第29話 雨に濡れて
私は一人暮らししているマンションに戻った。
マンションはほどほどに大きく、階数はいくつあっただろうか?たしか、十五階あった覚えがある。
私はそこの三階に住んでいる。
ガチャリと玄関のドアを開け中に入る。
玄関に置いたジャスミンのお香の灰のカスから、残り香が私の鼻に入る。
くんくん、とその匂いを嗅ぐと私は部屋の奥へと向かった。
明かりを点ける。
白色の蛍光灯がピカリと光るとレースカーテンの向こう側に薄暗いお外が見えた。
私は遮光カーテンを閉めると、一息つけるために冷蔵庫からドリンクを出す。
ドリンクはミネラルウォーターにラベンダーの香料を足したもの。
ごくごく、とそれをコップ一杯飲み干すと、ため息を吐く。
もう夜中だった。
私は机に向かい、黒色の鞄から筆記用具を取り出してノートを机の上で開く。
そのノートに向かってシャラシャラと小説を書いていく。
私と君島先生の恋愛小説だ。
実名ではなく私のイニシャルのS.Mと君島楽譜先生のG.Sを名前にした。
しばらく書き進めていくと私はお腹が空き、今日の夕食を作ることにした。
それとも何処かに食べに行こうか、なんて考えていると電話が鳴った。
着信メロディはジャズ版のオーヴァー・ザ・レインボウ。
私はそれを取り上げ電話に出ようとするとディスプレイに誰からの着信かが出てきた。
担任の君島先生だった。
君島先生とは連絡先を交換してあった。
私は彼からの着信に内心小躍りにしながらも、急いで電話に出る。
「もしもし」私が言う。
「ああ、ステファニーさんか抹茶が君と今度の週末に遊びに行きたいって言うから電話したんだ、今抹茶に変わるね」
抹茶ちゃんが話したいなら抹茶ちゃんの電話から私の電話にかければいいのに、とふと考えるが、私は君島先生の声を聞けたことが嬉しかったので何も言わなかった。
「あ、ステファニーさん?今度の週末、工藤さんと雪子さんと遊びに行こうよ」抹茶ちゃんがそう言う。
「いいわよ。その日空けとくね。今日は雨だったからちょっと服が濡れちゃった」なんて言う。
「あら、早くに学校から帰らなかったの?」
「ちょっと、屋上で黄昏れてたの」
「ふーん、ステファニーちゃん時々不思議なことするもんね」
「あなたも充分不思議よ」
そう言うと抹茶ちゃんはクスクスと笑い。
「それじゃあね、ステファニーさん。また学校で」
「また、学校で」
私はそう言って電話を切った。
それから私は夕食を作った。
今日はひき肉たっぷりのミートソースにした。
夕食を摂り、シャワーを浴びに行った私は鏡を見ると口のはたがミートソースのケチャップで赤くなっていた。
私の白い片腕でそれを拭う。
それから手を洗い、制服を脱いでいく。
下着が汗と雨に濡れていた。
「もう、夏ね」私はそう独り言を言うと、機械仕掛けの幽霊が私の中で脈動したような気がした。
「今度の週末に抹茶ちゃんと工藤さんと雪子さんと私で遊びに行くのか、君島先生も来ればいいのに」
そうして、私は鼻歌を歌いながらシャワーを浴びていく。
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