第八話 もし恋が叶うなら
1
「ええ? じゃあ、タロット占いで『恋は叶わない』って言われたから、告白しないっていうの?」
「だって、律子のタロットは良く当たるのよ。それこそ、怖いくらいにさあ」
「うん、良く当たるとは噂には聞いてるけど。凄い良く当たるから、凄い順番待ちなんでしょ?」
「普通に並べば、ね」
「普通に?」
「あたしは律子の幼馴染みだから、先に占って貰えたの」
「いいなあ。あたしも先に占って貰えるよう、頼んでくれる?」
「残念でした。律子はもう、占い辞めちゃったのよ」
「ええ? どうして?」
「わかんない。あたしを占った後、ますます体調を崩しちゃったの。それで今、学校も休んでるんだ」
「へーえ」
2
あたしたちがそんな会話を、土手町の喫茶店『ブルーエイト』でしていた時だ。
あたしたちの隣の席に座っていた凄く綺麗な人が、「すみません」と話しかけて来た。
「盗み聞きしていた訳でもないのですが、耳に入ってしまいまして」
「はい、何でしょう?」
あたしは言った。
その黒髪が腰まである綺麗な人は、びっくりしたことに、やっぱり男性だったんだ。
あたしはさっきから、どっち何だろう?と、ときどきチラ見してたんだよね。
格好は、上下とも高そうな白のスーツ。それに青いネクタイをしてる。
歳は二十歳ぐらいかな?
「とても気になるお話をされていましたね。そちらの席に移っても宜しいですか?」
「どうぞ、どうぞ!」
真里が答える。
まったく、美形には弱いんだから!
「では、失礼して」
その男の人は、右手にソフト帽、左手に日本刀を持って移って来た。
「それって日本刀じゃん?」
真里が尋ねる。
いきなり馴れ馴れしい口の利き方だぞ!
「ええ。日本刀の中でも、太刀と呼ばれているものです」
「へーえ。剣道でもやってんの?」
「まあ、そんなところです」
「まさか人を切るわけじゃないよね?」
「ええ。人はもう切らぬと誓っているのです」
「人は? もう? あはは、面白いひとだなあ!」
そうかなあ?
「じゃあ、何を切るの? 犬とか猫とかだったらイヤだよ」
「いいえ。どちらかと言えば、丑とか寅とかですね。ほら、『それ』は艮(うしとら)からやって来ますでしょう?」
そう言うと、その男の人は、あはははは、と笑った。
あたしたちが、ぽかんとしていると、
「あれ? 今の冗談、面白くなかったですか?」
と、のたまった。
どこが面白いのか、さっぱり分かんねえよ!とツッコミたいのを我慢する。
うーん、おかしいなあ。
とか、
ちょっとハイブロー過ぎたのかなあ。
とか、その人はぶつぶつ言っている。
この人、顔は凄く良いのに、頭はちょっとアレなのかなあ?
「それで、ご用件はなんですか?」
あたしが、そう尋ねると、
「そうそう、失礼しました。僕はレイゼイ。伊吹冷泉と申します」
と、名を告げる。
「あたし、小原真里」
「あたしは高木勇気」
あたしも名を告げた。
「制服から見て、中央高校の学生さんだとお見受けしますが」
「そうだよー。あたしたち、中央の二年生」
「ふむ。では、高木さん」
伊吹さんは、あたしに向かって言った。
「最初から、そのタロット占いのこと、話して頂けますか?」
3
あたしは、もう一度話した。
吉田律子のタロット占いが、凄い良く当たること。
あんまり当たるので、凄い順番待ちになったこと。
あたしが幼馴染みだから、先に占ってくれたこと。
「それで、何を占って貰ったんですか?」
「恋占いです。その……好きな人が出来たので、もし告白したら恋が叶うのかなあ、と思って」
「結果は?」
「まるでダメだって。告白しない方がいいって」
「高木さんはそれを信じた?」
あたしは言った。
水に気を付けなさい、と言われて誘われたプールにも絶対行かなかった人が、自分ちの風呂場で溺れたってこと。まあ、大事には至らなかったみたいだけどね。
「それくらい、良く当たるんです」
「でも、その占いを辞めてしまった」
「はい。あたしを占ったあと、『今日はこれで終わり』と言って。それ以来、占いはしていないはずです」
そのうち、最近崩しがちだった体調がますます酷くなり、今では学校も休んでいるんだ。
伊吹さんは、ふう、と息を吐いてから言った。
「なるほど。とても興味深いですね」
4
「興味深い?」
真里が尋ねる。
「どんなところが?」
「そうですねえ。まあ、その占いが、良く当たるってところでしょうか」
「じゃあ、レイゼイさんも占って欲しいとか?」
いきなり下の名前で呼んでるし!
