9-座学講習会
座学講習会はゴールデンウィーク前の4月最後の土曜日に行われた。
僕の学校は土曜日まで授業があるのだが、今回は公欠にしてもらえた。
場所は県内一、二位の偏差値を争う公立の進学校の会堂だった。
今回は登山をするために必要な知識と大会が行われる山の勉強会だ。
主催は高体連なので県内の高校の山岳部は一同に集まって講習を受ける。
受付時刻は9時からなので早めの8時半に直接、開催される高校に集合だった。
ただ、その高校は一番近い駅からでも歩いて30分かかるため、僕は自転車に乗っていった。
その学校の場所は大体分かっていたが、一番近い行き方が良く分からなかったので、スマホのマップアプリで調べてから家を出た。
それにもかかわらず、学校に着いたのは集合時間ギリギリになってしまった。
途中で昼食を買っていたからだろう。
僕はコンビニに行くと何を食べようかいつも迷ってしまう。
おにぎりがいいか、サンドイッチがいいか、はたまたお弁当にしようかと陳列棚の前でふらふらしていた。店員さんには変な目で見られていただろう。
結局会堂でも食べやすそうな、おにぎりにしたのだが。
昔から僕はそうなのだ、優柔不断で変なところで迷ってしまう。迷ったあげく、選択した内容に後で後悔することもしばしばある。
コンビニから急いで向かおうとしたのだが、距離を優先にしたせいで分岐が多くなり、信号も多い道を通っていった。
ようやく学校に着いて門から入ると自転車置き場に誘導された。そこからは会堂の前まで歩いていった。
会堂の前にはさまざまな高校の生徒が集まっていた。
結構女子もいる。男子ばかりかと思っていたけどそうではないようだ。
もっと会堂に近寄ろうとしたとき、
「あ、おーい五十貝くーん!こっち来てー」
会堂の左側から声がした。
呼んでくれたのは近藤先輩だった。
先輩たちが木の下に集まっていた。さすがに先輩は全員揃っている。
ん?でも一人知らない人がいるな。
先輩たちと一緒に、僕の知らない人がいることに気がついた。
「おはようございます」
と皆さんに挨拶をした。
「おはよう」
いつもの先輩たちは挨拶をしてくれる。
知らないもう一人の人は…
「こいつが新しい部員?」
と言って僕を指差した。
え?なんだろうこの人
ヒョロっとした体つきのチャラそうな人だ。
見下すようにこっちを見ている。
「そうだよ、もう一人くるから」
と近藤先輩が返す。
「お前なんて名前なん?」
ヒョロっとした先輩?が腕を組みながら聞いてきた。
「五十貝涼太です。よろしくお願いします」
「こいつはなぁ、河井と言うんだ。いままでサボってたけど県総体には参加するらしいからよろしく頼む!」
初めて会ったその先輩が何か言うよりも早く、近藤先輩がその人の肩を叩いてそう言った。
「サボってたわけじゃねーし、テニス部の方に行ってただけだから」
河井先輩が言い返す。
「お前冬ぐらいから山岳部よりもテニス部にばっか行ってたじゃねーか」
「しょうがねーだろ!テニス部に来いって言われてたんだから」
そうか、部長が去年は一年生が三人入ったって言っていたけどこの人がもう一人の先輩だったのか。
聞いていれば、悪友に誘われて今までテニス部に遊びに行っていたという。元々テニスは上手かったとかなんとか…。
そんな事を近藤先輩と河井先輩が言い合っていると、神崎くんが遅れてやって来た。
「すいませーん、おくれましたー!結構駅からかかっちゃいましてー、案外遠かったっていうか…え?」
神崎くんが言い訳をしながらこっちに来ようとして…河井先輩を見て明らかに動揺した。
それを見て河井先輩が何かに気づいたようだ。
「あ、おめーテニスの部活体験来てただろ!それから見なくなったけど」
「え?え?なんでここにいるんすかー!」
「山岳部だからだよ!一年生が遅れてきていいんかーー?」
どうやら神崎くんと河井先輩は前に会っていたようだった。
とりあえず全員揃ったので僕たちは受付に向かった。顧問の先生はもう中にいるらしい。
その途中、神崎くんが僕の耳元で囁いた。
「あの人、俺がテニス部に行ったときめっちゃ怒鳴ってた先輩だよ。あの人が嫌だからこっち来たのにー」
ああ、神崎くんが最初に言っていた、テニス部で怒鳴っていた先輩っていうのは河井先輩の事だったのか。
