第19話 その菫色の瞳は

 海原は波立ち、僕はそこにプカプカと浮かんでいた。

 抹茶の顔をしたあの女が空に雲のように浮かんでいる。

 遠い空の向こうにそれは見えた。

 太陽のように大きくそれはハッキリと僕の目に写った。

 瞑目するように感謝するように、あるいは意識を張り切らせるように僕はそれを拝んでいる。


 彼女は神であった。


 永遠に生きることは神になることに等しい。


 その重圧は人間では耐えられない。


 そこが天国ではない限り、神ではない限り。


 僕は空に手を伸ばした。

 光り輝いている彼女はここがあの女の体内であるようにへその緒がバベルの塔のように地下へと続いていく。

 僕は神の赤子だった。


「そう、ここが天国、天国とは永遠のことを意味するのよ」抹茶の顔をした女はそう言う。

 その声はキラキラとしてお天道様の光とはまた別に夜の煌めきを放っていた。

 女は夜の化身だった。


 

 僕は気が付くと幻覚をまた見せられていたことを思い知らされ、現実で高熱を出した。

 女のウィルスに感染したのだ。

 このウィルスを消失するためにはあの女の中にある機械の心臓部を破壊しなければいけないと言う。

 なぜこの快感が死に至るウィルスだと言えよう。


 抹茶が僕に近づき顔の傍で言う、

「そう、ウィルスは果てのない快感なの。この時代で言うヘロインと同じ」

 抹茶は僕の口の中からウィルスを取り出すように口づけをして僕の肺から息を吸い込む。

 僕は水中に溺れたかのように咳き込んだ。


「あの女の名前は、ミューズ」


 そうか、ミューズというのか僕は覚えるとその元になった神を思い出す。


「全てはミューズの筋書き通り」抹茶はミューズの顔をしてそう言う。

「じゃあこの先はどうなる、ミューズ?」僕はそう問う。

「抹茶は私の一部となり、あなたは私の夫となる」

 ミューズの顔が抹茶の顔から飛び上がり首を伸ばし僕に近寄りそう言う。


 それは神の結論だった。


「君は抹茶の時代に生まれたんだろう?」

「そうよ」

「なぜ僕を選んだ?」

「全ての時代から全ての平行世界上であなたを選んだの、たまたま私が抹茶をあなたがいる場所へ送り込んだだけ。抹茶は気付いていなかったけど」

「僕は抹茶と結ばれるのではなく、君と結ばれる運命だったのか」

「あなたはまず、抹茶と結ばれ、その後にミューズとなった抹茶と結ばれる」

「なるほど、それは果てしない旅だ」


「だからしばらく遊ばせてあげるの、もう少しの間だけだからね。あなたを焦らしてあげられるのも」

「なぜ時間を与えることが必要なんだ?」

「それは永遠の時間に耐えられることが出来ることにはやはり時間が必要だから。あなたはそれが満ちていない」

 

 その時僕の自宅の天井に月の球体が近づき僕を押しつぶした。


 目を開けると僕の家は粉々になり僕は夢から覚めたような気分で壊れた玄関の前に立っていた。


 破片となった家の中心で抹茶が空に小さく浮かぶ月の明かりに照らされてキラキラと輝いていた。

 抹茶は僕の高校の制服を来ていた。

 月から差し込む光は黄色く家から立ち上る砂埃を月の表面の輝きのように照らしていた。


 抹茶が起き上がり僕を向く。

 その顔は抹茶の顔だった。

 瞳は菫色だった。


 元の抹茶の瞳の死んだような色とミューズの青い海原のような瞳が交色した証だった。


 僕は段々と抹茶が変わっていくのを感じた。


 全てはミューズの筋書き通り。

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