第五話 すべての作り手たちは《カクヨム版》

 1

 あなたがもし、カクヨムに何らかの作品を発表されているのなら、私のこの手記を、最後まで読んで欲しいのです。

 そしてお願いです。

 私にあなたの考えを、ぜひお聞かせ願いたいのです。



 2

 私と彼女は、同じ高校のマンガ部出身でした。私はBL二次創作小説、彼女はオリジナルイラストとジャンルは違いましたが、とても仲良くやっていました。

 大学は学部は別々になるのですが、同じ漫画研究会に所属し、「いつかはプロになろうね」と、お互いを励まし合っていました。

 わたしはカクヨムに、彼女はイラストSNSに、作品を発表していました。

 しかし二人とも、閲覧数は伸びません。評価回数、総合点も伸びません。いいね!だって付きません。

 なかなか、現実というものは厳しいものです。

 ある日、私たち二人は、気分転換と称して土手町で遊び、小さなお店でターコイズのブレスレットをお揃いで買いました。

 ターコイズは、夢を叶える力のあるパワーストーンと言われているからです。



 3

 その次の日からです。

 彼女は、いっそうイラストに励むようになりました。

 まさか、パワーストーンの効果なのでしょうか?

 絵は、どんどんうまくなりました。

 それが、私にもわかるのです。

 彼女は朝から晩まで、ずっと描き続けています。

 彼女の閲覧数、評価回数、総合点、いいね!が、少しづつ増えて行きました。

 デイリーランキングにも、しばしば登場するようになりました。

 私は、自分のことのように嬉しかったのを覚えています。

「私、このままで行くとデビューできるかもしれないわ。そんな気がするの」

 左手のブレスレットを撫でながら、彼女はそう言いました。

 彼女なら、きっとプロになれるかもしれない。

 あの情熱と才能と努力があれば、決して不可能じゃない。

 私も、そう思いました。

 そう、その日までは。

 彼女はやがて、大学にも来ないようになりました。

 それこそ一日中、パソコンに向かってイラストを描いているようなのです。

 私はある日の夜、差し入れを持って、彼女のアパートに行きました。

 チャイムを鳴らします。

「私よ。いるの?」

 声をかけると、

「開いてるわ」

 と返事があります。

 私はドアを開けました。

 すると。

 真っ暗な電気も点いていない部屋の中で、パソコンに向かい、彼女は黙々と作業をしていたのです。

 そして。

 モニターからの光によって、壁にははっきりと映っていました。

 その影には、確かに額に角(つの)があったのです。



 4

 私は大学の民俗学の教授に相談しました。

 こんな話、他に誰に相談していいかわからなかったからです。

 教授は、ふむ、と頷いてから、

「弘前には良い人がいますよ。紹介して差しあげましょう」

 私は彼と、弘前大学の大学会館の2階、『レストラン スコーラム』で会いました。

 伊吹冷泉さんと言う、髪の長い、とても美しい男性でした。一応女の私でさえも、その魅力にはとうてい敵わないほどです。

 彼は上下とも白いスーツに、青いネクタイを締めていました。

 私はお揃いで買った、ブレスレットを見せました。

「このブレスレットのせいでしょうか?」

 伊吹さんは、掌に乗せて、それを眺めてから、

「まあ、そうとも言えますし、そうじゃないとも言えますね」

 と言いました。

「ほら、人形だって念が宿れば、髪の毛が伸びたりもするでしょう? おそらく、彼女の念がブレスレットに偶然にも共鳴し、鬼を呼び寄せたのでしょう」

「するとどうなりますか?」

「寿命が削られます。悪ければ、死んでしまうでしょう」

 彼女を、救わなければいけない。私はそう思いました。

「助けることはできますか?」

「はい」

 彼は、私が思わず赤面してしまうほどの笑顔で言いました。

「それがぼくの、仕事なのですから」



 5

 私と伊吹さんは、彼女のアパートに行きました。

 伊吹さんは、日本刀を持っています。銃刀法違反な気もしますが、どうなっているのでしょう?

 私は彼女のアパートの、チャイムを鳴らしました。

「開いてるわ」

 返事があります。

 打ち合わせ通り、私は答えました。

「差し入れで両手がふさがってるの。悪いけど、ドアを開けてちょうだい」

「今、作業してるのよ! 勝手なこと言わないで!」

 彼女は怒鳴ります。

 私は懇願しました。

「お願い、開けてよ。お願いだから」

 しばらくの間の後、ドアが開きました。

 その瞬間です!

 伊吹さんは目にも留まらぬ速さで日本刀を引き抜くと、いきなりブレスレットだけを切り落としたのです!

「きゃああ!」

 彼女は悲鳴をあげます。

 丸いターコイズが、床に幾つも散らばりました。

 彼女は、その場にしゃがみ込むように倒れ、気を失ってしまいました。

「今回は、これにて解決ですよ。彼女の介抱をお願いします」

 伊吹さんはターコイズをひとつひとつ拾い上げると、帰って行ってしまいました。

 これで物語は終わるのだろう、とあなたは思うかも知れません。

 いいえ。

 話は、そんなに単純ではないのです。



 6

 やっと目が覚めた彼女に、私は説明しました。

 今まで、鬼に取り憑かれていたことを。

 彼女の絵が急にうまくなったのは、鬼のせいだということを。

 彼女は言いました。

「どうして、放っておいてくれなかったの?」

 私は驚きました。

「だって、鬼に取り憑かれたら、死んじゃうんだよ!」

「私、死んでも良かった」

 彼女は言います。

「私、プロのイラストレーターになれるなら、死んでも良かった」

「そんなこと言わないで!」

 彼女は泣き出します。

「もうだめ! わかるの! 私はもう、前のようには描けなくなってしまった!」

「そんなことない! また頑張って、イラストを描こうよ!」

 彼女は、私を睨みつけて言うのです。

「あなたのせいで! あれは鬼なんかじゃなかった! あれは私の、ミューズだったのよ!」



 7

 事実、彼女の絵は魅力を失ってしまいました。

 そして彼女は、イラストを描くことを、ぱったりと辞めてしまったのです。



 8

 私は今でもカクヨムに作品を発表しています。

 徹夜で執筆している時など、私はふと思うのです。

 作り手というものは、程度の差こそあれ、みな、鬼に取り憑かれているのではないか、と。

 特に凄いイラストやマンガを見たり、小説を読んだ時、その思いが強くなるのです。

 ああ。この人はきっと、凄い鬼に取り憑かれているに違いない、と。

 これを読んでいるあなた。

 あなたも作り手なのですよね?

 ならば、あなたもきっと、鬼に取り憑かれている人間に違いないのです。

 だって無から有を生み出すなんて大それたこと、それで人を感動させたいなんてこと、鬼の所業に決まっているじゃないですか。

 私はときどき思うのです。

 彼女を鬼から救ったことは、本当に正しかったのだろうか、と。

 あなたはどう思いますか?

 あなたは、プロになるために死ねますか?

 あなたは、作品のために死ねますか?

 それを、ぜひ、私に教えて欲しいのです。

 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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