第14話 真の狙い

 庵に着いてすぐ、文箱を取り出して紙にわかっている情報をまとめていった。以前、羽衣探しのときに宗麟がやっていた方法だ。


一、 魯の間者が城に入り込んでいる。

二、 間者は皆、玄武の刺青をしている。

三、 間者は宗麟の暗殺計画を知っている。

四、 それを徐朱に伝えている。

五、 刺客は宗麟を襲った直後、姿を消した。

六、 刺客は黄鵠の小間使いとして城に出入りしていた。

七、 黄鵠は刺客の行方を知らない。

八、 間者は抜け穴を知っている。


 忘れている情報がないことを確認して、次に生じた疑問を書いていく。


一、 間者はどうやって潜入したのか。

二、 どうして侍女になれたのか。

三、 なぜ六人もいるのか。様子を探るだけならそんなにいらない。

四、 誰かが手引きしたとして、それは誰か。

五、 なぜ暗殺計画を知ったのか。

六、 刺客はどうして消えたのか。

七、 抜け穴を調べたのはなぜか。

八、 間者の目的はなにか。


「目的・・・」

 最後の疑問を書きだして、星彩は筆を止めた。

「間者の目的は、魯国の目的だよね」

『うむ』

 机に乗って星彩の書いたものを眺めながら、周迂が頷いた。

「魯は何がしたいんだろう? ここまでくると、ただ様子を探りにって感じじゃないよね」

『うむ。妙な動きをしているな』

「間者たちがしてることは、全部魯のためになること・・・魯は恭に、淸と同盟してほしくなかった。でも、恭は淸と同盟を結んじゃった。だから今、恭と淸が喧嘩しちゃうのが、魯にとっていちばんいいことのはず」

『そのためには、どうする?』

「・・・恭と淸の間で、何か大きな問題が起きたら、仲悪くもなるんじゃないかな? もともと、お互い好き合ってはないんだもん」

 星彩と周迂は顔を見合わせた。

『だから暗殺計画を』

「徐朱に話した! たとえ証拠がなくたって、淸は恭をとても嫌ってるんだもの、疑っちゃうよ!」

『実際、首謀者は淸の重臣だ。間者はたまたまそれを知って、徐朱に教えてやって仲違いさせようとしたのか?』

「・・・う~ん」

 星彩は小さな頭を抱えて唸る。

「でもさ、やっぱり証拠がなきゃ、恭が淸を心の中で疑うだけで、同盟を壊すまではいかないんじゃないかな? そもそも、どうやって間者は計画を知ったの?」

『誰ぞがうっかり漏らしたのだろう』

「誰だろう? こんな大きな事に関わる人なんて、重臣とか偉い人だろうなって思うんだけど、そんな人と侍女が話すときあるかな? 侍女ってほとんど後宮に籠ってるものなのに」

『他の五人の間者は?』

「もっと可能性低いと思うよ? みんな下働きみたいだったし、偉い人たちがいるところには入れないんじゃないかな?」

『では偉くない奴から漏れたのではないか?』

「偉くないやつって?」

『刺客は偉くない。小間使いとして出入りしていたのだろう?』

「え?」

 その発想は星彩にはなかったので、驚いて筆を落としてしまった。

 しかしそうして考えてみると、また新たに浮かぶものがあった。

「そっか。刺客がもし、間者に情報を漏らしていたら――――ううん、もっと言えば、刺客がもともと魯の人だったら?」

『むう? つまり、刺客は刺客でなく間者だったというわけか?』

「それなら侍女が知っててもおかしくないでしょ? 仲間なんだもんっ」

『確かに。だが情報を流したら、宗麟を殺せないのではないか?』

「・・・ねえ、魯はさ、恭と同盟を結びたかったんだよね? それは今も変わらないよね? だったら、宗麟が死んでしまうのはまずいことなんじゃない? 宗麟はまだ太子だけど、もう国の重要な政をしてるんだもん、そんな人が死んでしまったら恭は大騒ぎになって、同盟どころじゃなくなっちゃうんじゃないかな?」

