8-装備を買おう!

「これからの予定を言うぞ!一年生もだ」


僕たちが生物室で部長に出してもらったお菓子を食べていると、顧問が入ってきて言った。


「まずは土曜日に行われる座学講習会、これには全員参加してもらう。持っていくものはシルバーコンパス、定規、県総体の地図、三角巾だ。シルバーコンパスと定規は各自で用意するように。ゴールデンウィークには大会メンバーは大会のリハーサル合宿を行う」


「座学講習会では山に必要な知識、登山用品の使い方の説明などを県の高体連が主催して開催してくれる。一年生はまだ装備が揃ってないから、それまでに買ってもらえるかな」


と顧問の先生が、登山に必要な装備の買う物リストを配った。


「お世話になっているお店がある。そこに行って桐島学園の生徒って言うと登山用品を割り引いて売ってくれるから」


そう言ってお店の場所が書かれた略地図が渡された。


桐島学園とは僕たちが通っている私立の高校のことだ。


顧問の先生が今言っていた登山用品店はここから少し遠い、明日行くしかないだろうか。


「物が揃ってないと合宿にも行けないからな。大会メンバーは明日の山は学校に6時集合だから」


顧問は最後にそう言い生物室から出ていった。


今日はこのまま解散となった。

先輩たちはこの時期、毎週山に登っている。もちろん大会山域だ。


大変だなぁ、と僕は人ごとのように考えていた。



次の日、僕は母親と一緒に登山道具を買いにその店へ出掛けた。

学校からは遠いが自分の家からだと車で片道20分といったところか、幹線道路から外れ、片側一車線の道の反対側にあるその店まで来た。


見た感じ、一階建ての普通のアウトドアショップのようだ。

店の壁には〈山とスキーの店 金井スポーツ〉とかかれている、似たような名前のアウトドアショップを知っているがこの店は個人営業の店だ。


観音開きの入り口のドアを開けると…


「いらっしゃいませー」


と愛想よくこのお店の店員の方が挨拶をしてくれた。

首から店の名前の入ったエプロンをさげている。他にお客はいないらしい。

店内は軽快なBGMが流され、さまざまな商品で溢れていた。


「すいません、桐島学園に通ってる者なんですけど…」


「おお、桐島学園の生徒さんか、新入生?」


とその男性の店員さんは聞いてきた。


「はい、山岳部に入ったんですが、顧問の先生にここに来るようにと言われて」


「そうか!久しぶりだな、桐島学園の生徒が来るのは。最初はここに買いに来るんだけど、ここまで来るのがめんどくさいのか、最近は来なくなったんだよ。みんな街の大手のアウトドアショップに行っちゃうのかな」


店員さんは少し寂しそうに笑った。

実際にもっと学校からも家からも近いスポーツ用品店もある。僕も顧問に言われなければそっちに行っていた。


「買う物のリストがあってそれらを買いに来たんですけど」


「ああ、分かってるよ。桐島学園の生徒さんは毎年買いに来てくれる。まずは登山靴かな」


と登山靴の置いてある場所へと案内してくれた。

母親はと言うと店内に入るなり、服のほう見てくるね、と服のコーナーに行ってしまった。


「靴のサイズは何センチ?」


「26です」


僕の足のサイズは小さい方だろう。


「じゃあ、これかな。あまり高くなくて丈夫なやつ。クッション性もないとだし、重すぎてもだめだし、爪先も丈夫な方がいいし」


店員さんが手に取った登山靴は、キャラバンというメーカーの靴だった。


「履いてみ、日本人の足の形にあわせて作ってあるから履き心地は良いはずだよ」


僕は言われて履いてみた。本当だ足にしっくりくる。いつも履いてる靴とは履き心地は違うのだがこれなら歩けそうだ。

僕は靴コーナーに置いてある小さな坂になっている板を登ってみた。


うん、良い感じ。


「桐島学園は毎年、夏合宿は一週間ぐらい登ってるんだって?すごいよね、北アルプス、南アルプス…毎年顧問の先生が大量にアルファ米買いにくるんだよ」


なにそれ、初耳なんですけど。


「あ、まだアルファ米って知らない?水をいれるだけで作れるご飯のことだよ」


「そうなんですか」


「じゃあ、登山靴はこれでオッケーだね。あ、雪山とか登ったりする?」


「わっかんないですね」


「そうか、まあ大丈夫だろう。十本爪アイゼンぐらいなら付けられるし、付けたときに歪んじゃだめだからね、これなら大丈夫」


と店員さんは付け足した。

アイゼンってなんだろう、そう思ったけど聞かなかった。


「次はザックだね、サブザックは持ってる?」


「持ってます」


「大きいほうのザックだね。80リットルぐらいのザックなら…。前は日本のメーカーで安くて高校生に薦めてたザックがあったんだけどねー、一回倒産してから取り扱わなくなっちゃって」