「実はそうなんです。僕も悩み事がありまして、吉田さんに占って欲しいんです」
「へーえ。でも無理だよね、ねえ勇気?」
「うん」
あたしは言う。
「言った通り、律子は、学校にも来てないんだから」
「家を訪ねる訳にはいきませんでしょうか?」
伊吹さんは言う。
「おいおい、レーゼさんは無茶なこと言うなあ!」
もうレイゼイさんでもなくなってるぞ!
「高木さんの力で、どうにかなりませんでしょうか。お礼ははずみますよ?」
「そう言われても……」
あたしは困った。
「ねえ、勇気、家まで押しかけちゃいなよ。それで無理だったら、帰ればいいじゃん」
「そうそう」
伊吹さんも勝手なことを言う。
「まあ、断られても、あたしは知らないからね?」
あたしがそう言うと、伊吹さんはニッコリと笑い、
「じゃあ、とりあえず、ここの支払いは僕が致しましょう」
そう言って、あたしたちの伝票を手に取ったんだ。
5
真里は「この後、塾があるから」と言って帰って行った。
冷泉さん(本人の希望で、下の名前で呼ぶよ)と別れるのが、とても残念そうだったけど。
あたしと冷泉さんは、律子の家に着いた。
インターホンで呼び出して、「勇気だけど、今いい?」と聞くと、「もちろんじゃない!」と律子は二階から降りて来てくれた。
今まで寝ていたのか、パジャマ姿だった。
本当に具合が悪いんだなあ。
律子は、冷泉さんを見て不機嫌そうな顔をして、「この人は誰なの?」と聞いた。
まあ、当然だよね。
「僕はレイゼイ。伊吹冷泉と申します。実は偶然、勇気さんに会い、吉田さんに占って欲しいと思いまして」
律子が困った顔をして、あたしを見る。
あたしは両手を合わせて、唇だけで「ごめんね」と呟いた。
律子は、うーん、と考えてから、
「まあ、勇気の頼みなら、しょうがないかなあ。上がってよ」
「助かります」
それで、あたしたちは階段を上がり、律子の部屋に入ったんだ。
律子は小さなテーブルを取り出して、その前に正座した。あたしたちも正座する。
それから律子はテーブルにクロスを敷き、古びたタロットカードを手に取った。
「じゃあ、早速。何を占って欲しいんですか?」
「うーん。そうだなあ。何にしようかなあ」
おいおい! 占って欲しいことがあったんじゃないのかよ!
「じゃあ、恋占いをひとつお願いします。僕がこれから、好きな人とどうなるか」
律子はタロットカードを切ると(きちんと言うと、カードを三つの山に分けたりとかしてたんだけど、面倒だから省略するよ)、中央に山を作って、小さなテーブルに並べ始めた。
それから並べたカードをじいっと眺めて、「おかしいなあ」と小さく呟いたんだ。
「おかしいとは?」
冷泉さんが尋ねる。
「そのう……。本当に今、好きな人がいるんですか? タロットカードには、そんな人はいないと出ているんですけど」
「やあ、これは参ったなあ」
冷泉さんが告白する。
「その通りです。実は僕、今は、好きな人はいないのです」
律子が、むっとした顔をして言う。
「試したんですか?」
「まあ、そんなところです」
「じゃあ言いますけど、あなた、生まれてからずっと、誰にも恋したことはありませんね?」
冷泉さんは、あらあら、と呟いた。
「そこまで分かりますか。いやあ、これはたいしたものです。では、本題に入らせて頂きましょう」
冷泉さんは言った。
「勇気さんの恋占い、もう一度お願いできますか?」
6
「ええっ?」
何であたしなの?
律子は、急に厳しい顔になった。青い顔をして、唇が震えてる。
「お願いします。勇気さんの恋占いを、もう一度して下さい。ねえ?」
冷泉さんは、あたしにウインクする。
これはどういうことなんだろ?
でもいいや。
この前と、違う結果が出るかも知れないしね。
「そうだなあ。せっかく来たんだし、あたしも占って貰おうかな」
律子は、もう泣きそうだ。
「恋占いじゃないとだめなの? それ以外なら占ってあげるけど」
冷泉さんは言う。
「いいえ。恋占いじゃないとだめなのです。ねえ?」
何だかわからないけど、あたしは、うんうんと頷いた。
すると、律子は、唇をかみ締めながら、カードを切り始めた。
それから並べて、カードを読み解く。
「やっぱり、恋は叶わないと出てるわね。告白しても無駄だって」
その声は、どことなく震えてるんだ。
「へーえ」
冷泉さんは、ぽつりと呟く。
「僕には、『衝突もするけど、おおむね上手く行く』と読めるんですけど」
律子は、ひいっ、と変な声を出した。
冷泉さんは言う。
「じつは僕も、タロットカードが読めるのですよ」
「じゃ、じゃあ……」
「あなた、また約束を破ったでしょう?」
「だ、だって!」
約束?