『さもあろう』

「だから刺客は逃げてしまったんじゃない? 宗麟を殺す気がもともとなかったから」

『なるほど。宗麟を殺させないために、刺客を探す黄鵠にわざと近づいたのだな。では、魯は単に宗麟の暗殺を阻止したかったのか?』

「でもそれだけだと、魯にはなんにもいいことないよ。同盟が維持されて助かるのは淸だもん。魯は、問題を起こしたいはず。それを防ぐことは目的じゃない」

『ふむ。魯は恭に手を出せない。では淸には?』

「・・・え?」

 言われ、星彩ははっとなり紙を見た。

「抜け穴・・・抜け穴を、間者たちは父さまの部屋に行く方法を、一生懸命探してたんだよね? なんの、ために?」

『それは・・・』

 周迂にも見当がついたのか、先を濁してしまった。

(抜け穴を通れば、父さまの部屋。そこにいるのは、父さま一人)

 星彩は、胸の前をぎゅっと握りしめた。

「周迂・・・わたし、ぜんぶ、わかっちゃったかも」

 蝋燭の火が、緊張に見開かれた瞳の中で揺れていた。



**



 翌朝、日が昇るやいなや星彩は紙を握って庵を飛び出した。

 向かう先はもちろん宗麟のところで、宮の前には相変わらず大勢の兵士がいて、しかし星彩は構わず直進していった。

「何者だっ」

 当然のごとく兵士に咎められたが、星彩は止まらない。

「おい! ここは許可の無い者は立ち入ってはならぬぞ!」

「わたしは公女ですっ!」

 逆に怒鳴り返すと、兵士はぎょっとして一歩引く。

 星彩はどう見ても公女の格好ではなかったが、あまりの必死な様子に兵士たちは手を出しあぐね、辛うじて止めようとした者も、周迂に威嚇されて引き下がらざるを得なかった。

 扉を開けるとまず徐朱と韓当が居て、二人とも驚いて突然やってきた星彩を見た。

「星彩さま? 随分とお早いのですね」

「宗麟は!?」

 見回すと韓当が奥を指す。

「殿下でしたらまだご寝所に」

「――宗麟!」

「星彩さま!?」

 走って隣の部屋に行く。後ろで韓当の制止の声がしたが、構っていられない。

「宗麟っ!」

 寝所にはまだ寝間着のまま寝転がっている宗麟がいた。ただし、星彩がうるさく名前を呼んでいるから、目だけは薄く開いている。

「宗麟宗麟宗麟っ! 大変なのっ!」

 寝台に乗り込み、眠たそうにあくびをしている相手を揺さぶった。

「もしかしたら大変なことが起こっちゃうかもしれないの! はっきりした証拠があるわけじゃないんだけど、でもそう考えると辻褄が合うんだよ! 早くなんとかしなきゃ!」

「・・・まあ、あれだな、星彩。ちょっと落ち着け」

 星彩の手を掴んで止めて、宗麟は起き上がった。

「宗麟お願い、聞いてほしいことがあるの!」

「星彩の話ならいくらだって聞いてやるぞ。だがその前に着替えてもいいか? それとも、待てないくらい急ぎの用事か?」

「・・・あ」

 寝間着ははだけ、髪の毛もいつもより少しぼさぼさの宗麟をまじまじと見つめ、星彩はようやく自分の失礼な行動に気付いた。勢いでうっかり寝所に乗り込み寝起きの相手の前で騒ぎ立てることは、明らかにしてはいけないことだ。

