第21話 21

私は私であって、私ではなくなる。


いつの頃からだろう? 他人と接することより、スマホをいじったりして自分の世界にいることを選ぶようになったのは? 教室を見渡しても誰も会話をせずスマホでゲームをしたり音楽を聴いていることが普通だと思っていた。そして話すことも無くなり、しゃべることも怖くなり、自分の声さえ忘れてしまった・・・。


「これからあなたは薄皮(ススキカワ)から、薄皮ヨモギに生まれ変わります。」


やめろー!? 女医ー!? ぶっ飛ばすぞー!? やっぱり私を改造人間にするつもりだな!? 私は薄皮ちゃんであって、薄皮ヨモギではない! 催眠療法だと!? いったい私に何をするつもりだ!? 


「はい。注目。この紐のついた5円玉を見て下さい。あなたはだんだん眠くなる。あなたはだんだん眠くなる。」


バカにするな!? 私がユラユラ5円玉で眠たくなるはずがないだろう!? 私に催眠術をかけたかったら500円玉に穴を・・・開けて・・・もらおう・・・か・・・zzz。


「おやすみ。薄皮ヨモギちゃん。なんて素直でいい子なんだ。」


私の名前は・・・ススキ・・・ススキ・・・。私の名前は・・・薄皮・・・

薄皮ヨモギ・・・。私の夢は・・・世界征服・・・。私は自分の夢を叶えるために・・・その第一歩として・・・。


「私は高校を制覇する!」


これが私の第一声だった。なんだろう? この違和感は? 私の感じている違和感は違和感の無さであった。もしかしたら本来の人間は声を出して生きる生き物だったのかもしれない。スマホの画面を見て育ってきた私たちの世代には何が普通で何が普通でないのか分からない。 


「おお。声が出るようになったね。薄皮さん。催眠療法が効いたんだね。」

「先生・・・。」

「どうだい? スムーズに声が出る気分は?」


声が出る気分? 自分の声が出せる気分・・・だと? さすがの悩みニストの私でも今までの人生で、たかが自分の声が出せるだけで悩んだことはなかったな。これはたかがなことなのだろうか? これは普通の悩み事なのだろうか?


「とっても、とっても嬉しいです。」


涙? どうして涙がこぼれるんだろう? 悲しくないのに・・・。そうか、涙って悲しくなくてもこぼれるんだ。体も震えている。私の意志とは関係なく無意識に私の体は震えている。 


「おお、よしよし。私の胸を貸してあげよう。」


私は涙を流していることを恥ずかしいと思ったのかは分からないが、女医さんの胸で泣いた。一肌の温もりを感じて、いつも冷たいスマホを持っている手よりも温かいと感じて、なぜだか安心できた。ひょん教のような私利私欲の学校の教師より病院の先生の方が信頼できるのかもしれない。


「あ、ちなみに私の催眠療法は3分しか有効時間は無いからね。」


・・・騙された。大人なんて嫌いだ。やっぱり学校の先生も病院の先生も同じだ。教師なんか大っ嫌い! 簡単に信じた私がバカだった。もう誰も信じない。私が信じられるのは、私だけだ。


つづく。

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