秋のおとぎ話
(「20世紀ウィザード異聞」本編10-1あたりに入るはずだった幕間のお話。特に山なしオチなし、オーリとエレインがいちゃこらしゃべっているだけです。弟子のステファンはまだ誕生日前ですね)
* * *
竜人の娘エレインが魔法使いオーリローリの守護者となって2年。
酒類と甘いお茶以外人間の食べ物を口にしなかった竜人の彼女も、最近になってようやく焼き菓子などつまむようになってきた。
家政婦のマーシャが喜んだのは言うまでもない。
「何を召し上がろうと、エレイン様はエレイン様ですよ」
からかうようにオーリが指差す。
「確かに。その丈夫そうな犬歯は何を食べようが変わらないもんな」
「竜人の牙と言ってちょうだい」
軽口の応酬をしておいて、エレインはふと真顔になった。
「ねえオーリ、竜人と人間の祖先って、どのくらい近いのかしら」
「祖先? さあ、どうかな。どうして急にそんなことを」
「確かフィスス族を生み出したお母さんは紅い竜だったんだよね、先生」
ステファンは
「創世譚では、そういうことになっているわ。でもわからないのは『始めの父』よ。竜ではなくて人間だったらしいんだけど、東方から来た皇子、という以外には何も伝えられていないの。今まで知ろうとも思わなかったけど……」
「フィスス族は竜人の中でも最も人間に近いからな。でも似たような話なら、人間にもあるさ。母は昔、父のことを『東洋の龍の子孫』だと言っていた。もちろんそんなのはおとぎ話なんだけど、子供の頃は本気で信じていたよ」
「それ、おとぎ話なの? ちょっとでも本当ってことはない?」
エレインが目を輝かせた。
「ああ、残念だけど。でも、祖先のことはともかく、フィスス族の存在を知った時に不思議に親しみを覚えたのは事実だ。母が言った東洋の『龍』というのは西洋ドラゴンと違って、翼がないんだ。それに雷や雨を司るとも言われている。フィスス族の始母竜の話と驚くほど似ているね。それと、ガルバイヤンという姓も――祖父ワレリーの通り名だが――『雷を操る』という意味を持っている。なんだろうね、この類似は」
窓から吹き込む風が、黄金色の落ち葉を運んできた。秋の午後は短いが、まだ陽は輝いている。オーリは席を立ち、散歩に行こう、とエレインを誘った。
「ステファンも来るかい?」
「ええと――ううん、いいや。ぼく『半分屋敷』の手入れをしなくちゃいけないし、
ステファンはオーリ達よりひと足先に外に出て、庭に向かった。
もうじき11歳になるのだ。こんな時にノコノコ付いていって『おじゃま虫』になるほど鈍くはない。
マーシャはオーリ達を見送りつつ一人で微笑んだ。
「運命というものですよ。わたくしは最初から分かっておりました、エレイン様は来るべくしてオーリ様の元にいらした方なんです、きっと」
ステファンは壊れかけて庭草に埋もれた
庭草の間に白い物が光っている。ステファンが置き忘れた
「――捕まえた!」
ステファンが手を伸ばすと、小さな蝋石は真っ直ぐに飛んで手の中に納まった。今はまだこんな力しかない。でも、もう頭痛は起こらない。ステファンはうなずいて、一番大きな壁石に自分の名前を記した。
(了)
*1 「8月の落雷」…本編7章『竜人の鎖』に出てきます
*2 「ソロフ先生の宿題」…本編9章『再会』に出てきます
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