「ご、ごめんなさい。焦りすぎました・・」

 謝って、隣の部屋に小走りで退散する。

 すると苦笑気味の徐朱と、微妙な面持ちの韓当に迎えられた。

「・・・星彩さま。畏れながら進言いたしますが」

 こほん、と韓当がわざわざ咳払いをする。

「姫君が殿方の寝所に入られてはいけません」

「ごめんなさい。つい焦っちゃって」

「いえ、私に謝られなくてもよろしいのですが・・・何かあったのですか?」

「韓当、それは殿下がいらしてからでいいじゃないか。星彩さま、お茶をお淹れいたしますよ。椅子に掛けてお待ちください」

「うん、ありがと」

 そうして星彩は長椅子に座ってお茶を飲みつつ、周迂は調度品の上で羽の手入れをしつつ待っていると、程なくして宗麟が現れた。

「おはよう、星彩。随分と早起きなんだな」

「ごめんなさいっ。もうちょっとゆっくり来ればよかったよね。でも、いてもたってもいられなくなっちゃって」

「全部聞くから、落ち着いてゆっくり話せ」

 昨日と同じように宗麟が隣に座ったら、星彩はさっそく昨夜書きつけをした紙を差し出した。

「これ、今までにわかってる情報と、疑問に思ったことを書いたの」

「ん・・・・最後のとこ、情報一個増えてるな」

「昨日、父さまに会いに行こうとしたら、いつもわたしが父さまの庭に出るのに使ってる抜け穴に、夸白っていう魯の間者がいたの。周迂に頼んで追い払ってもらったけど」

「大丈夫だったのか? 怪我は?」

「周迂は無事だよっ。わたしも隠れてたから、顔も見られてない」

「それならよかった。勢いまかせで飛び出さなかったんだな。偉いぞ」

「宗麟に言われたからねっ」

 でね、と星彩は先を続ける。

「わたし、昨日、周迂と一緒に今回のことをよく考えてみたの。思いつきのところも多いんだけど、聞いてくれる?」

「ああ」

「えっとね、今回のことは全部、裏に魯がいたんだと思うの」

 星彩は背筋を伸ばし、宗麟の目を真っ直ぐ見つめて話した。

「魯は、淸と恭の同盟を壊して、恭と同盟を結びたいんだと思う。淸と恭の同盟で魯が困るなら、魯と恭が同盟すれば今度は淸が困るはずだもん。そのために、魯ははじめに黄鵠に近づいたんだよ。黄鵠は宗麟を殺したがってたけど、魯はそれをされると困るんだ。だって宗麟が死んじゃったら恭は同盟どころの騒ぎじゃなくなっちゃうと思うから」

「―――だな。恭は昔に起こった王位争いのせいで公子がいない。現王は老いぼれてもう引退間際だし、俺が死んだら内乱が起こるだろう。そんな国と同盟を結ぶ利はない」

 更に、宗麟は星彩の説を後押しする情報をくれた。

「それから、黄鵠の刺客となることは、俺を殺させないため以外にもう一つ意味がある」

「もう一つ?」

「刺客は黄鵠の小間使いとして、奴の周りにいたんだ。黄鵠の印を盗み、名を借りて、他の仲間を城に招き入れることができる。おそらく侍女にまで紛れ込めたのも、そいつが黄鵠の名で紹介状でも書いたからだろう」

「な、なるほど~」

 昨夜解決しきれなかった、どうやって間者は潜入したのか、侍女になれたのか、誰が手引きしたのか、という疑問が一挙に解消された。

「さ、続きだ、星彩」

「うんっ―――刺客になった間者は、宗麟を襲いに行ったよ。で、恭の剣だけ落として帰ってった。これで、恭の刺客が城に潜んでるのかもって、みんなに思わせることができた。これって黄鵠が自分が疑われないために考えたことだけど、魯にとっても都合がいい作戦だったんじゃないかなって思う。この後のことを考えれば」

 星彩はお腹の奥が冷えるのを我慢して、続きを紡いだ。

「城に、刺客が入り込んでるかもしれない。そんなときに、もし、父さまが暗殺されたら? しかもそこに、恭の剣があったら? ・・・みんな、宗麟を追って恭から来た刺客が、父さまを殺したんだと思っちゃうよ」

 宗麟も、韓当も、徐朱も沈黙していた。

 星彩は胸の前できゅっと着物を握る。

「そうしたら、恭のせいで父さまが死んだってことになる。淸は恭を責めるだろうけど、魯の間者が情報を流したから、恭は宗麟の暗殺を淸が企んだって、知ってる。淸と恭はお互いを疑い合って、きっと同盟はなくなるよ。・・・間者は、父さまの動きを調べてた。父さまの部屋への抜け穴に気付いてた。父さまは夜は自分の部屋で寝てる。抜け穴の周りは、めったに見張りなんかいない」

