第20話 泣く夜空

 夜空が泣き始めた。先程まで見えていた月は雲に隠れ代わりに雨が降り始める。


 今日の雨は月からの使者のように思えた。


 大粒の雨で菫色をした瞳を新たに放つ抹茶を眺める僕も、そして抹茶も雨に打たれて直ぐにずぶ濡れになった。


 家が完全に崩壊してしまった僕は途方に暮れていた。

 抹茶が壊れた家の中から僕に歩み寄り、

「ねぇ」と言った。

 その声は全ての発色がビブラートで彼女が神と混ざり合い始めたことを感じさせ、僕を畏怖させる。

 そしてハネムーンに向かう花嫁のようにただ幸福に包まれた。


 僕らは永遠を旅する。


 そう運命づけられていたのだ。

 それには時間が必要で、その時間は不確かだった。


 そして不確かな時間の中、全てが崩壊して超ひも理論のように繋がりあった空間の中、僕と抹茶は見つめあっている。


「君は未だ魔法は使えるのかい?」

「もうただの女の子みたい」

 抹茶はそう言って僕の高校の制服を淡い色をした手のひらでなぞる。

「新品の制服ね」

「明日からでも学校に通えるな」

「ええ」

 抹茶は未来から現れた王女であったが、同時に永遠を手にしたロマンティックなミューズという神であった。

「神である、女子高生か。中々笑える」僕がそう言うと、抹茶はクスクスと笑い、

「あなたも神のつがいである高校の教師よ。化学の教師。私を化合してみる?」

 抹茶はそう言うとウィンクをした。

 今回のウィンクは雲に隠れる満月のようであった。

 雨音がジャズドラムの微かな閃きのようにパシャパシャと闇夜の黒いアスファルトの上を転がる。


 僕は人の生きる道を転がり落ちた。


「さて、今日は何処に泊まりましょうか?」

「教会に行こう、そこで一晩泊めてもらって後のことは考えればいい」

「いいこと考えたわ。私の教会に来ない?」

「何処にでも着いていくよ」

 抹茶はまたクスクスと笑うと僕の手を取り見知らぬ場所へ連れて行った。

 その後のことは僕は覚えていない。


 ただ、翌日僕の家は元通りになり、抹茶はまた死んだ目をしていた。

 ミューズという女は何処に行ったのだろうか。

 僕は考える。

 静かに侵食していく現実を。

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