第七話 あたしのママは

 1

 あたしのママは、自慢のママです。

 あたしは病気でいつも入院ばかりしているけど、ママはいつも優しく看病してくれます。

 大変ねえ、と親戚のおばちゃんたちも、ママのお友達も言います。

 でもママは、言います。

「佳奈のためなら、頑張れるの。だって可愛い我が子なんですもの」

 偉いわねえ、とみんなママを褒めます。

 あたしもママは偉いと思います。

 早く元気になって、ママを心配させない、良い子になりたいです。

 だからあたしは、苦いお薬でも頑張って飲みます。

 具合がかえって悪くなるお薬でも(副作用と言います)頑張って飲みます。

 点滴も痛いけど我慢します。

 早くまた退院して、ママと一緒のベッドで眠りたいな。



 2

 お絵描きをしていました。

 すると、お姉さん看護師の望さんが、あたしの絵を見て言いました。

「佳奈ちゃん、この絵は誰?」

 あたしは教えてあげました。

「その絵はママよ」

 望さんは、変な顔をしました。

「でも、でも」

 望さんは言いました。

「佳奈ちゃんのママに、角(つの)はないでしょう?」

「うん。今はないよ」

 あたしは教えてあげました。

「でも、ときどきあるの」

 望さんは、また聞きます。

「それは佳奈ちゃんを叱る時にあるの? 角がある気がするの?」

「ううん」

 あたしは首を振りました。

「ママがね、お家でお薬を飲ませてくれる時にあるの。気がするんじゃないの。本当に角があるのよ」

 望さんは、泣きそうな顔をして帰って行きました。



 3

 次の日、凄い美人な人がお見舞いに来ました。

「こんにちは。僕はレイゼイ。伊吹冷泉と言います」

 凄い美人な人は、男の人でした。でも、まるでお姫さまみたいだなあ、とあたしは思いました。

 伊吹さんは長い刀を持っていました。

 望さんが言いました。

「昨日のママの絵を、伊吹さんに見せてくれるかな? 」

「いいよ」

 あたしはママの絵を、伊吹さんに見せました。

「ふむ」

 伊吹さんはそう言ってから、悲しそうな顔をして言いました。

「佳奈ちゃん。佳奈ちゃんのママは、悪い病気なんだよ」

「え? ママが?」

 あたしはびっくりしました。

「でもね、お兄さんが治してあげる。だから心配しないでね」

「伊吹さんはお医者さんなの?」

「ううん。違うよ」

 伊吹さんは言いました。

「お兄さんは、鬼を退治する人だよ」

 良くわからないけど、ママの病気を治してくれるなら、良い人だと思いました。



 4

 ママは入院しました。

 看護師さんたちが、ママの病気の話を、こっそりしていました。

 あたしは、その病気の名前を、メモして忘れないようにしました。



 5

 あたしは、そのメモを見ながら、望さんに聞きました。

「望さん、『だいりみゅんひはうぜんしょーこーぐん』って何?」

 望さんは、びっくりした顔をしました。

「誰から聞いたの!?」

 あたしは正直に言いました。

「あのね、看護師さんたちが言ってたの。それがママの病気なんでしょ?」

 望さんは、あたしを抱きしめました。

「佳奈ちゃんも、佳奈ちゃんのママもきっと良くなるから! だから一緒に頑張ろうね!」

 そう言って望さんは泣きました。

「伊吹さんが、鬼を退治してくれたの?」

 そう聞くと、望さんは、

「そうよ。悪い鬼をやっつけてくれたの。だから必ず良くなるわ」

 伊吹さんは美人だけど、強い人なんだなあ、と思いました。

 今度、会ったときには、きちんとお礼を言わなきゃだめだなあ、とあたしは思いました。

 望さんは、あたしを抱いて、ずっとずっと泣いていました。




【作中の『代理ミュンヒハウゼン症候群』とは】

 ミュンヒハウゼン症候群の一形態であって、傷害の対象が自分自身ではなく何か代理のものであるような精神疾患である。

 ミュンヒハウゼン症候群と同じく自分に周囲の関心を引き寄せるためにケガや病気を捏造する症例だが、その傷付ける対象が自分自身ではなく身近の者に代理させるケースをいう。この症例は子を持つ母親に多く見られ、その傷付ける対象の多くは自分の子であり、子に対する親心の操作であったり、懸命または健気な子育てを演じて他人に見せることによって周囲の同情をひき、自己満足することも挙げられる。

 子が患者の傷害の対象である症例では、患者は傷害を目的として行っているわけではないとはいえ、行為が反復・継続し、重篤な傷害を負わされる危険がある。

(ウィキペディアの記事を、深上が編集いたしました)

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