「なんでこうなるんだよー、これじゃあ意味ねーじゃん」
とかブツブツ言っている。
講習会の受付はこの学校の生徒がやっていた。
そのとき渡されたのは、大会が行われる山の地図と、地形・地質について書かれた紙、救急法、装備について書かれた紙、それと審査確認事例集だった。
中に入るともうすでに何校かの生徒は席に座っている。椅子は固定式で小さなホールといった感じか。壇上には大きなスクリーンが引き出されていた。
僕たちは前の方の席に座った。
開会まではもう少し時間がある。先輩たちがメモを取る用意をしていたので僕も真似をしてノートを取り出した。
ぞくぞくと県内の高校生が入ってくる。
その中で僕が驚いてしまった高校があった。とにかく人数が多い、何十人いるんだろうか。
驚いたのは人数だけではない、全員女子なのだ。
驚いて前に座っている部長に聞いてしまった。
「あれどこの高校なんですか?」
「あれはね、碓氷女子高校っていう女子校で、去年大会で優勝してるんだ。今日は一部の部員しかいないけど本当は50人ぐらい部員がいるらしいよ」
「ご、ごじゅうにん?そんなに人気なんですか?」
「碓女は昔からそうだよ。伝統なんだ」
部長は自分たちとは反対側の席に座り始めた碓氷(うすい)女子高校を見て言った。
それから時間が経つにつれてどんどん人が増えてきた。それにしても色んな高校があるもんだ。
開始時間になった。
壇上の講義台に男の人が立った。
「ええー皆さん、お静かに願います。いまから座学講習会を始めます。まず始めに県高体連登山専門部部長の横田秀夫さんから挨拶があります」
そう言って、メガネをかけた白髪の男の人にマイクを渡す。
「皆さんおはようございます、横田です。毎年開催しております座学講習会ですが、今年もまた皆さんに山を安全に登ってもらうためにそれぞれの先生方が講義をしてくださいます。今回初めて参加する新入生の方もいらっしゃるでしょうから、よく頭の中に入れて帰ってください。皆さんは…」
そして長い話が始まった。
高体連の方の挨拶と一通りの諸連絡が終わるといよいよ講義となった。
最初は大会山域(群馬県、赤城山)の地形と地質についての勉強だった。
〈…県の中央に位置するこの山は約50万年前に噴火を始めました。県内には火山がいくつもありますが赤城火山と榛名火山は、山頂部にカルデラ湖をもつ中規模の火山で、気象庁によって活火山に指定されています…〉
と大会で登る山の地形についての説明があったあと、地質、形成史と話が進んでいった。分かりやすいようにプロジェクターを使用して説明していった。
他にも県内の他の山の説明、そこから生まれた歴史などを詳しく教えてもらった。
火山ができる境界、火山前線なんてものもこの県にあるのだと知った。
普段何気なく見ている山にもこんなに歴史があったんだ。
今まで気にもしてこなかったのに知れば知るほど面白い。
これだけでも賢くなった気がした。
次に救急法の講義があった。
山でケガや病気になったときの対処方法だ。
傷病者の確認の方法から教わった。
〈意識があるか。呼吸をしているか。脈はあるか。出血はないか。顔色、肌色はどうか。手足はうごかせるか。〉
次に応急処置だ。
〈処置にはRICE(安静、冷却、圧迫、挙上)やABC(起動確保、人工呼吸、心臓マッサージ)、止血法(全血液量は体重の8%で⅓以上の出血になると生命の危険がある)…などがある〉
という風に講義は続いていった。
捻挫や骨折をしたときの対処方法も教わった。
安静にして、冷却し、三角巾やテーピングで固定する。
次に火傷、熱中症の対処。
熱中症にも三種類の分類があると言われた。
熱疲労、熱けいれん、熱射病、どれも涼しい場所に運び、動脈を中心に冷やすと教わった。
動物に刺された、噛まれたときにはポイズンリムーバーという毒を吸い出すグッズで対処するらしい。
最後に三角巾の使い方の説明だった。
先輩たちが三角巾を取り出した。
講義をしていた先生が前で実演をする。
それに合わせて、見ている生徒たちが真似をしていく。僕も真似をしてやってみたが、どうやってもグチャグチャになってしまう。
横で神崎くんが笑った。
「できねーの?不器用かよ」
「難しいじゃん、そう言う神崎くんはどうなん………うん、上手いな」
