第24話 初恋と春の雨
僕は抹茶とともに家へと帰り考えていた。
抹茶は転校生で高校二年生(学年を一つごまかしていた、三年生だともうすぐ卒業してしまうことになるからだ)。
ステファニー・ミュートも転校生で高校二年生。
天才少女。
僕を見つめて赤面した顔を思い浮かべる。
その顔はミューズと瓜二つだった。
パソコンのデスクで考えていると抹茶が、
「ねえ、どうしたの?考え事?」
「ステファニー・ミュートという転校生が気になるんだ」
「もしかして惚れたとか?私以外の女を作るとかサイテーな男子教師ね、でも・・・」
「なんだい?」
「天才少女だったらそれなりに有名なんじゃないかしら、ネットで調べてみたら?」
ああ、そうかと僕は思いグーグルの検索でステファニー・ミュートと入力した。
かなりの数がヒットされていた。
記事の一つを読んでみる。
『クイーン・エリザベスの住むイギリス一番の天才少女、ステファニー・ミュートは科学者である。父親は大ベストセラー作家、母親は宗教学者。
初めて出した論文はたちまち学会で話題になった。その論文は機械と神における関係のものであった。
機械と神、一見全く違うように思える存在が彼女により結び付けられたのだ。
永遠の時を過ごす機械は日本の神道でおける神に近い存在はないか、そう言った論文である。
科学的なアプローチで機械と神を近づけていく。
極秘情報では彼女は研究室で機械仕掛けの神を作っていると言う。
真偽はあやふやだが』
こんなことが書かれていた。
「なぜ、天才少女の科学者が僕の高校になんか転校してきたんだ?なあ、抹茶どう思う?」
「普通の学校生活を送りたかったのかもしれないわね、ちょうど神道と関係のあるこの日本で」
「どうもわからないな」
「研究生活で疲れたのよきっと」
時計の鐘が鳴る、十一時だった。
「さ、寝るわよ」抹茶はそう言うと寝室へと行った。
僕もなんだか眠くなってきたのでパソコンをシャットダウンして寝室へ行き布団をかぶった。
「そんなにあの女の子のことが気になる?」
「君は覚えてはいないかもしれないけど、あの子は君の敵だった女と瓜二つなんだ」
「あなた夢見てるんじゃないの?まあ、いいわ。ちょっとあの子に聞いてみるわその辺の所。ねえ、聞かせてあなたが見ていた夢を」
僕は始めから終わりまで言うと抹茶は、
「私は確かに未来から来たけど、あなたが言うウィルスなんか未来にはないわよ。私はただこの時代に来たくてタイムスリップしたの。あなたが話していることとは食い違うわ」
僕は無言になった。
外から春の雨が降り始めた。
僕は春に降る雨は一番メランコリックな雨だと思う。
透明でピュアで生温かく、それは初恋の成就に似ていて、同時に別れを示していたからだ。
僕はその雨音を耳で聞きながら安らかに眠った。
翌朝も雨がしとしとと降っていた。
抹茶は鏡の前で歯磨きをしている。
パジャマ姿の抹茶の瞳はもうエメラルド色に光らない。黒色だった。
僕は鏡に映る彼女を見ていると、抹茶も僕を見てニコリと笑った。
抹茶は口をすすぎ終えるとタオルで口元を拭い、
「それじゃあ、制服を着てくるわね」と言い寝室へと進む。
そういえばタバコをやめて大分経つな、と僕は思った。
もうタバコは僕には必要なかった。
水道の蛇口をひねり僕も歯磨きを始める。
流している水道の音に混ざり雨音がやっぱり聞こえた。
僕の日常生活は生まれ変わっていた。
全く別のものに。
制服を着てきた抹茶は僕を見ると、
「ボサっとしてないでさっさとスーツ着てきなさい!ネクタイも今日はちゃんと締めるのよ!」と言って、僕の肩を軽く叩いた。
「ネクタイを締めるのは得意じゃないんだ」
「仕方ないわねぇ、私が直してあげるから早く着替えてきちゃいなさい」
僕はスーツに着替えるとネクタイを抹茶に直してもらう。
そして学校へと傘を差して向かっていった。
学校まで続く通り道は雨の影響でぼんやりとかすみ、電柱が淡く黄色くなり、アスファルトは水たまりを作り、車がざわざわと通り過ぎていく。
外で雨が降っている授業中の中、僕は化学室で教師をしていた。
僕のクラスの教室とは別で化学室の長い黒色のテーブルの直ぐそばの生徒を囲むテーブルではステファニー・ミュートという転校生がいて、赤面して下を向いていた。
まさか、この転校生も僕のことが好きなのか?
そう考えると彼女が僕に近寄る度に赤面するのもわかる。
「なあ、ミューズ。生まれ変わって僕に会いに来たのか?」
「先生ミューズじゃなくてミュートさんですよ!名前間違いないで下さい!」
ミュートのテーブルに同じく座った生徒がそう言う。
「ああ、ごめん、ステファニー・ミュートだったな」僕はそう言うと長いテーブルの前の黒板へと戻り化学式を板書する。
ちらりと後ろを向くとステファニー・ミュートと目があった。
彼女はビックリしたように瞳を大きくさせ、直ぐに下を向いてしまった。
雨音が切なく胸中に渦巻く。
やれやれ、僕の日常はどうなってるんだ?僕は心のなかでそう思った。
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