第九話 荒覇吐(アラハバキ)
1
特に名を秘すが、私はこれでも日本史研究家である。決して数は多くはないが、本だって出しているのだ。
一時期、テレビに良く出ていた、辛口が売りのコメンテーターの、と言えば「ああ、あいつか」と気が付かれる方もいるに違いない。
そう、私は日本史上の異説・珍説を大真面目に唱えたことからテレビに出ることになった、日本史コメンテーターであったのだ。
まあ、日本史にコメントを求められることはほとんどなく、私は政治から芸能からスポーツまで、幅広く辛口を飛ばしていたわけだが。
しかし栄枯盛衰、私のコメンテーターとしての地位は、あっさりと他人に奪われてしまったのである。
そこで私が思い付いた悪あがきは、また日本史上の異説・珍説を唱えて、再びテレビに取り上げて貰おうというものである。
そんな私が目を付けたのは、『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』であった。
2
『東日流外三郡誌』とは古史古伝の一つで、古代における日本の東北地方の知られざる歴史が書かれているとされる、いわゆる『和田家文書』を代表する文献だ。
その内容は、古代の津軽地方には大和朝廷から弾圧された民族の文明が栄えていた、というものである。
その民族に広く信仰されていた神とされるのが、『荒覇吐(アラハバキ)』である。
一説には、その古代民族そのものを、『アラハバキ族』と呼んだりもする。
また別な説では、土蜘蛛と呼ばれる『悪鬼』が信仰していたのが、『アラハバキ』だともいう。
まあ、諸説あるのだ。
そこで私が考えたのは、そのすべての説を『正しい』としてしまうことだった。
つまり「『アラハバキ』とは、神であり、鬼であり、民族である」というものなのである。
私はさらに「『アラハバキ』の末裔は、今もなお生き続けている」とまで大風呂敷を広げていた。
この荒唐無稽な説で、私はもう一度、テレビ界に返り咲くつもりなのだった。
3
私は取材のために、弘前駅前にある『ベストウェスタンホテルニューシティ弘前』に泊まっていた。
ここを拠点にし、『東日流外三郡誌』が発見された五所川原市を訪れるつもりだった。
すでに五所川原市観光協会には連絡済みである。
私が有名な研究家であることを告げると(正直に言うとコメンテーターとしては有名だったが、研究家としては無名である)、観光協会員が案内してくれることになった。
正直言って、気分が良かった。
やはりテレビには、出ているものなのだ。
夜遅く、部屋で缶ビールを飲んでいると、内線電話が鳴った。
「夜分失礼致します。ロビーに五所川原市観光協会の斉藤様と仰られる方がお見えになっております」
私はすでに、だいぶ酔っていたが、「通してやってくれ」と告げた。
4
五所川原市観光協会の斉藤は、何だか妙に黒いスーツに身を包んだ小男だった。手には小さなカバンを持っている。
「こんな夜分遅くにすみません」
「ああ、何だね?」
私は横柄に尋ねる。
「じつは先生に、お願いしたいことがありまして」
「ほお。何かな」
斉藤は、ハンカチで汗を拭き吹き言った。
「『東日流外三郡誌』の取材、諦めて頂けませんでしょうか」
「ええっ? どうしてだ?」
「はあ」
斉藤は、しばらく言いにくそうにしていたが、思い切ったように口を開いた。
「だって『東日流外三郡誌』は、まったくのインチキでしょう?」
5
そう、『東日流外三郡誌』はまったくのインチキ、偽書なのである。
