第5話 魔法とは快楽

  僕らは周囲が鬱蒼と茂る森で囲まれた神社の鳥居をくぐった。

 

 そこは入り口であり出口であった。

 

 木々から飛び立つ水色の羽を持った一匹の小鳥が天空に舞い上がる。

「あら、綺麗な小鳥ね」

「君も僕にとっては只の綺麗な小鳥だよ」

「まさか小鳥に欲情するわけないでしょ」

「・・・」僕は実は胸の中がムズムズとしていた。

 

 胸の宙空に空隙を作りそこにミニチュアの滝を流しているようだった。

 

 ほのぼのと静かな春の陽射しが現実では木々を照らしていた。

 

 しかしながら春というもののまだ三月下旬でおもては寒かった。

 

 水が傷口に沁みるように外の空気は僕らの呼吸の度にハルウララのピンク色した桜の花弁のような甘い透明色をした酒粕を体内に送っていた。

 僕はふとズブロッカを連想する。

 

 桜餅の匂いをしたウォッカだ。

 

 アルコール度数は高く40度ある。舐めてみると雨露のようにほんのり甘く、ほっぺたが幼子のときのフレンチキスのように酸味に痺れる。

 

 どこか中毒性のある魅惑を持ったお酒だった。

 

 僕はそのお酒のことを抹茶に尋ねようと口を開く。


「ズブロッカっていうお酒知ってるかい?」

「ああ、桜の匂いのウォッカね。知ってるわ、母さんが好きだった」

「そっか、君と君のお母さんは離れ離れになってしまったのか」

「ええ・・・」


「未来では君の年齢でもお酒は飲めるのかい?」

「国が崩壊しているし、いくらでも飲めるわ」

「じゃあ、酒でも飲んで、ズブロッカでも飲んで綺麗さっぱりしたらどうだ?ちょうど春の季節で、僕の家に桜はないがズブロッカはある。それを花代わりに口に含んで、大いに酔っぱらおうではないか」


「あら、楽譜のお宅行ってもいいってこと?それは当然よね!正妻ですもの!」

「いや日本には正妻も副妻もないよ」


「あらー、私だけで残念、無念また来世?」

「なんだいそれは」

「私だけを愛せばいいのよ、あなたは」

「未来永劫、来世でもまた会いましょう」


「ああ、わかったよ。君と来世でも会ってもいいが今世ではいい加減お別れしたい」

「あなた、私の魔法にかかってるのに気付いてる?私がこの世界に着て初めてかけた魔法」

「やれやれ」

「恋の魔法よ」


 残念なことに僕は抹茶に欲情してはいたが、恋はしていなかった。


 僕らはそれっきり無言になり僕の家へと向かった。

 頭には抹茶とともに飲むズブロッカの味しか考えてなかった。


 そして彼女と初めてキスをした時に感じた、初めての快感が未来で呼ぶ恋であることに僕は気付いていなかったのだ。


 それは未来永劫に続き。二人を離れられなくするまさに恋の魔法だったのである。



 しばらくして抹茶が口を開く。


「魔法とは快楽なのよ。あなた、気付いてないでしょ?」

「それ、なんてエロゲ?」

「それどういう意味?」


 またお互い黙り込んだ。

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