「・・・しかも今、注意は俺の方に向いている。淸王の寝所はさして警戒されていない、と」

 星彩は宗麟を見上げた。

「わたしの考え、合ってると思う?」

「たぶんな。俺も、同じことを考えた」

「・・・宗麟・・・わたし・・・」

「泣くな。まだ何も起こっちゃいない」

 震える声で名を呼ぶと、宗麟が優しく頭をなでてくれた。だが今は、それでも心が落ち着かない。

 父の命が狙われている。それが、とてもとてもおそろしかった。

「落ち着け星彩。泣いていても何も決まらない」

「うん・・・考えなきゃだよね」

 星彩は涙を袖で拭い、ぱん、と一度両手で自分の頬を打った。

「―――平気っ。父さまは絶対殺させないっ」

 どれだけ震えて怯えても、父の命が守れるわけではない。刺客を捕まえてしまわなければ、恐怖を拭うことはできないのだ。

 自分は一人ではない。

 そう思ったら、勇気が湧いた。

「ええっと、まず、どうなるのがいちばんいいかだよね! それはもちろん、父さまの命を狙う人をみんなすっかり捕まえることっ。問題は、どうやって捕まえるか」

 星彩は一生懸命に小さな頭をひねる。

「父さまの寝所を襲う気なら、待ち伏せかな? でも父さまや、瑛勝兄さまにちゃんと説明しとかなきゃいけないよね。さすがに気軽に入れる場所じゃないし」

「いや、王の寝所で刺客を全員捕らえるのは無理だ。暗殺に、少なくとも六人いっぺんに来ることはないだろう。一人捕まれば他は逃げる」

「あ」

「まあ、別に何が何でも全員捕らえなきゃならないことはないがな。ただ、暗闇の中じゃまた取り逃がす可能性がある」

 宗麟のときには星彩が確かに邪魔をしたとはいえ、何人もの追手を振り切り刺客は逃げたのだ。逃げ道も、当然よく調べているのだろう。

「待ってるだけじゃダメなんだね?」

「そう。だから、今度は俺たちが仕掛ける番なんだ」

 にやり、と宗麟は笑った。

「どういうこと?」

「星彩、考えてみろ。間者たちだって、王の寝所に忍び込むのは至難だ。抜け穴があるとはいえ、そこに辿り着くまでには幾つも門を越えなきゃならない。特に夜中の出入りはもっと警戒されてるだろう。たとえ第三公女の侍女でもな。今の状況を考えると、暗殺の方法は何も恭の剣で刺すだけに限られない。刺客が潜んでいることは皆知ってるから、どんな方法であれ、王さえ死ねば恭が疑われる。忍び込むのが無理なら毒殺でもいいし、まあ、要するに何でもありってわけだ」

「そ、そっか。じゃあ、なおさら待ち伏せしてても意味ないね」

「で、星彩、物は相談なんだが」

「なに?」

「どうせ敵が襲ってくるのを待つつもりがあるんなら、いっそ暗殺しやすい場所を奴らに提供してやる気はないか?」

「え!?」

「淸王を下級の女官や兵士も出入りできるような場所に出してやれば、奴らは喜んで襲ってくるぞ。まとめて捕らえて牢に入れてやればいい」

「ど、どうするの?」

「耳貸せ」

 宗麟はまるで悪戯を思いついた子供のようで、作戦を聞いた星彩は悲鳴を上げてしまった。

「そんなの無理だよっ!」

「だから協力者が要るんだ」

「で、でも」

「星彩、現時点で確実に俺の暗殺計画に関わっていなくて、かつ絶対に淸を裏切らない者で、俺たちが頼れる者とまできたら、相手は限られる。わかるな?」

「・・・でもわたし、自信ないよ」

「大丈夫」

 うつむく星彩に、宗麟は笑いかけた。

「なんだかんだいって、星彩は皆に愛されてる。星彩が頼めば誰だって動くさ」

「そ、それは言い過ぎだと思うっ」

「とにかく頼んだ」

「~~~わかった。自信はないけど、当たってみるよ! 砕けてもともとだもん!」

「健闘を祈る」

「うん!」

 両の拳を握りしめて、星彩は力強く頷いた。

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