一体、何のこと?
「いいのですよ。そんな約束など、こうして」
冷泉さんは続ける。
「反故にしてしまうことです!」
そう言って冷泉さんはいきなり日本刀を抜くと、タロットカードの束を、小さなテーブルに串刺しにしたんだ!
何だこいつ、おっかねえ!
7
あたしは困った。
律子は、きゃあ!と叫んだ後、気を失ってしまうし(あたしと冷泉さんでベッドに寝かせた)。
冷泉さんは「僕の用件は済みましたから」とか言って帰ろうとするし。
「ちょっと! 何が何だか分かりません! きちんと説明して下さい!」
冷泉さんは、しばらく困ったような顔をしてから、
「しょうがありませんねえ」
と呟いた。
「律子さんのタロットがなぜ当たるのか? 理由は簡単。『それ』が力を貸していたからなのです」
「『それ』?」
「『それ』は約束したはずです。タロットカードは、正しく読め、と。なぜなら『それ』は『想い』から生まれるものであり、『言葉』によって形を得るものであるからです」
「あのう。さっぱり分かりません」
「『言葉』に縛られる存在である、と言ってもいいでしょう。お経、祝詞(のりと)、呪文に従うのもそのせいなのです」
「冷泉さん、わざと難しく喋ってるでしょ?」
「『それ』は『言葉』に縛られる存在であるからこそ、約束を必ず守り、守ることを強いる存在なのです。だから、タロットカードの『言葉』を正しく読まないことは、『それ』にとってはかなり許せないことなのです」
「ああ、もう! 少しは分かるように説明してください!」
「なのに律子さんは約束を破った。タロットカードを、わざと誤読したのです。そのせいで『それ』に祟られ、取り憑かれて崩していた体調を、いっそう酷くしたに違いありません」
「え? 祟られ? 取り憑かれて?」
「僕は『それ』との約束を、卑怯な方法で反故にしてしまいました。いいのです。僕は人間であり、相手はしょせん、『それ』に過ぎないのですから」
「だから『それ』って何なんですか!」
「喫茶店で言ったはずですよ。僕は丑とか寅とかを切ると。『それ』は艮、つまり東北の方角からやって来ます。僕は『それ』の退治の専門家なのです」
「丑? 寅? 艮からやって来る? ますます分からないです!」
「『それ』には丑の角があり、寅の牙と爪があります。寅の皮の腰巻を巻いています。今風で言うとパンツかな? まだわかりませんか?」
あっ。
豆まきのアレ?
桃太郎がやっつけたアレ?
「やっと分かりましたか。『それ』とは鬼ですよ。僕は、鬼退治の専門家なのです」
8
『それ』の正体は分かった。
タロットカードに取り憑いていた鬼が、約束(きちんとタロットカードを読むこと)を破った律子に祟り、ますます体調を崩させていたことも。
ちなみに艮、つまり東北を陰陽道(って何だ?)では『鬼門』と呼び、それは鬼がやって来る方角なんだそうな。
でも、そんなことより、最大の謎が残っているじゃないの。
「なぜ律子は、わざわざ誤読したわけ?」
「それは……」
ごにょごにょと、冷泉さんは言う。
「律子さんに直接聞いてください。僕の口からは言えません」
「いいですよ。つまり冷泉さんには分かっているんでしょう? 教えて下さいよ」
うーん、と考えてから、
「やっぱり辞めておきます。人の恋路には、口を出さないものです」
「こら、レーゼ!」
あたしはつい、乱暴な口調になっていた。
「きちんと説明しろって言ってんだろ! スッキリしなくて、気持ち悪いんだよ! こんなんじゃ眠れねーだろ!」
冷泉さんは目を白黒させた。
どうやら、女子高生に怒鳴られるとは思っていなかったらしい。
「で、では、ええと、僕から聞いたとは、くれぐれも言わないで下さいね?」
「分かったから、早く言え!」
「なぜ誤読したのか。それは律子さんが恋をしているからなんです。気が付きませんでしたか?」
冷泉さんは、あたしを指差した。
「そう、律子さんは、あなたに恋をしているのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます