第9話 永遠を手にするウィンク

 僕は切れた受話器を握って数秒立ち尽くしていた。

「また、サイテーって言われた・・・僕はサイテーな教師だ」サイテーの部分をJK(女子高生)っぽく言うと僕は受話器を機器に戻した。

「さて、パスタ食うか!」僕は息を吹き返したように朝食を(ちょっと遅い)摂ることにした。



 食卓に座るともうパスタは皿に乗せられテーブルの上に置かれてあって、そこからにんにくの匂いがしていた。

 真向かいでは丁度今座った抹茶の長い髪がパサパサっと椅子の上で揺れて睡蓮の匂いを僕へと運んだ。

 にんにくと花の匂いが混じり合いそれは色めいていた。

 幼妻とはこういうものだろうか、と僕は考える。

「今えっちなこと考えてるでしょ?」

「考えてないよ」僕はポーカーフェイスで答える。

「顔が突っ張ってにやついてるわよ。さあいただきます」

 その言葉に僕は内心ドキドキした。この少女は時々、いや常時僕をドキドキさせる。


 僕はフォークを手に取りパスタの麺を絡みとり口へと運ぶ。

 オリーブオイルでぬらぬらとした艶めかしい表面と噛み締めた時にプチリと噛み切れるアルデンテの麺が僕の胸のドキドキを加速させる。


「結構美味しく出来たわね」抹茶そう言うとピンクローズの唇をむにゅむにゅ動かしながら食べていく。

 どこかそれは大型のタコの吸盤が張り付く船のオールに思えた。

 僕は船の上から引きずり降ろされていくのだろうか、闇夜の大海原に向かって。

 まさに僕の日常生活を侵食していく彼女の瞳を見つめる。

 今日はその瞳は星屑を詰めているようであった。

 朝の(と言っても十一時だが)光に当たったそれは地球から眺めた月に捨てられたゴミのように見えた。



 食事を終えてしまうと抹茶は皿を洗うと言い、僕の皿と彼女の皿を水道で洗い始めた。

 僕は洗っている間手持ち無沙汰になった。

 タバコが吸えないため食後のコーヒーでも飲もうかとメーカーにコーヒー粉を入れて、僕の分と彼女の分のコーヒーを作り始める。

 

 コーヒーの匂いがし始めると彼女は

「コーヒーは私はお酒より好きだわ」と言った。

「僕は酒のほうが好きだ。後で酒でも飲むかい?」と僕は言う。

 抹茶は首を振り「しばらく素面でいたいわ」と言った。

 抹茶の後ろ姿から見える後ろ髪がさらさらと揺れた。

 僕はその髪に触れたくなったが、つばを飲み込み慌ててその感情をおさえた。


「後であなたの家のお風呂を借りてもいい?」

「いいよ」僕はそう言うと出来上がったコーヒーをマグカップに注ぐ。

「一緒に入ろうよ」十七歳の女はそう言う。

 洗い物が終わったようで水が出ている蛇口をひねり止めて、こちらをフルリと向く。


「それはコーヒーを飲みながら考えよう」

「やれやれ」抹茶はそう言って瞳を床に向けてからまた僕を見上げ、見つめる。

「なんだい、その物言いたげな瞳は」

「あなたはどうせ私と一緒に入浴するのだから、いい加減あきらめときなさい」


 抹茶の瞳はエメラルド色には輝きいていなく、黒色だった。

 魔法は使っていないと判断しても良いのだろうか。

 ぱちくりと僕はまばたきをすると彼女は闇夜に星降るようにウィンクした。


 僕はコーヒーが出来上がる前に十七歳の未来の王女にこの時、この世界で言う恋をした。それは胸のときめき、今のすべてをあきらめて永遠を手にすること。

 それは若干ロマンティックなシーンだった。

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