そう言いながら店員さんは探してくれる。


「これなんかどうかな」


と青いザックを持ってきた。

おお、デカイ。

イギリスの国旗のようなロゴが縫いつけてある。


「これは丈夫だよ。高校3年間、大学入ってからも使える」


他のザックがサラサラしたビニールのような触り心地なのに対して、これはザラザラして布感がある。これだけでも丈夫そうだ。

僕の身長は大きくないほうだ。

店員さんが僕の身長に合わせてザックを調節してくれる。


「はい、これで背負ってみ」


そう言われて背負ってみようとした時、


「ちょっと待って!背負い方が間違えてる」


肩にかける部分を手で持って背負おうとした。


「重い荷物が入っているときに持ち上げられないよ。まずはザック上部に付いてる持ち手を両手で持ち上げる。そしたら膝にのせて…と、片手からショルダーベルトの中に入れる、もう片方の手をいれれば背負える」


と実演しながら教えてくれた。

僕もその通りにやってみた。

今は軽いので普通に背負えるが、これが重かったらこんな背負い方にするのか。


「あとはチェストストラップとウエストベルトを締めてと…」


店員さんが僕の背負ったザックのベルトを締めていく。

それにしてもザックって沢山のベルトがあるな、全部締めていくのか。


「これで体とザックの間に隙間はないね。重い荷物を入れたときに不具合があるようだったら調節してね。ちゃんと背負わないと疲れるから」


ああ、これからこれを背負って登るのか、大事にしないと。


「次はーシュラフか、寝袋だね」


次に寝袋だ、寝袋なんてどれでも良いんじゃないかと思ったけれど色々種類がある。


「まずはスリーシーズン用、冬合宿行く時はまた買いに来てね」


袋に入った寝袋を取り出した。


「寝袋って何が違うんですか?」


「これはスリーシーズン、冬以外の季節のためのシュラフなんだ。小さくなるけど、マイナス何度にもなる冬の山には耐えられない。寒くてね、でも冬用の寝袋は夏に使うと暑すぎる」


「そうなんですか」


「ちょっと高くなるけどダウンのほうが性能は良い。あ、濡らしちゃダメだよ」


と言って店員さんは次の場所へと移動していった。


ここまでは全部店員さんのおすすめで商品を決めてきた。その方が助かるのだけども。


今度は登山服だ。

登山ズボンは半ズボンにもなる、真ん中のチャックで切り離せるものを選んだ。

上着はチェック柄のシャツを靴下は厚く、クッション性のあるものを選んだ。


次にレインウェア、山では傘は使わないのでカッパだ。ズボンとセットで売っている緑色のレインウェアを薦められた。


「これはいつでも取り出せるよう、雨蓋に入れとくんだよ」


と教わった。


その他に、部室で見せてもらった食器の小さいバージョンのコッヘルや、高輝度だと薦められたヘッドライトを選んでいった。


ポリタンクはプラスチックの普通のタンクを薦められたが、隣にあった水を入れてないときは小さくして丸められる2リットルのボトルを選んだ。


まだまだ買い物は続いて、帽子、ウエストポーチ、ナイフ、呼び笛、コンパス(方位磁石)、細引き(ロープ)、雨が降ってきたときにザックに被せるザックカバー、などなど色んなものを買わされた。


母親がしびれを切らしてやってきたときに、こんなに買うのー!?と驚かれてしまったほどだ。


そんなに買っていたので店を出るまでにお昼になってしまった。


店員の方に


「ありがとうございました。足りない物があったらまた買いに来てくださいねー」


と笑顔で送りだされ、車に向かった。

今日買ったものは同じく買ったザックの中に入れてもらった。でないと全部運べない。


今日だけで何万円もお金を使った。

母親には、これで山岳部でちゃんと活動していかないと恥ずかしいからね!と言われた。

分かってますから!写真係として頑張ります!と誓った。


でもこんなに買ってしまったら本当に後戻りできないな、と少し後悔してしまったのは秘密だ。


帰りに昼食を食べて帰った。

国道沿いにある人気のパスタ屋だ。この街はパスタで有名なのでパスタの店が沢山あるのだ。

僕はボンゴレビアンコを頼んだ。

あっさりしていて美味しいのだ。


パスタが出てくるのを待っている間、母親に


「でも涼太が運動部に入ってくれるなんて嬉しいよ。写真も撮れるなんて良い部活見つけたね」


と水の入ったコップを片手に笑顔で言われた。


そのあと運ばれてきたアサリのパスタは特別美味しいものだった。

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