第53話 これで、夢は覚めたよね?

「もしもしですって?君島先生、もしもしもしもし、私はステファニーです」もしもしは申す申すという意味なので電話の受け取り側が言う言葉であるが、なぜかステファニーも言っている。

「家には無事着きましたよ。ええ、それでね先生の夢の話なんですけど、現実に向かわせませんか?抹茶ちゃんのことです」

「ちょっとどういうことよ!みんなで愛の告白をして先生をおちょくるって話じゃないの!?」

「ちょっと待ってね、君島先生。ねぇ抹茶ちゃんあなた夏の学校が終わる前にていうか始まった途端に先生と付き合ってみてはどう?今私が考えた事なんだけど」ステファニーは受話器を手で離しながら私に言う。

「私、只今パニックです」私はあたふたとそう言うが恋の苦しさと夏の冷房が利いているこの部屋での現実感、電話先での君島先生の顔を思い浮かべると背中に汗がぶわっと出始めた。

「悪いことじゃないでしょ?」ステファニーが言った。

 悪いことじゃない、これは悪いことじゃない。

 胸がドキドキした。

「今、抹茶ちゃんに変わるわね。抹茶ちゃんずっと君島先生に恋焦がれていたんですって。はい、抹茶ちゃん」

 ステファニーが受話器を渡してくる。私はそれを手に握りそっと耳を傾けてくっつけた。

 受話器では押し黙った君島先生の吐息が聞こえてくるようであった。

「はい、抹茶です」

「ああ、抹茶か。まさか夢の中でも僕のことが好きなんだってな」

「笑いごとじゃないです!それに夢の中でもありません!私はあなたが好きなんです!」私はとうとう言ってしまった。

 それなのに君島先生は受話器越しに響く声で笑った。

「なあ、抹茶。僕と君はどこの世界でも結ばれているみたいだ」

「それってどういうことですか・・・」

「僕みたいな高校教師で良いなら付き合おう」

「え!?」私は驚いて電話を切ってしまった。それをステファニーに渡す。

「どうしたの抹茶ちゃん?」ステファニーは切れた電話を手にしてそう言う。「電話切れちゃったみたいだよ」

「君島先生が付き合おうって・・・」

「良かったじゃない、なんで切っちゃったの?」

「びっくりして・・・」

「まあ、いいわ。明日はっきり本人に言おうね」

「わかった・・・」


 そんなことがあって、ステファニーの家での遊び(あそび)は終わった。

 まったく、嫌になっちゃうわ。私は内心でそう思いながらステファニーのマンションから帰路につく。

 もう日が暮れていて町は暗くなっていた。

 その夜は夏が夏らしくなっていて私はクーラーが恋しくなる。ちょうど君島先生に恋するのと同じように。

 私の恋はいつでもお菓子のような恋だった。

 口に入れるとすっと溶けて私と一体(いったい)になる。

 甘い。



 家に帰った後、お母さんに言われる。「抹茶今日はウキウキしてるわね。何かあったの?」

「何もないわよ」私はそう言って自室に行く。

 自分の部屋に入りエアコンの冷房をいれ、ベッドに横になる。

 しばらくそうしていると冷房の匂いがしてくる。冷蔵庫の中のような匂いだった。私はバニラのアイスクリームになった気持ちになる。

 私は制服を脱いで部屋着に着替えた。

 やれやれ、今日はとんだことが起こった。

 学校初日だと言うのに。明日君島先生にどういう顔して会えば良いのだろうか。

 悩ましい。

 そんな事を考えていると私は冷房が気持ちよくて眠ってしまった。



 次の日になる。

 

 私は目覚ましのアラームで起きてまずは顔を洗う。

 歯磨きをする。

 制服に着替えて朝食を摂る。

 薄墨色したお洒落な靴を履いて家を出る。

 今日も暑かった。朝の陽ざしは喜びを含んでいた。

 それは手を伸ばせば届くほどにそこにあった。


 学校に着いて自分の席で授業の道具を机の中に入れていると雪子が近づいてくる。

「いつも通りでいるのよ?大丈夫、安心しなさい。私がついてるから」

「ありがとう雪子」私はそう言うと雪子は離れて行った。


 自分の席でもじもじしていると私のクラスに担任の君島先生が来た。

 当たり前のことだけど朝のホームルームの時間であった。

 私は恋の渇きが胸に満たされて水が欲しくなる。

 先生が教壇に立つ。

 私は席を立って先生に近付いていく。

 渇いている。

 立ち上がって先生に近付く私を先生は見ている。

 どんどんと近づいていく。

 先生のそばに来た。


 私は背伸びをして先生の唇にキスをした。

「これで、夢は覚めたよね?」

 先生はビックリした顔をしていた。

 私の渇きはすっと水で満たされていった。

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