神崎くんは意外と器用だった。なんだか悔しい。
そんな感じで救急法の講義は終わった。
お昼前最後の講義は装備の説明だった。
ザックへの荷物の入れ方など教わった。
〈ザックに荷物を入れるときは必ず防水にし、よく使う物はザックの上のほう、テント場でだすものは下のほうにする。
できるだけ重いものはザックの上のほう背中側に配置すると軽く感じる。また左右隙間なくバランスよく詰めることが大事。〉
そして、ロープワークの説明があった。
ロープの結び方にも種類があった。
インクノット、フィッシャーマンズノット、本結び…と。
午前中の講義は終わった。
色々学びすぎて疲れてしまった。
でも最後に読図の講義がある。
昼食は会堂で取った。
朝買ったおにぎりを食べていると神崎くんが話しかけてきた。
「なあ、女子いっぱいいるけどかわいい子いるかな。県総体が楽しみになってきたよ」
とニヤニヤしている。
「分かんない、でも交流時間あるらしいから楽しみにしとこう!」
と答えた。
実は僕たち一年生も大会に参加できることになった。大会といっても僕たちは競技ではなく、2部といって大会メンバー以外の部員が参加する方に出る。
大会メンバーは1部といって優勝すればインターハイに出場できる。
僕も少し楽しみにしていた。
お昼を食べ終わって最後の講義となった。
ここからは3つのグループに分かれて講義を受ける。
部長は天気図の講義、残りの大会メンバーはテントの講義にいった。
天気図の講義は実際に書く。テントの講義は外で行うものだった。
会堂に残った僕たち一年生と河井先輩は読図の講義を受けた。
読図の講義ではコンパスの使い方を教わった。
まずはコンパスの構造から教えてもらった。みんなシルバコンパスという決められたコンパスを持っていた。
〈まず地図中から現在地と行きたい場所を見つけ出し、現在地と目的地を結ぶ直線にコンパスの長辺をあてる。カプセルを回し、回転板矢印を磁北線に合わせると目的の場所までコンパスで方向がわかるようになる。〉
実は方位磁石の針が指す北は本当の北ではないらしい。
そのため、コンパスを使うときには方位磁石が指す北に沿ってひかれた磁北線に合わせなければならないらしい。
次に地図の等高線の読み方、地図記号の勉強をした。
登山で使う地図は1/25000の地図を使う。
コンパスの使い方を理解するのは神崎くんよりも僕のほうが早かった。
今日一日で色々なことを学んだ。
メモもいっぱいとったし、
これで堂々と山岳部員を名乗れるだろう。
…あれ?山岳部は写真部のついでみたいな感じで入ったんじゃなかったっけ…
ふとそんなことを考えてしまった。
しかしそんな思いも次の言葉でかき消された。
「おつかれー!ちゃんと勉強した?」
「はい、難しかったけど勉強になりました!」
僕より先に神崎くんが答えた。
「あとで必ず役に立つから!二人とも山岳部員として成長したな!今のところ一年生は二人しかいないけど、期待してるからな!」
そう言って、部長は微笑んだ。
「「はい!」」
僕たちは元気よく返事をした。
そうだ、迷うことなんてなかったんだ。
僕は嬉しかった、期待しているなんて言われたのは初めてだった。
「天気図はよく書けているって誉められたぞ!こりゃあ本番満点かもしんねえな!」
部長は嬉しそうだった。
すると近藤先輩も
「俺らもテントは全ての高校のなかで一番上手く立てられてたぞ!」
「ってこいつが勝手に自負してるだけだけどな」
と新井先輩が笑って付け加えた。
僕は自転車で来たのでそのまま帰った。
家に帰って夕食の時間に今日学んだことを親に話した。
「群馬県にはいくつ活火山があると思う?」
「いくつだろう、3つぐらい?」
「ざんねーん。答えは6つでした。赤城山も榛名山も活火山だよ」
「本当?危ないねー」
知らなかったよ!と親が反応してくれるので、いい気になってしまった。
僕にとって初めての合宿は県総体となる。
それまでに準備が必要らしいが、装備は揃っている。
テントに泊まるのってどんな感覚なんだろう、他の高校の人と仲良くなれるかな。
もうすぐゴールデンウィークが始まる。
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