第21話 僕と王女の最後の青春
僕は高校の教室で授業をしていた。
教卓の真向かいの席に転校生である抹茶が座っている。
彼女の長い髪は青みがかり濡鴉色で、教室の窓から入ってきたささやかな風を伝うとフラフラと優柔不断に揺れた。
風のざわめきが聞こえたような気がした。
抹茶は僕が書いていく黒板のチョークの文字を目で追いつつ、ノートにシャープペンシルを走らせる。
他の生徒はと言うと、半分が真面目に受けていたがもう半分は友達同士で話し合っていた。
教室のざわめきが季節が春であるあたたかなカオスを桜吹雪のように舞い散らせる。
女子校の女子高生による、ピンク色のざわめき。
僕は未来の位置に立っている伴侶を考える。
そしてまた、今の位置にいる、抹茶の顔をチラリと見る。
転校生、
彼女は今日、この学校に転校してきた。
僕の教え子である。
そしてまた、幼妻でもあった。
十七歳の可憐な睡蓮の匂いを放つ女生徒。
僕は彼女と何度も口づけをしたことがあり、サイケデリックなピンク色の毎日があった。
彼女は僕の家から通学する時、こう言った。
「ねえ、今度からあんたのこと先生って呼んでもいい?」
「僕の学校の生徒になるんだからね、当然だよ」
抹茶は笑窪を作ると僕の頬をそっと指先で触れた。
これから僕らの最後の青春が始まる。
季節は春、終わりの季節だった。
世界は音も立てずに終わろうとしていた。
授業中の抹茶は僕を座っている席から見上げこう言う、
「ねえ、先生今のところわからないんだけど?」
「ああ、ここはね...」
やがて昼休みになり僕は職員室にいた。
今日は出前できつねうどんを頼んでいる。
僕はそれを待っていると、おかっぱの女の子が抹茶を連れて職員室に入ってきた。
僕のデスクにドスドスと勢い良く近づいてきたおかっぱの女の子は、
「この腐野抹茶という生徒は一体何者なんです?そして先生とどういう関係なんですか?」
「気になる?」僕はそう言うと丁度届いたきつねうどんを受け取りに行った。
きつねうどんを手に取りデスクに座ると、割り箸を割りまずはきつねをかじった。
甘い汁が溢れて、空腹のお腹がウハウハと喜ぶ。
僕はうどんを食べながら、
「その生徒はね、僕と同じ住所に住んでいるけど、親戚の子なんだ」
「なんで化学準備室で全裸でいたんですか?説明して下さい!」
おかっぱの女の子工藤さんは大きな声を出して僕に詰め寄る。
職員室はまたか、という具合であまり騒然とはしなかった。
「抹茶、説明してやれ」
「え?私?え?・・・私!?」話を振られた抹茶はドギマギとして。「洋服を家に(未来に)忘れちゃって」と答える。
「全裸で学校まで来たんですか!?どうかしてます!家って先生の家ですよね!洋服ぐらい買ってあげてください!」とどことなく変なことを言い、「抹茶ちゃん!私と今日洋服を買いに行くわよ!どうせ制服以外持ってないんでしょ?」
「え、なんで私が制服以外持ってないって知ってるの?」
「この君島先生はね!サイテーな淫乱野郎だからよ!」工藤さんはそう言って座っている僕の顔面をキックした。
上履きの靴底があたり、僕は痛みで少し涙目になる。
「工藤さんそれは誤解だよ」僕はそう言った。
「じゃあなんで勃起ばかりしてるんですか?ここは女子校ですよ!」
そう工藤さんは捨て台詞を吐きその場を去っていった。
抹茶も後を追いいなくなる。
隣のデスクの年配の女教師が、
「君島先生も大変ですね。でも生徒に欲情してはいけませんよ」と言って笑った。
僕は全授業が終わった後、職員室の自分のデスクで次の授業の組み立て方を考えていた。
僕はまだまだ生徒に教えることに慣れなく、未熟者であった。
頭をコツコツコツとボールペンのお尻で叩く。
そして仕事も終わり暗くなった帰り道を僕は歩いていった。
たとえ教師でも高校生活は楽しいものだ。
僕はそう思って日々、授業を教えている。
しかし今は時間制限がある。
僕は抹茶との最後の日々(僕は抹茶に恋をしていた)を楽しく過ごそうとした。
抹茶がこの世界に来て初めて僕にかけた魔法も今では消えてしまい、抹茶自身も魔力がなくなっている。
そしてなぜか抹茶の罹ったウィルスも綺麗サッパリ消えていたのだ。
「全てはミューズの筋書き通りってわけか」僕は独り言を言うと、家の近くになった通りを歩く。
家に到着すると時刻は午後六時だった。
僕はそろそろ夕飯が摂りたかったが、抹茶が工藤さんと出掛けているため、あまり凝った料理は出来ない。
抹茶と一緒に夕飯を摂りたいし、しばらく待とうと決めて、僕は部屋着に着替え床にだらんと寝転んだ。
天井を見つめていると、
「帰ったわよー」と抹茶の声が聞こえた。
僕は起き上がると抹茶を出迎える。
「おかえり」
「ただいま、先生」
「二人きりの時はなんて呼んでもいいんだぞ」
「じゃあ、パパって呼んでいい?」
「それは絶対ダメ」
「では、楽譜って呼ぶわ」
「それなら大丈夫だ」
抹茶は微笑むとブランド物のロゴが着いた紙袋を床に置き、
「これ寝室に運んどいて、私は料理を作るから、お腹空いたでしょ?」と言った。
「ペコペコだよ」
僕は紙袋を寝室に置くと食卓に向かった。
冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
ゴクゴクゴクと一息に半分ほど飲み干すと、ほろ酔い気分になった。
「抹茶もビール飲むかい?」
「あのね、私は女子高生よ三年生の」
「ああ、そうだったね、悪い」
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