第26話 春を
「さて、あなたの夢の話だけど」抹茶がそう言って駅前の路上で立ち止まる。
「ああ、僕の夢ね」
「それによると、私はあのステファニー・ミュートっていう女の子と混ざり合って、あなたと永遠に生きるのよね」
「そうだ」
「別に私はそれでもいいわ」
「僕も構わない」
「じゃあ、解決したわね」
抹茶はそう言って再び歩き出した。
雑多な街並を超えていく。
発光ダイオードが光る赤と青の歩道の信号機。
窓の中にショートケーキが見えるどこかのデザート屋。
ごちゃごちゃとした色彩の漫画本の背表紙が詰まる本棚を外に出した古本屋。
超えていく。
僕らは手をつなぎ一度潰されてしまって、また元通りになった僕の家へと歩いていった。
春の風が微熱を含み、抹茶を見るとおでこに微かな水滴が浮いていた。
抹茶の今日の服装は濃い緑色のダボダボのトレーナーに(僕のものである)黒色のダメージジーンズだった。
一度家へと戻り着替えてからファーストフード店に行ったのだろう。
ということはミュートという転校生も僕の家に来たのだろうか。
「抹茶、ミュートと一緒に僕の家に来たのか?」
「いくらなんでもあなたの仕事が終わるまでファーストフード店に居座るのはまずいでしょ。だから一旦家に帰ってその辺をブラブラして店に入ったのよ」
「ふーん」
「何よそのふーん、て。気に食わない」
今日の抹茶は高圧的だった。
「君とミューズと混ざり合うのが別にいいなら、僕がステファニーさんを好きになったてもいいんじゃないか?」
「哲学的な問題ね、それとはまた話が別だわ」と言って抹茶は一旦口を閉じ、「あなたの言うミューズと混ざり合った私と、今の私はまた別なの」
「ミューズと混ざり合った君が、ミューズの無限の内のたった一つの小さなパーツの一つだとしても?」
「機械仕掛けの神ね、私達は神に囲まれて生きている、私達はそれぞれ別の存在でしょ?」
雨が降って晴れ間が広がる夕暮れの道を僕らは歩いて行く。
抹茶の履く黒色のローファーからのぞく白色の靴下は彼女の体温で蒸れていそうだった。
「今日は一日疲れたろう、色々させちゃって悪かったな」
「別に普通よ。学校生活も楽しいし、あなたの生徒でいるのも後一年間ね」
その時夕焼けが、向こう側に見える太陽が隠れ、悪魔と天使が混ざりあった夜空へと変わっていった。
月が見えた。
僕らは春を超えていく。
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