五所川原市在住の和田喜八郎が、自宅を改装中に「天井裏から落ちてきた」古文書として1970年代に登場した『東日流外三郡誌』は、古文書でありがなら近代の学術用語である『光年』や『冥王星』『準星』など20世紀に入ってからの天文学用語が登場するなど文書中にあらわれる言葉遣いの新しさ、発見状況の不自然さ(和田家建物は1941年建造の家屋であり、古文書が天井裏に隠れているはずがないのだ!)、古文書の筆跡が和田喜八郎の物と完全に一致する、編者の履歴に矛盾がある、他人の論文を盗用した内容が含まれている、等の証拠により、偽書であることはほぼ疑いがないという結論になっているのである。
6
斉藤は言う。
「発見された当時は話題にもなりましたが、まったくのインチキだと結論付けられた今では、五所川原市にとって、あまり触れては欲しくない話題なのです」
なるほど。
そういうものかも知れない。
「先生ほどのご高名な方なら、もっと取り上げるべき歴史上の題材がおありでしょう?」
その物言いに、私は何だかカチンときてしまった。
私は『東日流外三郡誌』でテレビ界に返り咲くと、もう決めてしまったのである。
私はむきになって言った。
「いいや、私は本を書く! かつてこの津軽地方には古代先住民『鬼』が住み、支配していたのだ!」
「はあ」
「『アラハバキ』とは、神であり、鬼であり、民族であるのだ! そして今もなお、ひっそりと生き続けているのだ!」
斉藤は汗を拭き拭き、「仕方ありませんねえ」と呟いた。
それから日本酒の五合瓶をカバンから取り出すと、「まあ先生、これでも飲んで、良く考えてみて下さい」と、それを置いて帰って行った。
津軽の地酒だった。
私はそれを、全部飲んでしまった。
7
夜中に、猛烈な吐き気がして目が覚めた。
私はベッドから抜け出し、這いながらトイレに向かった。
だが、途中で床に吐いてしまう。
危険だ。
意識が遠のいて行く。
そのときドアを叩く音がした。
私の名を、誰かが呼んでいる。
私は床をのろのろと這い、ドアに向かった。
何とか立ち上がり、ドアを開ける。
「無事ですか!?」
驚くほどの美人が立っていた。髪は、腰に届くほど長い。
私は首を振って「無事じゃない」と答える。
その美人は私に肩を貸すと、部屋の奥へと連れて行き(意外と力があるんだなあ、と私は呑気にそう思った)、ベッドに私を座らせた。
それから、ベッドサイドにあったメモ帳に、備え付けのボールペンで何か文字とも絵ともつかないものをさらさらと書くと、それを引き千切った。
その紙を小さく折り畳み、私の口中に突っ込む。
「飲んで下さい! 早く!」
私はその通りにした。
8
目が覚めると、吐き気は治まっていた。
だが気持ちが悪い。
しばらくは何も食べることは出来なさそうだ。
イスに座っていた美人が言う。
「やあ、目が覚めましたか」
「君は?」
尋ねると、
「僕はレイゼイ。伊吹冷泉と申します」
と答えた。
その美人は何と、男性であったのだ。
白い上下のスーツに、青いネクタイを締めている。白いソフト帽を被り、手には太刀を持っていた。
「さっそくで悪いのですが、青森空港に向かいましょう。取材は中止にして頂きます」
「ええっ?」
「あなた、命を狙われているのですよ。何のために毒を、まあ正確には毒ではないのですが、そんな物を飲ませられたと思います?」
五所川原市観光協会の斉藤!
あの小男が、私を殺そうとしたのだ!
だが、なぜ?
