてスタグが気づかなかったら、あたしどうなってたんだろう……。
そう考えるとゾッとする。
スタグは天使のあたしの方が、悪魔の気配に敏感だと言っていけど、本当にそうなのかな?
悪魔の気配……ねぇ。
ベッドにうつぶせになったまま、感覚を研ぎ澄ませてみる。
目をつむった真っ暗な世界が広がる。
先ほどの、ローズさんの気配。よく磨かれたような金属のような気配を思い出し、気持ちを落ち着けて、集中する。
ふと、2、3メートル下に冷たい金属のような気配を感じた……。
「あ……」
ローズさんの気配だ。
やはり悪い感じはしない。だけど感覚を研ぎ澄ませているせいか、先ほどよりとても冷たく、そして鋭く感じられる。
そのすぐ横には、穏やかで明るく光る気配も感じる。
スタグだ。
あれ?でも、なんでだろう。あたしの気配とすごくよく似ている気がする。
この建物の中には、先ほどローズさんが言ったとおり、あたしと、スタグとローズさんの気配以外感じられない。
人間や、他の悪魔や天使は近くにいないのかな?
試しに気配を読む範囲を、この建物から近所まで広げてみる。
「う~ん」
かなり精神的な力の消耗を感じる。
……。あ!
ウネウネと波を打つようなまだらな気配をとらえた。
3つ離れた建物の1階にいる人間の気配のようだ。
ひどく集中しているのがわかる。「スピードクリア……、スピードクリア……」という言葉が頭の中に入り込んでくる。この男の考えていることだろうか?
宿舎のすぐ後ろの建物からは、シマシマの丸くて柔らかい気配を2つ感じる。楽しそうに飛んだり跳ねたりしているのがわかる。
子供かな?
そのすぐ近くに、もう一回り大きい同じような気配もある。やさしく見守っている感じがする。
他にも周辺にはいくつかの人間の気配を感じた。
……、……。
「ふーっ。だめだ~。疲れた~」
集中を解いた途端、強い睡魔が襲ってきた。
ベッドにうつぶせのまま、あたしは睡魔に引きずりこまれそうになる意識を何とか保とうとした。
変だな。体が実体化しているせい……?
天界にいたときは、こんなに疲れなかったのにな……。人間界っていうのは案外……不便な……もの、かも……、しれ……、な……。
ガチャっと扉の開く音。
「……キューさん?……寝てしまったのかな?」
スタグの声だ。
……寝てないよ。
気配が近づく。ベッドの枕元にスタグが腰を掛ける。そしてあたしの髪を撫でる。
「ぅあんああうぅうぅ……。」
ちょっと!触らないでよね……、と言ったつもりが、あぁ、睡魔のせいで言葉になってないがぁぁぁ!
「ふ……っ」
スタグに鼻で笑われる。
ムカつく。本当は言い返したかったんだけど、もう駄目。睡魔に負けたよー……。
……。
ふと目を開ける。
そしてゆっくりと体を起こす。
あ……れ?スタグ……?
部屋にその姿は無い。
どれくらいの時間がたったんだろう。
スタグの部屋のチェストの上に置かれたガラス製の丸い時計を見ると、針は7時を少し過ぎたあたりを刺していた。
「うそっ!もうこんな時間!?」
あたしは慌ててベッドから起き上がった。
「夕食って何時からだっけ!?」
7時?8時?確か8時だったような気も……。
「あ、そだ、メモメモ……」
ポケットを探るがメモ帳は入っていない。
「かばんの中か!」
あたしはスタグの部屋を出ると、階段を駆け下り急いで自分の部屋へと戻った。
テーブルの上に置かれたかばん、その中からメモ帳を取り出しめくる。
「えっと、えっと……」
“夕食は8時”と書かれている。
「あぁ、よかったー。まだ時間大丈夫だ」
ホッと胸をなでおろし、あたしはベッドに座った。
夕食は、確か下の階の食堂だったよね。何が出るんだろう……楽しみだなぁ。
人間界に来てからの体のだるさはさっぱりとれない。けれど、夕食への期待にちょっとだけ体が軽くなったような気がした。
あたしはベッドに腰をかけたままメモ帳をパラパラとめくった。
人間界に来てまだ半日。なのに、もうすでに疲労することだらけだ。
体のだるさと悪魔の気配。それにスタグとローズさんのよくわからない関係……。まぁ、これに関しては、そのうち本人たちに聞いてみよう。
それにしても、本当にスタグの言うように2ヶ月くらいで課題が達成できるんだろうか……。やっぱり不安だ。ローズさんの話だと、スタグは1年も宿舎にいたみたいだし……。
う~ん……。
コンコンコン、とドアをノックする音。
「はい?」
誰だろう?スタグかな。
ドアに近づき扉を開ける。
そこにはローズさんが立っていた。
「今、いいかしら?」
ローズさんはそう言うと軽く微笑みながら部屋に入ってきた。
「あ、はい。どうぞ」
あたしはドアノブに手をかけたまま答えた。
ローズさんはあたしの横をスッと通り過ぎ、部屋の真ん中あたりでこちらを振り返るとあたしを見つめてきた。
そして少しの沈黙。
何だろう?
表情に変化がない。
「……どうしたんですか?」
「……」
声をかけても返事は無い。
ローズさん、なんか様子が変。
今度は違う質問をしてみる。
「あ、あの、夕食って、8時からでしたよね?」
「……えぇ、そうですよ。下の食堂になります」
視線を逸らすことなくローズさんが言う。先ほどと同じように表情を変えず、ただ優しく微笑みながらずっとあたしを見ている。
そしてまた沈黙。
「……」
「……」
やっぱりなんかおかしい。
次第にローズさんの冷たい気配で部屋の中の空気が凍りついていくような感覚……。
「こ、これは……?」
何なの?一体、ローズさん何の用なの?!!!
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