「詳しくは、車内で話しますよ。さあ」
従う他、ないようだった。
9
伊吹君の車は、青いローバーミニだった。
カーナビによると、今は県道109号線を抜け、国道7号線を走っているらしい。
「あなたの説は、五所川原市観光協会の斉藤から聞きました。なかなか、奇妙奇天烈な説のようですね」
「『アラハバキ』が、神であり、鬼であり、民族であるという説かね。そして今もなお、ひっそりと生き続けているという」
私は何だか、情けなくなってきた。
こんな珍説を真夜中、美青年相手に真面目に説いている自分が、滑稽に思えてきたのだ。
「お土産に、こんな話をしてさしあげましょう」
伊吹君は言った。
「寛永5年というから1628年ですね。天海大僧正が、その都市を『弘前』と名付けました」
「津軽二代目藩主、信枚(のぶひら。信牧とも書く)が天海に弟子入りしていたからだね」
「さすがは日本史の研究家ですね」
伊吹君は続ける。
「『弘』とは「どこまでも無限に弘がっていく」という意味で、『前』とは「邪を切る」という意味があります。 『九字』、臨兵闘者皆陣烈(裂)在前(りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん)、の『前(ぜん)』ですね」
「ふむ」
「『弘』という字は「宗教を弘める」という場合に使いますね。そして一説には、『邪』とは『鬼』を指すと言われています。「鬼を退治」し、宗教(この場合は仏教ですが)を弘める都市こそが、『弘前』なのです」
弘前の市章は、確かに卍(まんじ)なのである。
それにしても、『鬼』とは! どうせ古代先住民を『鬼』と呼んでいたのだろう?
「『弘前』はかつて東北の東北、鬼門の鬼門でした。まあ、今では青森市、八戸市もありますし、さらに北には北海道があるわけですが」
彼は続ける。
「しかし一時期、『弘前』は確かに、人類の(朝廷の、とか幕府の、と言い換えても構わないのですが)『鬼』に対する橋頭堡であったのです」
この美青年は、一体、何を言ってるんだ?
「『弘前』は軍事上、風水上、最重要拠点だったのです。言わばオセロゲームの角(かど)です。そこを取ったものが、ゲームを有利に運ぶことができるのです」
私は言った。
「かつて古代先住民つまり『鬼』と、征服民の間で、『弘前』を巡り略奪戦が行われていたと言いたいのかね?」
「いいえ、違います」
伊吹君は、きっぱりと言った。
「『かつて』ではありません。その略奪戦は『今もなお』続いているのです」
10
さすがの私もくらくらとしてきた。
カーナビによると、今は県道27号線を走っているらしい。
「たばこを吸ってもいいかね?」
「だめです」
けんもほろろであった。
しばらくの間を開けてから、私は言う。
「しかし、『東日流外三郡誌』は偽書だろう?」
「青森市には、『三内丸山遺跡』がありますよ」
『三内丸山遺跡』とは、縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡である。
最盛期の縄文時代中期後半には、約500人の居住者がいたのではないかとの説もある。
「しかし、『アラハバキ』を信仰している民、もしくは『アラハバキ』と呼ばれる民が、今もなお生き続けているとは、とうてい思えないな」
いつの間にか私は、自分で自分の説を否定している。
「しかし、その説のせいで、あなたは命を狙われることになったのですよ」
「あんな説のせいで!?」
「『それ』にとっては重要なことだったのでしょう。まあ、『それ』の考えることなど、僕には知る由もありませんが」
「『それ』?」
「あとでお見せしますよ」
伊吹君はそう言った。
それっきり、黙ってしまった。
11
車は青森空港の駐車場で停まった。
降りた私に、
「約束通り、見せたいものがあります」
と伊吹君は言う。
私と彼は車の後ろに回った。
彼が、トランクを開ける。
「!」
そこには、乱雑に丸められたスーツが押し込まれていた。
その妙に黒いスーツには見覚えがある。
黒石市観光協会の斉藤のスーツだ!
「さ、斉藤を、君はどうしたのかね!?」
「切りました」
伊吹君は平然と言う。
「僕は、弘前に足を踏み入れた『それ』は、誰であろうと切らねばなりませんのでね。僕は『それ』を退治する、専門家なのです」
「そ、『それ』?」
「スーツの下を見てください」
私はスーツをどけた。
すると、その下に転がっていたものは。
「ひい!」
「それが『アラハバキ』。あなたが言う、神であり、鬼であり、民族であるものですよ」
そこに転がっていた頭蓋骨の額には、長い角(つの)があったのである。
『東日流外三郡誌』についての記述は、ウィキペディアの記事を参考にさせて頂きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます